物語
ナポレオン
の時代
カルノは入れ違いに受け取ったフーシェからの呼び出し状を変だとも思わず、翌朝8時にチュイルリー宮に赴く。
自ら出した通達どおりにことを運ぶこともできたはずだが、そうしなかった。
革命の初期からいくども政変をくぐり抜けてきたというのに、この62歳の政治家は駆け引きが下手だった。
56歳のフーシェのほうがはるかに老獪である。
カルノは部屋に入るやいなや呼び出し状を見ながら質問した。
「ここに<委員会の構成を決めるために>とあるが、どういう意味なのだ?」
すでに着席していたフーシェはとぼけた顔で答えた。
「もちろん、委員長と幹事を選ぶという意味です」
そのあと、これはほんの形式的なことに過ぎないといわんばかりに、急いでこうつけ加える。
「わたしは委員長の票をあなたに入れますよ」
「わたしもきみに入れることにしよう」と、老政治家は礼儀正しく応じた。
ここでだれが委員長になるかはきわめて重要であり、謙譲の精神を発揮すべき場合ではない。
しかし、一本気なカルノはフーシェの術中に陥ってしまった。
カルノの言葉を聞いたグルニエ将軍は「フーシェが委員長になるのに賛成だ」という。
コーランクールとキネットもそれで異存なしという態度である。
こうしてフーシェはまんまと執行委員会の委員長になった。
とりあえずではあるが、フランスのトップトップの座に坐ったのだ。
いっぱい食わされたカルノは、ようやくそれに気づき、以後フーシェに強い不信感を抱くようになる。
しかし遅きに失したというべきだろう。
執行委員会はこの日のうちに各省の大臣を決め、軍の首脳の人事をおこなった。
内務大臣になったのは、カルノの弟カルノ・フーラン将軍。
抜け目のないフーシェは前内務大臣の傷ついたプライドをいやすべく、策を弄したのである。
国民軍の司令官に任命されたのはマッセナ将軍であり、それを知ったラファイエットは唖然とした。
(次章に続く)