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物語
ナポレオン
の時代

       Part 3 セント・ヘレナ

   
第3章 総督ハドソン・ロウ  

   8.浪費

 イギリス政府はかねがねロングウッドで費やされる金額が多すぎると判断し、出費をへらすよう求めていた。
 誓約書の提出を求めた真の理由は、どうやらそのあたりにあったようである。

 たとえば1816年8月のロングウッドの生活費をもとに年間経費を試算してみよう。
 食費が14,000ポンド。アルコール飲料代が3,500ポンド。労賃が1,000ポンド。厩舎費用が1,200ポンド。イギリス人使用人の給料が670ポンド等々で、合計約2万ポンド(約5億円)になる。
 バサースト大臣からの訓令は「年間予算を8000ポンド
(約2億円)に抑えるよう努力されたい」というもの。
 かなりの開きがある。

 経費のなかで大きいのは食費とアルコール飲料代であるから、それをやや詳しく見てみる。
 毎日ロングウッドに届けられる牛肉が30キロ、家禽類が6羽、鶏卵が3ダース、パンが33キロ、バターが5ポンド、砂糖が4キロ等である。
 これ以外にも野菜、コーヒー、紅茶などがあるが、省略する。
 アルコール飲料については、1816年10月から12月にかけての消費量が記録されており、この3ヶ月間で3716本のワインが飲まれた。
 一日平均で約41本になる。
 随員やその家族・召使いの数は、女性や子どもを加えても、およそ20名であったことを考えれば、かなり多い。  
 
 セント・ヘレナ島では貴重品といってよいワインをもっぱら飲んだのは、じつは召使いたちだった。
 チュイルリー宮やエリゼ宮での豪奢な暮らしに慣れていたのと、島の生活の単調さをまぎらわすためか、かれらのなかには昼間から酔ってる者もいた。
 イギリス人兵士や島の若い女に合い言葉を教えて夜中に招き、酒盛りをすることもあった。

 ロウ総督はロングウッドの出費の内容を子細に調べあげてから、年間予算を12,000ポンド(約3億円)に定め、これをオーバーした場合にはフランス側が負担するという案をロンドンに諮る。
 事実10月には経費超過分として、ノーサンバランド号でイギリス側に押収されたナポレオン金貨4000枚が当てられた。

                                                       (続く

 当時のセント・ヘレナ島での英貨1ポンドは、あるフランス人学者によれば、25フラン程度の価値がありました。
 またこの時代の1フランは、現在の日本円に直すと、アバウトな数字ですが1000円ぐらいです。
 上記の文で括弧の中に記した「5億円」「2億円」「3億円」は、この近似値的レートによるものです。