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物語
ナポレオン
の時代

       Part 2  百日天下

    
第4章 鷲は飛んで行く

    7 賭けに出る

 小軍隊がラミュールを過ぎて
ラフレにさしかかったとき、前方に国王軍が見えた。
 グルノーブルの第5戦列大隊である。

 ナポレオンは自軍を停止させ、副官のラウル大尉に指示をあたえてから前に行かせた。
 大尉はギャロップで馬を走らせ、国王軍の面前で止まると叫んだ。
 「皇帝陛下がこちらに向かっておられる。
  発砲すれば、最初の弾丸が陛下に当たるだろう。
  もしそうなれば、フランスに大きな責任を負うことになるのを忘れるな!」
 国王隊の最前列にいる兵士たちと指揮官のランドン少尉は、ラウル大尉の言葉を聞いても押し黙ったままだった。
 が、皇帝の近衛部隊が進んでくるのを目にすると、顔色が変わる。

 ナポレオンが馬車から降りた。
 「捧げ銃」を近衛兵に命じて軍旗をかかげさせ、それからひとり歩きはじめる。
 声がとどく距離になると、こう呼んだ。
 「第5大隊の兵士諸君! わたしがだれか分かるか?」
 一呼吸おいてから、グレイのフロックコートの前をあけて声を高める。
 「諸君のなかに、皇帝を殺したい者がいるなら、ここだ!」
 一瞬の間のあと「皇帝万歳!」の歓声があがり、兵士たちはわれ先にナポレオンに駆け寄った。

 茫然としていたランドン少尉は、馬を返してグルノーブルの方向に走り去る。
 大隊の指揮官ドレセール少佐は、自分の剣をはずして、さし出した。
 投降の意思表示である。

 ナポレオンは賭けに勝った。
 戦わずして、国王軍を屈服させたのである。
 一か八かの勝負に出た、というのではない。
 自軍に従う大勢の農民がそばでなり行きを見守っていることが相手にはプレシャーになる、とナポレオンは読んでいた。
 副官を先行させて警告を発したのも、心理的負荷を増大させるためである。
 とはいえ、もののはずみということがある。
 なにかのはずみで銃の引き金が引かれれば、それまでである。
 そうしたプラス・マイナスを計算したうえで賭けに出た。
 そして勝ったのだ。

           (続く