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物語
ナポレオン
の時代

       Part 3 セント・ヘレナ

   
第1章 上陸 

   9.小さな楽園

 ラス・カーズは昼も夜も文章を書いていた。
 イタリア戦役についてのナポレオンの口述を筆記するだけでなく、平行して克明な日記もつけていたからである。
 その日記は、数年後に、『セント・ヘレナのメモリアル』の題(『セント・ヘレナ日記』とも訳される)で出版され、大きな反響を呼ぶことになるだろう。
 この書物は大部であり、その内容は多岐にわたるが、ナポレオンの日常生活を描く部分がもっとも興味深い。

 その「1815年11月10日」の項には、つぎのような挿話が書かれている。
 ナポレオンはこの日、海の見える小高い丘までラス・カーズと散歩に行ったのだが、帰りしなにバルコーム夫人と連れの若いイギリス女性に出会う。
 女性はスチュアート夫人。ムンバイから本国に戻る船旅で島に立ち寄ったのだという。
 4人が雑談しながらブライヤーズ荘に戻りかけると、重荷を背負った奴隷たちが坂道をのぼってきた。
 バルコーム夫人が命令口調で「道を譲りなさい」」と奴隷たちにいう。
 ナポレオンが口をはさんだ。
 「マダム、重荷に敬意を!」
 しきりにナポレオンの様子を窺っていたスチュアート夫人がつぶやく。
 「聞いていた噂とはずいぶん違うわ。人柄も、顔立ちも」

 以下は、べつの日の一節。
 ブライヤーズ荘の庭の奥に、トビーというマレー系の奴隷が住んでいた。
 かなりの年齢の男で、以前からここで庭師をしているようである。
 ナポレオンはこの老人に好意を抱いて身の上話を聞き、同情した。
 奴隷の身分から解放してやりたいと思って、コックバーン提督にかけあったが、うまくいかない。
 しかしその後も、トビーを見かけるたびに気安く話しかけ、ブライヤーズ荘を立ち去るときには、握手して金貨20枚をあたえた。
 老庭師はナポレオンを「グッド・ジェントルマン」と呼び、果物かごをつめたり、花束をこしらえたりして、いつまでもロングウッドの屋敷にとどけてくるだろう。

 後からふり返ると、ブライヤーズ荘で過ごした日々は、いくらか退屈ではあったにせよ、ナポレオンにとって心安まるひとときだった。
 ――冷たい冬がくるまえの小春日和のような。
                             (続く

 ラス・カーズは、その日記のなかで、自分と息子が住むことになった部屋が狭いことを述べたあと、こう書いてます。
 「嘆くことがあろうか。われわれはこんなにも皇帝のおそばにいられる。皇帝の音声、その言葉までが聞こえる場所なのだ!」  
 ラス・カーズはナポレオンを崇敬していました。
 仰ぎ見る皇帝の言行を後世に伝えたい。  
 これが『セント・ヘレナのメモリアル』に通底する主調音です