物語
ナポレオン
の時代
失神しかけたボナパルトを、議員たちから力づくで取り戻し、議場の外につれだしたのは、数名の擲弾兵だった。
なにかあったときのために、議場入り口に待機させておいたボディーガードである。
ほうほうの体で別室に退いたボナパルトは、しばし呆然としていたが、やがて部屋にいた何人かの者に促され、城館の中庭に向かった。
そこには議場警備の兵士たちが詰めており、その背後にはパリから移動させた第79連隊の部下たちもいる。
ボナパルトは馬をひかせ、馬背にまたがり、「おまえたちに期待してよいか?」と呼びかける。
指示に従って行動してくれないかとたずねたのだ。
兵士たちはためらい、沈黙したままである。
そこに弟のリュシヤンが姿を見せた。
かれはちらりと見て、その場の状況をのみこんだ。
士官のひとりに馬を貸せといい、兄のそばに轡(くつわ)をならべると、兵士に太鼓をならすように命じた。
あたりは水をうったように静かになる。
鐙(あぶみ)の上に立ったリュシヤンは、自分が五百人会の議長であること、議場ではいま短剣をもった少数の議員が大多数の他の議員をおどし、議事を妨害している、と説明をはじめる。
将軍は元老会の議決したことを遂行しようとしたのに、議場のならず者たちは、将軍を法外処分にせよとわめいている。
熱弁をふるう五百人会議長のことばに、兵士たちはじっと耳をすませている。
リュシヤンはそばにいる兄のサーベルを鞘から抜き取り、芝居がかった身振りで兄の胸に切っ先をあてると、声を高めていう。
「将軍がもし独裁者になるならば、いかに兄であれ、わたしがこの心臓に剣をつきさす。そのことを誓おう!」
けれんたっぷりの見えである。
これが受けた。
「ボナパルト万歳!」の歓声が響きわたる。
この瞬間に、クーデタはなったのである。
(続く)