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物語
ナポレオン
の時代

       Part 2  百日天下

   
第12章 二度目の退位 

   5.憤りと諦め

 ブルボン宮からエリゼ宮までは、馬車で15分ほどの距離にすぎない。
 代議院での決議はただちにエリゼ宮に伝達され、ナポレオンに衝撃をあたえた。

 なぐられたような顔をして立ち上がると、室内を歩きまわる。
 「やつらに近衛中隊を送りこんでやる」と力ない声でいうが、この独り言に反応する者はいない。
 じっとナポレオンの様子を見ていたダヴーが、やおら口をひらいた。
 「行動に出るには、もう手遅れです。議員たちがやったことは憲法違反ですが、議会の決議にはそれなりの重みがある。目下の状況で、ブリュメールのクーデタみたいなことをやるのは無理でしょう。
 わたしはそうした企ての手伝いはしません」

 この発言には重みがあった。
 陸軍大臣が意見をひるがえしたのだ。
 ダヴーに見放されたナポレオンはたじろぐ。
 「ルニョーのいったことは正しかった。万やむなしというのであれば、退位を考えないでもないが‥‥」
 そうつぶやいたものの、腹を決めかねていた。
 憤りと諦めが代わる代わる浮かんでは消える。

 とりあえずルニョーをブルボン宮にやり、様子を探らせることにした。
 ナポレオンに忠実な大臣は議会に行って、こう説明した。
 「皇帝は代議院と対立することを望んでおられない。いまなによりも必要なのは、団結なのだ」

 議員たちの態度は冷たく、無視されたかたちのルニョーはうちひしがれて戻ってきた。
 夕方の6時、ナポレオンは議会から招喚されているコーランクール、カルノ、ダヴー、フーシェを代議院に行かせた。
  議員たちが主要閣僚とみなす4人である。
 ただし、この4大臣だけでなく、皇帝名代の資格で弟のリュシヤンも同行させた。
 
リュシヤン・ボナパルトの顔を見て、議員たちは不快感を抱く。
  この男のイメージはブリュメールのクーデタに結びつき、威嚇されてるような気がしたのだ。
                                                      (続く