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物語
ナポレオン
の時代

       Part 2  百日天下

   
第13章 亡命 

   9.甘い幻想

 7月14日午前、ナポレオンのイギリス摂政皇太子宛ての書簡を携えたラス・カーズとラルマン将軍が、ふたたびベレロフォン号を訪れた。
 今回はロヴィゴ公爵に代えてラルマン将軍を行かせたが、ナポレオンとしてはひとりでも多くの人間にメイトランド艦長を観察させたかったのだろう。
 英語に堪能なラス・カーズはどうしても外せない。

 この日ロシュフォールには、ルイ18世によって新しく海軍大臣に任命されたジョクールからの訓令が届いていた。
 ナポレオンの身柄拘束ならびに財産の没収と、ボナパルト一族の国外追放を命じる内容である。
 ただし、ここが微妙であるが、身柄拘束といっても即刻逮捕せよというのでなく、フリゲート艦にしばらくとめおき、イギリス側に引き渡せというのである。

 やがて戻ったラス・カーズとラルマンは、待ちかまえていた一同に
メイトランド艦長の言葉を伝えた。
 
 「ナポレオンとその一行をこの艦でイギリスに連れていくことは引き受ける。
  ただし、到着後にどのような待遇を受けるか、そのことは承知していない。また、いかなる約束もできない」

 この言葉をどう判断すべきかを、ナポレオンは随員一同に尋ねた。
 イギリス行きにはっきり反対したのは、ラルマン将軍ほか少数の者だけ。
 ラス・カーズを初めとして大部分の者は、メイトランド艦長の言葉を誠実なものと受けとめ、ベレロフォン号でイギリスに行くべきだという意見である。
 かれらは、ジョクール海軍大臣からの訓令がボンヌフー軍管区長官に届いたことを聞いたばかりで、新政府から駆り立てられているという不安にかられていた。
 一刻も早く国外に出るほうがよい、と焦っていたのである。

 ナポレオンはといえば、じつのところイギリス行きを決めていて、ロンドンの郊外あたりで余生を送るという幻想にひたりはじめていた。

         続く