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物語
ナポレオン
の時代

       Part 2  百日天下

   
第13章 亡命 

   11.メイトランド艦長

 ベレロフォン号では、先刻からメイトランド艦長がじりじりしながらナポレオンの到着を待っている。
 フランス帆船は帆をだらんと下げたまま洋上に漂いはじめた。
 焦燥にかられたメイトランドは、副長アンドリュー・モット海尉に命じて大型ランチをおろさせ、ナポレオン一行を連れてこいと命じる。
 モット海尉の大型ランチは動かなくなった帆船に向かい、皇帝と随員たちがランチに乗り移ることになった。
 レペルヴィエ号の乗組員全員が甲板に整列し、「皇帝万歳」と叫びながら見送った。
 ナポレオンはうなずきながら右手を海にひたし、自分をここまで運んでくれた帆船の舷側に海水をふりかける。

 イギリス海軍のランチは波にゆられながら母艦に戻り、接舷した。
 おろされたタラップに最初に足をかけたのはベルトラン将軍で、ロヴィゴ公爵が続く。
 正装したふたりは緊張した面持ちである。
 その後ろから、ゆっくりとして足取りで、青オリーヴ色のコートに身をつつんだナポレオンが姿を現した。
 歩み寄ったメイトランドが帽子に手をかけ身をかがめながら鄭重に敬礼する。
 脱帽はしなかった。
 かれの部下の士官たちも序列の順に全員が立ち並んでいたが、抜刀して敬意を表することはなかった。
 ナポレオンが口をひらく。
 「貴国の摂政殿下と貴国の法の保護に身を委ねるべく、わたしは貴艦を訪れました」
 フランス語を解するメイトランドは、無表情な顔で慇懃に会釈した。
 とほうもなく大きな獲物を手に入れて、内心ではしてやったりと思ってる。

 自分のために用意された場所に降りると、ナポレオンは一瞥してからいった。
 「りっぱな船室だ」
 明確な自覚はなかったであろうが、この時点でかれはイギリス海軍の捕虜になったのだ。
 終生の流刑地
セント・ヘレナ島に送られるのは、その数ヶ月後のことである。
                                       (Part 3 に続く