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物語
ナポレオン
の時代

       Part 3 セント・ヘレナ

   
第4章 倦怠と絶望   

   1.ラス・カーズの逮捕

 11月25日、ロウ総督がリード中佐などの幕僚と竜騎兵2名を従えて唐突にロングウッドにやってきて、ラス・カーズを逮捕した。
 部屋にあった書類・原稿なども没収された。
 逮捕の理由は、ヨーロッパに行く人間に託してラス・カーズが密書を送ろうとしたからというものである。

 ヨーロッパに行く人間とはジェームズ・スコットという名の混血の若者で、以前はラス・カーズに仕えていた。
 新しい主人がイギリスに戻るので自分もついて行くが、ヨーロッパに手紙を送りたいのであれば自分が預かってもよい、とこの召使いが申し出たようである。
 ラス・カーズはイギリスの信頼できる知人クレヴァリング卿夫人に宛て薄いシルク地に手紙を書き、それをスコットの衣服に縫いこませたらしい。
 内容は、ロウ総督のナポレオンと随員・召使いに対する厳しい仕打ちを述べたものだった。

 この手紙が簡単に見つかってしまい、スコットは投獄された。
 そしてラス・カーズも逮捕され、監禁されたのである。
 息子エマニュエルは自発的に父親に同行した。
 ロングウッドの全員が動揺したが、ナポレオンだけは密書を送る計画をラス・カーズからある程度知らされていたらしく、「召使いが裏切った」と呟いたという。

 それにしても聡明で慎重なラス・カーズが、なぜこのように軽率なことをしたのか。
 もっとリスクの少ないヨーロッパとの通信手段が、他にもありそうなものである。
 研究者のなかには、わざと島を追放されるように仕組んだのでは,と推測する者もいる。
 ラス・カーズはもともとグルゴーと不仲だったし、最近ではモントロンとも気まずくなり、ロングウッドでの人間関係に疲れていた。
 島に連れてきた息子エマニュエルは体の弱い十代の青年で、病気がちである。
 フランスに残してきた妻と2人の子どものことも心配であったろう。

 それに加えて、これまでに書きためてきた詳細な日記を一日でも早く活字にししたいという願望。
 刊行されれば評判になること間違いなしである。
 それやこれやで、セント・ヘレナ島をなるべく早く出たいと望んでいた可能姓は高い。
                                      (続く