Part 1 第一統領ボナパルト
第3章 コンコルダ
7. クリスマス・イブのテロ
1800年12月24日。
この夜、第一統領夫妻はハイドンのオラトリオ『天地創造』のパリ初演に臨席することになっていた。 日中の執務で疲労したボナパルトは、夜になってからの外出がおっくうだった。
しかし妻のジョゼフィーヌにうながされ、ため息をつきながらソファから立ち上がる。高い身分には義務がともなう。ノブレス・オブリージュである。
8時過ぎに、第一統領の馬車はチュイルリー宮殿をでて、さほど遠くないオペラ座に向かう。
馬車には、ベルチィエやランヌなど、マレンゴでともに戦った部下たちが同乗している。
ジョゼフィーヌの馬車はボナパルトの馬車よりすこし遅れて出発した。
娘のオルタンスや、夫の妹のカロリーヌがいっしょである。カロリーヌはこの年の2月にミュラと結婚したばかり。
先を行く馬車がサン・ニケーズ街にさしかかる。通りのなかほどに水運びの荷車が一台とまっていた。 かたわらにはひとりの少女が立っている。
御者は舌打ちしたが、鞭をふるって荷車の横すれすれに通りぬけた。
この強引さが幸いする。
角を曲がった瞬間、荷車がものすごい爆発音とともに吹っ飛んだ。
積んでいたのは、水でなく火薬だった。
馬車のなかでウツラウツラしていたボナパルトは、自分が渦巻く川のなかで持ち上げられるような気がした。衝撃で馬車はあやふく転覆しかけた。窓ガラスは飛散していたが、なんとか持ちこたえ、走りつづける。
乗っている者は、全員無事だった。
後続のジョゼフィーヌたちの馬車は、距離をおいて走っていたので、被害はまったくない。
爆発で、荷車のそばにいた少女は死んだ。
第一統領に随行していた擲弾兵と通行人のうち、1名が死亡、6名が重傷。
通りの家屋、窓、瓦などの損壊はおびただしく、その惨状は目を覆うばかりである。
(続く)