本文へスキップ

物語
ナポレオン
の時代

       Part 2  百日天下

   
第13章 亡命 

  3.マルメゾン

 翌日正午ごろ、ラザール・カルノがエリゼ宮に顔を出した。
 退位した皇帝がパリを離れることになったと知らされ、いとまごいに訪れたのだ。
 カルノは軍人としてナポレオンの先輩に当たるが、この3ヶ月内務大臣として誠実に仕えてくれた。
 ナポレオンは鄭重に迎え、こう述べた。
 「あなたを知るのが遅すぎた」
 なかば社交辞令であろうが、心のこもった言葉である。

 穏健ではあるが一徹なこの政治家は、一貫して反専制主義者だった。
 だからナポレオンが終身統領になるときにも、皇帝に即位するときも、議会で反対している。
 にもかかわらず、3ヶ月まえに内務大臣になってくれと乞われたとき、かれは承諾した。
 祖国の危機に際して拒むことはできないと考えたからである。
 それがこの人物の身の処し方であり、国民のあいだで人気のある理由でもあった。

 カルノは別れぎわに、アメリカに行くことを勧め、イギリスは考えるべきでないと忠告した。
 あなたはあの国の人間にあまりに強い憎悪感をかきたててしまった。
 後日になるが、ナポレオンはこの忠告にもかかわらずイギリスに亡命して後悔する。

 前皇帝がパリを去るらしいという噂を聞きつけた民衆が、心配してフォーブール・サントノレに集まってきている。
 熱烈な支持者たちだった。
 ナポレオンは混乱を避けるために自分のカロッスを宮殿の正面に準備させてから、ベルトランの地味な馬車にこっそり乗り込み、シャンゼリゼに近い門を通ってエリゼ宮を離れた。

  パリから15キロほど西に位置するマルメゾンに着いたのは、午後1時半ごろである。
 出迎えたのは、臨時政府から派遣されたベケール将軍。
 昔から知っている部下だが、スペイン戦争の時期からある事情で疎んじるようになっていた。
 それを知っているフーシェが、わざとこの軍人を選んでマルメゾンの警護隊指揮官に任じたのだ。
 前皇帝をガードするために警護隊をつけるというのは口実であり、真の狙いは動静を把握するための監視である。
 (続く