Part 1 第一統領ボナパルト
第7章 ナポレオン法典
3.護民院の壁
第一統領に任命された4名の起草委員は、民法案の草稿を10日ごとにカンバセレスに提出し、大筋での了承をとりながら、精力的に仕事をした。
4ヶ月後には案文を書き終えてしまう。
厳密にいえば、3ヶ月という期限に間に合わなかった。
しかし、遅れは1ヶ月にすぎない。
後世に高く評価される内容豊かな法典の骨子が、これほど短期間に完成したのだ。
『フランス人の民法典』は序章と本編からなり、本編は3部構成になっている。
序章では、この法律の公布、効果、適用が述べられる。
第1編では個人の身分や家族が、第2編では財産や所有権が、第3編では所有権の取得方法や契約が扱われる。
これらの各項の実質的な検討は参事院でなされた。
条項ごとに綿密に吟味され、修正がほどこされ、それが終わると議会にまわされる。
議会では、憲法の規定により、最初に護民院にかけられる。
ところが、序章からしてさまざまな反論が噴出した。
内容が旧弊であり、保守的だ。
国家の枠組みを表に出しすぎる。
司法官にもっと大きな役割をあたえるべきだ、等々。
当時のフランスの憲法では、法律の制定には複雑な手順が必要だった。
まず護民院で審議されるが、ここでは議論のみで、議決はされない。
そのあと立法院にまわされ、参事院代表と護民院代表による説明のあと、審議なしに議決される。
ただし(ここが微妙であるが)、護民院は当該法案についての「意見」を表明することができる。
この時期の護民院には、理論家肌で弁の立つ者が多かった。思想的には革命の理念に忠実で、急進的傾向の議員たちである。
かれらは民法典序章について投票し、その結果は反対65、賛成13であった。
これが護民官たちの「意見」である。
立法院はその意見を参考にし、参事院側の説明も聞いてから、票決した。
結果は、反対142、賛成139だった。
僅少差ではあったが、民法典序章は議会で否決されたのだ。
(続く)