物語
ナポレオン
の時代
エリゼ宮に隣接するマリニー大通りでは、労働者たちがデモ行進をしていた。
口々に皇帝の名を呼び、戦争の続行を要求する声が、宮殿の中庭まで聞こえてくる。
夕刻に、バンジャマン・コンスタンがやってきた。
目下の状況をこのリベラル評論家がどう見ているのか知ろうと、ナポレオンが呼び出したのである。
と同時に、コンスタンの文筆による世論への働きかけをもいくらか期待していた。
ところが、この評論家はとうぜんのように退位を進言して、ナポレオンを失望させる。
夕食は、前オランダ王妃オルタンスとふたりだけでとった。
閣僚たちや側近の政治家以外の者と会話して、気分を変えたかったのである。
そのあとで、代議院から戻ってきた弟の報告を受けた。
リュシヤンは議会でなにがあったかを説明したあとで、こうしめくくった。
「議会を解散するか、退位するか。ふたつにひとつだ」
解散しろ、といっているのだ。
ナポレオンは気が乗らなかった。
ダヴーが述べたように、ブリュメールのクーデタのときとは状況がまるで違う。
もう自分は若くはない。
ワーテルローで負けたことがなんといっても痛い。
このころ代議院と貴族院では、それぞれ5名の代表からなる特別委員会が設置された。
切迫している状況にかんがみ、迅速にことに当たる機関である。
この特別委員会に閣僚11名が加わった会合が、深夜11時からチュイルリー宮殿でひらかれた。
その場で、煮え切らない皇帝を無視するかのように、国境に迫る連合軍と和平交渉をはじめることが決められた。
翌・6月22日。
朝早くはじまった代議院は、緊張した議論のあとで、つぎの通告をエリゼ宮に送った。
「皇帝に退位まで1時間の猶予をあたえる」
(続く)