物語
ナポレオン
の時代
ナポレオンは、みずから指揮して、各部隊を戦闘用に配置させた。
敵軍にそれは見えているはずである。
これは味方の兵士を鼓舞するとともに、敵に心理的プレッシャーをあたえるための演出だった。
大小さまざまの旗が風にたなびき、銃剣、兜、鎧が陽光の下にきらめいている。
太鼓が打ち鳴らされ、軍楽隊が金管楽器で連隊歌を奏でた。
戦闘開始を告げるために、慣例により近衛砲兵隊が3発の空砲をうつ。
時刻はすでに11時半。
戦闘の口火は、ジェローム部隊が前方左手のウーグモン農場を攻撃することで切られた。
ナポレオンの真の狙いは敵の中央を攻め、突破し、撃破することにある。
アウステルリッツの戦いと同じ戦法であり、あのときはプラッツェン高地を攻めたが、今日の目標はモン・サンジャンの高地だ。
とはいえ、初めから正面攻撃するのは愚直である。
フランス軍から見て左手、すなわち敵の右翼のウーグモン農場をまず襲い、ウェリントンの注意を引きつけて中央部の守りを薄くさせる。
いわゆる陽動作戦である。
ナポレオンはこの任務をジェロームに委ねたが、弟の軍事的能力の乏しさを承知しているので、補佐役としてギュミノ将軍をつけた。
ウーグモン農場は、農場というより城館と呼ぶべき堅固な構築物である。
家屋、倉庫、家畜小屋などはがっしりと造られており、それらは広大な敷地のなかにある。
敷地のまわりの壁は高さが2メートルほどもあり、石灰で白く塗装されていた。
庭園もあり、数多くの樹木が立ち並んでいる。
ジェローム軍が攻撃を開始すると、建物にこもっているイギリス軍、ハノーヴァー軍、ナッサウ軍が反撃してきた。
フランスの歩兵が壁を乗り越えて突入するたびに、待ち伏せている敵兵にやられてしまう。
抵抗は頑強で、いたずらに時間が過ぎていく。
(続く)