物語
ナポレオン
の時代
ウェリントンはここで一部の歩兵部隊を後退させる。
それに気づいたネーは、敵が逃げ腰になったと見誤り、たたみかけて勝負に出ようとした。
この戦場では4キロ四方の空間に、両軍あわせて400門もの火器をもちいている。
無煙火薬がない時代なので、砲撃のたびに大量の硝煙が出て、もうもうと戦場に立ちこめる。
視界がきかないのも当然だった。
ラエ・サント農場を奪取して意気軒昂たるネー元帥は、視界の狭い戦場で敵軍が撤退をはじめたと思い込んでしまう。
ミヨー騎兵隊とルフェーヴル・デヌエット騎兵隊を従え、昂然とした面持ちで、かれはモン・サンジャンの高地に向かって馬を駆った。
ウェリントンはこれを見て、ただちに守備態勢を固めさせる。
何列かの横隊を組ませ、その背後に方陣をつくらせ、間には砲兵隊をおかせた。
方陣は4列で構成される。
最前列の兵士は膝をつき、銃床を地面につけて、銃剣を柵のように立てる。
第2列目と第3列目の兵士は、立ったまま、敵の騎兵隊を近くまで引き寄せてから、至近距離で撃つ。 第4列目の兵士は、撃ち終えた銃に弾丸をこめる役目をはたす。
フランス軍騎兵隊が、地響きをあげて高地への斜面を駆け上がりはじめた。
イギリスの砲兵隊が発射する球形砲弾や散弾で、先を行く馬がいななき、後ろ脚で立ち、騎兵が振り落とされる。
鮮血がとび散り、うめき声が上がった。
それでもネー元帥の率いる騎兵隊は、敵の最初の横隊をけちらし、つぎの横隊に迫る。
上り坂であり、地面が軟弱なので、馬の速度はすぐに衰え、堅固に守りを固めている方陣の銃剣の柵を破るのは難しい。
ネーは軍帽をかなぐり捨て、燃えるような赤毛をなびかせながら奮戦するが、騎兵隊がみるみる劣勢になっていくのはいかんともしがたい。
自軍司令部に歩兵隊の増援を求める使いが送られた。
「歩兵をよこせだと!」と、ナポレオンは叫んだ。
「そんなものがどこにある。ひねり出せとでもいうのか!」
(次章に続く)