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物語
ナポレオン
の時代

       Part 2  百日天下

   
第12章 二度目の退位 

    3.長談義

 ナポレオンは、会議ではいつもそうするように、あらかじめ考えておいたことを喋りはじめた。
 
 「敵が国境に迫っており、じきに国内に侵入してくるだろう。
 軍と国民は私を信頼し、支持してくれている。
 このような時にこそ、議会はいたずらに敵対的にならず、わたしをサポートすべきだ。
 第5軍団などの留守部隊のすべてを集めれば10万人にはなる。
 国民軍と国民志願兵の両方で、やはり10万。
 それに新兵を10万ほど徴兵するなら、ぜんぶで30万人になる。
 これだけあれば、イギリス軍とプロイセン軍を相手にじゅうぶん戦えるはずだ。
 それなのに、議会はわたしに退位せよというのか。
 そのあとフランスはどうなる?
 議員たちはそのことを考えてみたのか?
 兵士はわたしがいなければ戦わない。
 軍は瓦解するだろう。
 議会の演説や人権宣言などで、この危機を乗りこえることができると思っているのか?」

 大臣たちはうつむいて聞いていた。
 皇帝は正規軍でもない国民軍や国民志願兵をいまになって当てにしはじめた。
 このような状況で徴兵などできないし、かりにやっても兵力としてはほとんど期待できないだろう。
 皇帝には、現実と願望の区別がつかなくなってるようだ。
 昔はピンチに追いこまれれても冷静・沈着・果断にものごとを決められた人物が、こんな長談義をして貴重な時間を空費するとは!
 言葉には出さなかったが、古手の大臣はそう考えていた。

 じつはナポレオンがこのとき望んでいたのは、絶対的権力である。
 いいかえれば、軍事独裁をやりたい。
 ダヴー、カルノ、リュシヤンは、それを勧めていた。
 しかし、閣議全体の意向はそうではない。
 打つ手のないナポレオンは議会のでかたを待つしかなく、議会が軍事独裁権をあたえてくれるのを期待していた。

 ちょうどその頃、代議院が
ブルボン宮ではじまっていた。
 きのう『ナポレオン軍公報』が出て、ワーテルローの戦いの詳細が報じられた。
 多くの議員はこの日の官報でそれを読んで、はじめて敗戦を知ったところである。
                                               (続く