Part 1 第一統領ボナパルト
第5章 陰謀
10.深夜の処刑
軍法会議は午前2時ごろ閉廷した。
アンギャン公は「第一統領に直接会って話をしたい」という希望を述べ、そのあと自室に退く。
ユラン准将が公の希望を伝える手紙をその場で書きはじめると、部屋の後方の座席に座っていたサヴァリ大佐がゆっくり立ち上がる。
サヴァリは精鋭憲兵隊の隊長であるが、このときは私服姿で軍法会議に立ち会っていた。
かれはユラン准将のそばに行くと、書いている手からペンを奪い、にべもなく告げる。
「貴官の仕事は終わった。あとはわたしがやる」
自室に戻っていたアンギャン公は、サヴァリ大佐の指示で城館の中庭につれて行かれた。
「王妃の塔」に近い城壁のそばである。
そこには16名からなる銃殺班が待機しており、すぐそばに縦2メートル、横1メートルほどの穴が見えた。
このまま銃殺されることを悟った公は、司祭を呼んでほしいと依頼した。
この希望もかなえられない。
アンギャン公はしばし祈りをささげると、さし出された目隠しの布を断わり、ゆっくりとした足どりで16名の憲兵たちのまえに進み出る。
「しっかり狙って撃ってくれ」
これが31歳の貴公子の最期のことばだった。
遺体は覆いをかけられることもなく、棺にも入れられず、そのまま憲兵たちの手で用意されていた穴に放りこまれる。
処刑と遺体の処理を指揮したサヴァリは、このあと陸軍少将に昇進し、6年後にはフーシェの後任として警察大臣になる。さらに帝国貴族にとりたてられ、ロヴィゴ公爵を名乗る。
命じられればどんな汚れ役も引き受けるので、ボナパルトには重宝な部下だった。
権力者のまわりには、この種の人間がかならずいる。
同時代の文学者スタンダールは、サヴァリを「視野のせまい追従者」と評した。
(続く)