Part 2 百日天下
第1章 エルバ島
6.ヴァレフスカ伯爵夫人
9月1日、ヴァレフスカ伯爵夫人が島を訪れた。
ナポレオンの愛人である。
かれは、権力者になってからというもの、いくども浮き名をながしたが、そのなかでひとりだけ他と違う相手がいた。
ポーランドのマリア・ヴァレフスカの場合である。
フランス皇帝にはじめて会ったとき、マリアはまだ20歳。
70歳を過ぎた夫とのあいだにひとり息子をもつ母親だった。
青い瞳に金髪。白い肌。小柄ではあるが均整のとれたからだつき。
伯爵夫人であったが、純朴でひたむきな女性だった。
一目でひきつけられたナポレオンは、かなり強引に自分のものにした。
マリアは1810年5月に男の子を出産し、ナポレオンは父となる能力が自分にあることを知る。
ジョゼフィーヌとの離婚を決意したのは、そのあとである。
それから4年たって帝政が崩壊したとき、マリアはフォンテーヌブロー宮殿に駆けつけた。
が、敗残のナポレオンは失意のどん底にあり、数日前に自殺を図ったほである。
かの女に会おうとしない。
エルバ島への流罪が決まり、皇后マリー・ルイーズが夫のあとを追って島に行くこともないと知ると、マリアはナポレオンと連絡をとった。
息子といっしょに、島に会いに行きたいと懇願したのだ。
かの女と4歳になるアレクサンドルを乗せた3本マストの帆船は、9月1日の夕刻、ポルトフェライオに入港した。
姉のエミリアと兄のテオドール・ラクザンスキー大佐がつき添っている。
ベルトラン将軍が出迎え、島の西側の村マルチアーナにご案内します、と告げた。
ラクザンスキー大佐はこの村に留まったが、マリア、4歳のアレクサンドル、姉のエミリアの3人は、そこから山を登ってマドンナ・デル・モンテ僧院まで行かなければならなかった。
島の住民や、部下の兵士たちの好奇の目を避けるために、かれらのために人里離れた山奥の場所が用意されていたのだ。
(続く)