物語
ナポレオン
の時代
ここで時計の針をすこし前に戻すと、ナポレオンがベルギー進撃を開始したのは6月15日の早朝であった。
ウェリントンにがその報告が入ったのは、その日の午後である。
フランス軍は国境を越えるとすぐシャルルロワの近郊でプロイセン軍を攻撃した、という内容だった。
ウェリントンの頭にすぐ浮かんだのは、ナポレオンがどのコースをとってブリュッセルにくるか、という疑問である。
シャルルロワからまっすぐに北上するのか?
それとも西寄りのモンスを経由してくるのか?
その後に届いた情報も、それを推察するための手がかりを与えてくれない。
やむをえずウェリントンは、集合していつでも行軍をはじめられるように待機せよ、という命令をだすだけにした。
日が暮れてから、かれはリッチモンド公爵夫人の舞踏会に出るために着替えをはじめた。
このときの気分では、じつのところ舞踏会になど出たくない。
プロイセンのツイーテン軍がシャルルロワから撤退したのをさきほど知らされたばかりだし、カトル・ブラをどう防御するかで頭がいっぱいだった。
しかしかれと幕僚たちは今夜の舞踏会に顔を出して、ベルギーに大勢いるイギリス人を安心させなければならない。
ブリュッセルにパニックなどが起きて、避難する者とその家財道具で後方の道がふさがってしまうのは困るのだ。
補強要員や輜重部隊は後方の道からくるのだし、そこはなんとしても空けておく必要がある。
今晩のパーティに出る男性の半分以上は、イギリス陸軍の士官たちのはずである。
軽騎兵士官、竜騎兵士官、狙撃兵士官。
何人かの貴族、大使、公使たちも列席するはずである。
(続く)