物語
ナポレオン
の時代
ブルボン宮からエリゼ宮までは、馬車で15分ほどの距離にすぎない。
代議院での決議はただちにエリゼ宮に伝達され、ナポレオンに衝撃をあたえた。
なぐられたような顔をして立ち上がると、室内を歩きまわる。
「やつらに近衛中隊を送りこんでやる」と力ない声でいうが、この独り言に反応する者はいない。
じっとナポレオンの様子を見ていたダヴーが、やおら口をひらいた。
「行動に出るには、もう手遅れです。議員たちがやったことは憲法違反ですが、議会の決議にはそれなりの重みがある。目下の状況で、ブリュメールのクーデタみたいなことをやるのは無理でしょう。
わたしはそうした企ての手伝いはしません」
この発言には重みがあった。
陸軍大臣が意見をひるがえしたのだ。
ダヴーに見放されたナポレオンはたじろぐ。
「ルニョーのいったことは正しかった。万やむなしというのであれば、退位を考えないでもないが‥‥」
そうつぶやいたものの、腹を決めかねていた。
憤りと諦めが代わる代わる浮かんでは消える。
とりあえずルニョーをブルボン宮にやり、様子を探らせることにした。
ナポレオンに忠実な大臣は議会に行って、こう説明した。
「皇帝は代議院と対立することを望んでおられない。いまなによりも必要なのは、団結なのだ」
議員たちの態度は冷たく、無視されたかたちのルニョーはうちひしがれて戻ってきた。
夕方の6時、ナポレオンは議会から招喚されているコーランクール、カルノ、ダヴー、フーシェを代議院に行かせた。
議員たちが主要閣僚とみなす4人である。
ただし、この4大臣だけでなく、皇帝名代の資格で弟のリュシヤンも同行させた。
リュシヤン・ボナパルトの顔を見て、議員たちは不快感を抱く。
この男のイメージはブリュメールのクーデタに結びつき、威嚇されてるような気がしたのだ。
(続く)