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物語
ナポレオン
の時代

       Part 2  百日天下

   
第12章 二度目の退位 

     1.おめおめとパリに戻る

 
 翌・6月19日、ナポレオンは敵軍の追撃を気にしながら、ひたすら南に向かって遁走した。
 街道は逃げまどう兵士たちで混雑していて、ときには馬車を降りて馬に乗り換えなければならない。   
 「敗残兵をかき集めて、なお戦うべきか?」
 そんな考えが、泡のように意識の表面にうかんでは消える。
 兵力は微々たるものだ。が、昨年国内に侵入してきた連合軍を相手に、フランス軍は劣勢ながら善戦したではないか。
 いちばん気になるのは、敗戦の報がパリに伝わったときの議会と有力な政治家たちの反応だ。
 タレーラン、フーシェ、ラファイエットなどがどう出てくるか?
 幸いタレーランはいま外国にいるが‥‥  

 フランス国境に近いフィリップヴィルに着くと、ナポレオンは首相代理を命じてきた兄のジョゼフに手紙を書きワーテルローの敗北を告げるとともに、議会対策の手を急いで打つように頼んだ。
 6月20日、この日かれはランにいたが、パリに戻ることを決意する。
 合流できたスルト元帥に指揮権を委ねると、夜の11時に馬車で発った。
 人に見られず首都に戻れるように、わざと遅い時間に出発したのである。

 夜中馬車を走らせたナポレオンは、翌朝すなわち6月21日の早朝にエリゼ宮に帰着した。
 宮殿の入り口には、コーランクールが出迎えのために立っている。
 この忠実な外務大臣、それに駆けつけてきたラヴァレットと短い言葉を交わしたあと、かれは浴室に向かった。
 浴槽のなかから、閣僚たちを呼んでくれと命じる。

 くたくたに疲れたとき熱い湯に浸るのは、長年の習慣である。
 疲労が洗い流されるだけでなく、とげとげしくなった神経も慰撫される。
 浴槽に浸っているうちにいつのまにかまどろんだ。
 呼びにきた陸軍大臣
ダヴーにせかされて、ナポレオンは気力を奮い立たせながら大臣たちの待つ部屋に入った。

続く