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物語
ナポレオン
の時代

   Part 1  第一統領ボナパルト

   第3章 コンコルダ

  8.マシーヌ・アンフェルナル

 馬車がオペラ座のまえに着くと、ボナパルトは硬い表情ながら落ち着いた様子で馬車をおり、建物のなかに入った。

 すこし遅れて到着した女性たちは、直接の被害はなかったものの、大きな心理的ショックをうけている。

 ジョゼフィーヌは涙をながしていた。

 爆発音は、サン・ニケーズ街から遠くないオペラ座でも聞こえたし、口コミでなにが起きたかは観客にあらまし伝わっている。

 第一統領夫妻の無事な姿を目にすると、かれらは椅子から立ち上がり、よろこびの声をあげながら拍手した。

 
 ボナパルトとジョゼフィーヌは正面桟敷席の前面に進み出て、にこやかに微笑してみせなければならなかった。

 興奮した観客は、着席したあとも、しばらくはひそひそと囁きあっている。

 『天地創造』の上演後にチュイルリー宮に戻ったボナパルトは、いきり立っていた。

 テロの標的になり、九死に一生をえたばかりの人間が、悠然としていられるはずがない。

 かれの鋭い目は、警察大臣フーシェを探していた。

 閣僚や側近たちが続々とやってきて、口々に第一統領夫妻の無事息災を祝った。

 周囲の人混みのなかにフーシェの姿を認めたボナパルトは、つっかかるように声をかけた。

 「警察大臣、このように不穏な事件が続発するのはなぜだ? 

 首都の警備体制はどうなっている? 
 
 犯人はジャコバンに決まっている。どうなのだ、まだ調べはついていないのか?」

 オペラ座で装っていた平然とした態度をかなぐり捨てて、怒りを顔にだしている。

 このクリスマス・イブのボナパルト暗殺未遂事件は、新聞で「マシーヌ・アンフェルナル事件」と呼ばれ、たちまちヨ
ーロッパ各国

に喧伝された。

 「マシーヌ・アンフェルナル」というフランス語は、「地獄送りの武器」の意味。具体的には仕掛け爆薬を意味し、馬車や船に爆薬

をしこんで敵陣に送りこみ、爆発させる装置をいう。 (続く