Part 1 第一統領ボナパルト
第6章 裁判
9.対照的な両被告
裁判は5月25日にはじまった。
起訴状の朗読がおこなれているあいだ、47名の被告の大部分はことさらに退屈そうに、あるいはバカにしたような顔で聞いている。
「そんな荒唐無稽な話をまじめに聞いていられるか」というそぶり。
傍聴席の紳士淑女たちは、それを眺めて面白がっていた。
モローだけが無表情である。
朗読の内容に真剣に聞き入るというのでもない。侮蔑的な態度をとるのでもない。
われ関せずという態度だった。
証人への尋問がはじまると、検察側の証拠固めがあやふやなものであることが分かる。
証人たちの述べることに矛盾があり、前言を撤回する者もいる。
そのことに気づいたからであろう、モローは強腰にでた。
「カドゥーダルとは一面識もない。ピシュグリュには最近会っていない。そもそも「陰謀」とはいかなるものか、まったく知らない。」
そう言い切ったのである。
他方カドゥーダルは、訴因のほとんどすべてを認めた。
「自分はボナパルトを拉致し、統領政府を倒し、王政を復活させるべくパリに来た」と明言する。
ただし、これにかかわった部下の名前はいっさい口にしなかった。
たび重なる問いかけにも、がっしりし広い肩をすくめてみせるだけである。
しかも「モローとはなんの関係もない」とまでいった。
今後のために大事なコマを温存しようとしたのである。
傍聴席にはそれが分かり、カドゥーダルの人気はさらに上がった。
「被告を逮捕するときに殉死した刑事ビュッフェには、妻子がいる。それをどう思うか?」と質問されるいと、こう答えた。
「独身者をさしむければよかったのだ」
豪放なこの男は頭の回転もはやかった。
この王党派指導者の法廷における存在感は日に日に増大し、それにひきかえモローは日に日に影の薄い脇役になっていく。(続く)