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物語
ナポレオン
の時代

       Part 3 セント・ヘレナ

   
第5章 病変と臨終   

   11.終焉

 5月5日。早朝からアーノット医師がマスタードを塗った布を患者の足に貼りつけたが、なんの効果もなかった。
 ナポレオンは身動きもせず、苦しげに息をするだけ。

 ベルトランは妻子を呼び寄せ、召使い全員に皇帝が危篤である旨を知らせた。
 部屋のよろい戸とカーテンはすでに開けられている。
 駆けつけたファニーと4人の子どもは、ナポレオンのそばに近づき、手を握り口づけをする。
 幼い男の子のひとりが、すっかり面変わりした病人をすぐ前に見てショックを受け、気を失った。  
 アントンマルキ医師、ヴィニャーリ神父、アリとその妻、ノヴェラスなどは、厳粛な顔でベッドの反対側に立っている。

 昼頃になって、曇っていた空に陽がさして明るくなった。
 蠅がうるさいほどに飛び交うので、病人の顔を保護するために、マルシャンが薄いガーゼをかける。
 アーノットが胃の上に湯たんぽをおかせた。
 ナポレオンの身体の表面が冷えはじめているのだ。

 夕刻、すべてのフランス人召使いが静かに入室し、窓ぎわに並んで瀕死の皇帝を見つめる。
 病人のしゃっくりは間遠になり、息づかいが乱れ、目から涙がこぼれ、耳に流れ落ちた。
 5時半過ぎ、アントンマルキが急いで脈をとる。
 その態度を見て、ベルトランがペンを手にとりながら時計を見た。  
 5時49分である。
 病人は瞼をすこし開けるようにして、吐息を3回もらした。
 ヨーロッパ中を20年以上も震撼させ続けた人物が、いま世を去ったのである。
 51歳だった。

 アーノットからこのことを知らされた総督府は、クロッカー大佐をロングウッドに派遣して、囚人の死を正式に確認させる。
 イギリス人軍医2名もやってきて、医学的な報告書をつくった。
                                      (次章に続く
          

 
 ナポレオンの臨終の絵はいくつかありますが、画面の中の人物配置はほぼ決まってます。
 枕元にマルシャンが立っていて、ベルトランはそばの椅子に腰をおろしている。
 ベッドの足元の椅子にはファニーが座って皇帝を凝視しており、ベッドの反対側ではモントロンがイギリス人軍医となにか話し合っている。
 当時の人びとが、それぞれの人物についてどんなイメージをもっていたかがおよそ想像できまます