Part 2 百日天下
第1章 エルバ島
7.48時間の「密会」
狭い島では、なにごとも噂の種になる。
島の住民たちは船員たちが話すのを小耳にはさみ、皇后マリー・ルイーズがローマ王を伴って皇帝に会いにきたのだろう、と早のみこみした。
あたりがすっかり暗くなってから、ナポレオンはヴァレフスカ伯爵夫人の一行を出迎える。
いつもの服装でなく、島の国民衛兵の制服を身につけていた。
山の上のマドンナ・デル・モンテの僧院に着いたときは、すでに午前1時。
戸外の栗の樹の下夜食が供される。
マリア・ヴァレフスカは「フォンテーヌブロー宮殿ではなぜ会ってくださらなかったの?」と、数ヶ月まえの恨みごとを口にした。
ナポレオンは額に手をやりながら「あのときは考えごとで頭がいっぱいだった」と、弁解する。
翌朝、マリアは島の風景を嘆賞し、遠くに見えるコルシカ島に行ってみたいといった。
ナポレオンは息子アレクサンドルを膝のうえにのせ、上機嫌でたわむれている。
そのあとマリアを散歩に誘い、道すがら告げた。
「残念なことだが、明日は別れなければならない」。
静かではあるが、きっぱりした口調である。
島を離れるまえに、ヴァレフスカ伯爵夫人は携えてきたいくつかの宝石をさし出して、これを受け取ってほしいといった。
ナポレオンは礼をのべたが、母親の場合とちがって固辞した。
空は厚い雲でおおわれ、強い風が吹きはじめている。
嵐が接近していた。
伯爵夫人の一行を乗せる船は、ひと目の多いポルトフェライオ港でなく、マルチアーナ・マリーナで待っていた。
しかし、吹きさらしの港で乗船するのは危険すぎるので、島の反対側のポルト・ロンボーネに廻ることになる。
9月3日の夜、はげしい暴風雨をついて、二本マストの帆船はエルバ島を離れた。
わずか48時間の短い「密会」は終わった。
(続く)