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物語
ナポレオン
の時代

       Part 2  百日天下

   
第9章 戦争へ 

  9.リニーの勝利

 この6月16日に、カトル・ブラから15キロほど東のリニーでも並行して戦闘がおこなわれていた。
 リニー周辺の小村落に兵力を展開するプロイセン軍を攻撃せよ、とナポレオンが命じたのだ。
 狙いはウェリントンがでてくるまえに、プロイセン軍を叩きのめしすこと。

 攻撃はヴァンダム将軍の第3軍団とジェラール将軍の第4軍団によっておこなわれ、全体の指揮をグルーシー元帥がとった。
 このベルギー戦役に参加したフランスの元帥は3人であるが、スルトが参謀長、ネーが向かって左方面のイギリス軍相手、グルーシーが向かって右方面のプロイセン軍相手、とナポレオンはそれぞれの役割を決めていたようである。

 午後3時ごろにはじまった戦闘は、凄絶な白兵戦になる。
 プロイセン軍の総司令官は、72歳の
ブリュッヘル元帥。
 ナポレオンが45歳、ウェリントンが46歳であるのを思えば、きわだって高齢であるが、激しい気性の持ち主である。
 あのブールモンがプロイセン軍に投降したとき、老将軍は歓迎するどころか冷たい態度をとった。
 理由がどうであれ、裏切りをはたらく軍人が嫌いなのだ。

 リニーでの戦闘がはじまってまもなく、自軍の旗色が悪いのを歯がみして見ていたブリュッヘルは、陣頭指揮をとろうとして戦場に出た。
 が、乗っていた馬が撃たれてその下敷きになり、気絶する 。
 近くにいた副官に助けられなければ、戦死したか捕虜になっていただろう。

 プロイセン軍は退却しはじめる。
 総司令官に代わって全軍の指揮をとった参謀長グナイゼナウは、夕闇がせまるのを利用してたくみに兵を引く。
 主力を温存したかたちで戦場から逃れることに成功したのである。

 止めをさすことはできなかったが、ナポレオンがリニーで勝利をおさめたことのはまちがいない。
 プロイセンの死傷者が1万5千人なのに、フランス軍の死傷者は8千人。
 このニュースはすぐにパリに伝わり、フランス国民を安堵させた。
                                     (続く