物語
ナポレオン
の時代
6月18日の朝、グルーシー元帥率いる3万3千の軍勢はプロイセン軍を追ってジャンブルーを発進していた。
情報によれば敵軍は北方のワーヴルに集結しているが、ジャンブルーからワーヴルまでは15キロ以上もある。
道は前日の大雨でぬかるんでおり、1時間に2キロ進むのがやっとである。
プロイセン軍に接近できるのは早くても夕刻、とグルーシーは予想していた。
午前11時ごろ、ワランという小村を通ったとき、かれは軍に小休止を命じ、参謀本部への連絡文を書くために公証人の屋敷に入った。
内容は、今夕ワーヴルに着き、ブリュッヘル軍とウェリントン軍の間にくさびを打ちこむつもりだが、明日とるべき行動についてご指示を仰ぎたい、というもの。
書き上げたあと、グルーシーはこれを急送するように命じ、早めの昼食をひとりでとりはじめた。
そこに第4軍団司令官ジェラール将軍が現れた。
工兵隊長のヴァラゼと砲兵隊長のバルテュスを従えている。
「西の方角で砲声がします」と、将軍はいった。
「戦闘がはじまったのでしょう。砲声がする方向に進軍すべきだと思います」
部下の士官の何人かが地面に耳をつけて音のする方角を確かめた、ともつけ加えた
。
グルーシー元帥はデザートの苺クリームを食べかけていたが、スプーンを手に持ったまま疑わしげに相手を見返した。
ジェラールは勢いこんだ様子で続ける。
「西の方角には、白煙も上がってます。地元の農夫はモン・サンジャンで戦いがはじまったといってます。4時間か5時間あれば行けるそうです」
グルーシーは、一呼吸おいてから反論した。
「4時間か5時間というのは、地面の状態がよい場合だろう。きのうと今朝がたの雨で道はひどい状態だ。大砲や輜重の馬車を引いてそっちに向かっても、戦闘が続いている間に着けるかどうか疑問だ」
きわめて冷淡な口調である。
(続く)