Part 2 百日天下
第2章 脱出
6.まんまと成功する
微風に押されるようにポルトフェライオを離れた小艦隊は、港外に出てから、風がないだために立ち往生する。
この時代の操船は風しだいだった。
数時間後にようやく順風が吹きはじめ、アンコンスタン号と他の帆船が海面をすべりはじめる。
このあたりを遊弋するイギリス船に見とがめられぬように、分散して航行していた。
翌日の午後、カプライア島を過ぎ、右手にリボルノが遠望できるようになったとき、一隻の帆船が前方に出現する。
イギリスの商船か?
ナポレオンは制服派手な近衛兵たちに、毛皮帽をぬぎ甲板に身を横たえるように指示した。
二つの帆船のあいだの距離はせばまり、前方の船体がはっきりと見えるようになる。
白い帆を張ったフランス商船ゼフィール号である。
アンコンスタン号の艦長タイヤード大尉は、以前からゼフィール号の船長アンドリューと顔見知りの間柄。
こうした場合は、通例声をかけあう。
かれはメガホンを口にあてて叫んだ。
「どこへ行く?」
「リボルノだ。そちらは?」
「ジェノバに行く。なにか言づけがあるか?」
ジェノバは、たしかにアンコンスタン号の針路の北東方向にある。
アンドリューは「とくにない」と答えたあと、こう尋ねた。
「皇帝はお元気か?」
「たいへんお元気だ」と、タイヤード大尉は応じた。
先刻からデッキの片隅に立ち、その場のなりゆきを注視していたナポレオンは、唇に笑みを浮かべながら船室に降りると、中断していたベルトラン将軍とのチェスを再開する。
小艦隊はこのあと順調に航海をつづけた。
3月1日。
エルバ島を出てから3日目に、アンコンスタン号と他の帆船は南仏カンヌ近くのジュアン湾に入港。 あっけないほど容易にナポレオンは帰国した。
(続く)