物語
ナポレオン
の時代
コックバーン提督が離任することになり、代わりの提督が島にやってきた。
マルコム提督である。
セント・ヘレナ島の提督の任務は、島を守るイギリス海軍を統括・指揮することだった。
6月20日、新提督が挨拶のためにロングウッドを訪問する。
ロウ総督が同行して、提督をナポレオンに紹介した。
パルトネー・マルコムは良家の出で、上品で率直な物腰でナポレオンの気にいられたようである。
数日後に提督が再訪するのを快く受け入れたことをみても、それは推察できる。
その6月25日の訪問には、夫人のクレメンティーナが加わった。
かの女は上流階級の女性で、交際相手にはリベラルな知識人も少なくない。
政府の要人や軍人たちと違って、それらの知識人のなかには敵国フランスの元首ナポレオンに関心をよせ、さらには賞賛する者もいた。
しかも、親しい従姉妹のマーガレットがナポレオンの副官だったフラオー伯爵とつい最近結婚したこともあり、クレメンティーナはこの高名な流刑囚になみなみならぬ好奇心を抱いていた。
そうした情報をすでに得ていたナポレオンは、ベルトラン将軍に命じて軽四輪馬車で夫人を迎えに行かせたし、会見のあいだじゅう長椅子の自分のそばにかの女を座らせて歓待した。
マルコム提督夫妻との会話が大いにはずんだのはいうまでもない。
7月に入って、ロウ総督とナポレオンの第4回目の話し合いがおこなわれた。
話し合いの雰囲気は冷ややかなもので、険悪といってもいいくらいだった。
8月中旬になされた第5回目の話し合いで、両者はついに衝突してしまう。
直接の理由はロングウッドの経費削減問題や、イギリスの政治家・著述家であるホブハウスがナポレオン寄贈してきた書物の取り扱いなどである。
これまでに積もり積もった不満と怒りを、ナポレオンは堰を切ったようにぶちまける。
(続く)