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物語
ナポレオン
の時代

       Part 2  百日天下

   
第10章 ワーテルロー(上) 

   4.ウーグモン攻撃

 ナポレオンは、みずから指揮して、各部隊を戦闘用に配置させた。
 敵軍にそれは見えているはずである。
 これは味方の兵士を鼓舞するとともに、敵に心理的プレッシャーをあたえるための演出だった。
 大小さまざまの旗が風にたなびき、銃剣、兜、鎧が陽光の下にきらめいている。
 太鼓が打ち鳴らされ、軍楽隊が金管楽器で連隊歌を奏でた。
 戦闘開始を告げるために、慣例により近衛砲兵隊が3発の空砲をうつ。
 
 時刻はすでに11時半。
 戦闘の口火は、ジェローム部隊が前方左手のウーグモン農場を攻撃することで切られた。
 ナポレオンの真の狙いは敵の中央を攻め、突破し、撃破することにある。
 アウステルリッツの戦いと同じ戦法であり、あのときはプラッツェン高地を攻めたが、今日の目標はモン・サンジャンの高地だ。
 とはいえ、初めから正面攻撃するのは愚直である。
 フランス軍から見て左手、すなわち敵の右翼のウーグモン農場をまず襲い、ウェリントンの注意を引きつけて中央部の守りを薄くさせる。
 いわゆる陽動作戦である。
 ナポレオンはこの任務をジェロームに委ねたが、弟の軍事的能力の乏しさを承知しているので、補佐役としてギュミノ将軍をつけた。

 ウーグモン農場は、農場というより城館と呼ぶべき堅固な構築物である。
 家屋、倉庫、家畜小屋などはがっしりと造られており、それらは広大な敷地のなかにある。
 敷地のまわりの壁は高さが2メートルほどもあり、石灰で白く塗装されていた。
 庭園もあり、数多くの樹木が立ち並んでいる。

 ジェローム軍が攻撃を開始すると、建物にこもっているイギリス軍、ハノーヴァー軍、ナッサウ軍が反撃してきた。
 フランスの歩兵が壁を乗り越えて突入するたびに、待ち伏せている敵兵にやられてしまう。
 抵抗は頑強で、いたずらに時間が過ぎていく。

                        続く