Part 2 百日天下
第9章 戦争へ
2.皇后とローマ王の不在
すでに述べたように、マリー・ルイーズとその息子は1年まえからウィーンにいる。
エルバ島からも、パリに戻ってからも、ナポレオンは皇后にいくども手紙を書き、自分のところに戻ってきてくれと頼んだ。
かの女の父親フランツ皇帝にも同じことを書簡で依頼している。
なしのつぶてである。
代わりにメッテルニヒから「皇女とそのご子息がフランスに帰ることはないでしょう」という、木で鼻をくくったような返事が届いただけ。
以前に自分の個人秘書をつとめ、最近はマリー・ルイーズに仕えていたメヌヴァルが、5月中旬ウィーンから戻ってきた。
ナポレオンはすぐにエリゼ宮に招いて、ことこまかに問いただす。
メヌヴァルは慎重にことばを選びながら、皇后とナイペルク将軍がいまは愛人関係にあり、ローマ王は実質的に監禁されていると答えた。
ナポレオンの顔色が変わり、低いうめき声が口からもれる。
ひたすら望んでいた妻と息子の帰国は、諦めるほかないと悟ったのだ。
シャン・ド・メの一般参加者たちは、ふたりの姿が見られぬことに首をかしげながら自問していた。
「皇后と皇太子が帰ってこなければ、フランスの平和も危なっかしいものになるのでは?」と。
家庭的な孤独感をいくらかでも和らげようとしたのか、ナポレオンは弟のリュシヤンとほんのすこしまえに和解した。
この兄弟はかねて折り合いが悪く、リュシヤンはこれまでローマで暮らしていた。
しかし、今日の式典に間に合わせてパリに戻ったばかりである。
ジョゼフ、リュシヤン、ジェロームの3人の兄弟とともに馬車から降り立った皇帝の姿は人びとを驚かせた。
白い羽根のついた黒ビロードのトック帽、金糸の刺繍がある淡紅色のマント、同じ淡紅色の短い上着。
下半身はといえば、白いシルクのズボンと白いストッキングをはき、飾り結びのついた靴をはいているではないか。
この扮装はなんだろう?
(続く)