創作講談 もう一人の鳥居強右衛門 鈴木金七郎 の製作

創作講談スケジュール
2014
4月25日 
 神田甲陽氏と鈴木金七郎の創作講談を製作する正式契約の締結  
 6月11〜12日 神田甲陽氏が創作講談の取材の為新城を訪れる  会員が金七郎ゆかりの地を案内。また小学校での金七郎の研究授業を参観 し感心する
11月20日  当会側が台本の確定  10月中旬に台本受領 
 11月26日  講談発表会場および日時の確定  H27.2.8(日)13時30分 新城私立東郷中学校・武道場(入場無料)
 2015
2月8日
 創作講談発表会  

koudann

神田甲陽氏(甲府市在住)が新城市来訪
 
6月11日から12日の二日間、神田甲陽氏が現地調査のため新城を訪れました。もちろん講談制作に対するうらずけのためです。五感で直に金七郎の当時の心情を感じるためにです。
 まず金七郎と同行した鳥居強右衛門の出生地である豊川市市田町に有る松永寺から長篠城祉、泳いで敵陣を脱出した豊川、上陸地点の広瀬から金七郎の生まれた川上集落へ。狼煙を上げ岡崎城へ走った雁峰山を望み、車で作手の太田代へ行き墓参。
 翌日は、設楽が原資料館で湯浅学芸員に質問攻めの後、『これで筋書きは、決まりました。大きな要望に、お答えできそうです。ご期待下さい』と太鼓判を押す力強い言葉も飛び出し終始ご機嫌な様子でした。
 その後、信玄塚では、敵軍を丁重に弔う地元民の行いに『最大級の感謝です。ありがたいことです』と何度も言っていました。東郷西小学校で6年生の強右衛門と金七郎の研究授業を参観し子供たちの、するどく的を得た意見発表に感心しきりでした。あらためて創作講談への期待が高まりました。皆さん、完成披露公演には是非見に来て下さいね。


鳥居強右衛門誕生の地、紹介
syoueizi-isaasuto   松永寺イラスト(鳥居強右衛門)
豊川市市田町中之島57

 本堂左のお堂に強右衛門の木像が納められている。これは、武田方の武将である落合佐平次道久の旗指物を原図として大正3年豊川の神谷辰三郎氏が彫塑したものです.
出生地は、寺の東側近く表札あり
 suneemonn-mokuzou  suneemonn-irasuto
 松永寺にある鳥居強右衛門勝商公の磔の木像  強右衛門イラスト
suneemonn-syusseiti  syoueizi-sannmonn 
松永寺東隣に記念碑  左の堂には鳥居強右衛門勝商の木像が安置 
長篠城を目前にして合言葉”ホー”に対し”ショウトー”と言えなかった為、捕縛された 

 koudann-daihonn suneemonn-kinnsiti-batti 
 講談の台本完成版(95頁/A3版)  強右衛門(左)と金七郎(右)

鳥居閣祭

 4月17日(日)に今年は、あいにくの雨の為、鳥居閣のある新昌寺本堂に於いて挙行された。鳥居閣とは鳥居大権現(強右衛門)が祀られていて地元有海の人は、鳥居様と呼んで神格化されており ます。忠義の手本として磔死した強右衛門の墓(左写真)が地元の浄財で江戸中期、宝暦12年(1762)にできると毎年心暖かい地元の人により祀られてきたのです。明治36年に鳥居閣の棟上げ式、大正3年に鳥居閣の額が完成し愛知県知事を始め多くの来賓者の臨席のもと盛大に350年祭が行われたとの記録があります。大正5年に作られた幟旗は、100年使われ今年(平成28年)新調(写真右)したとのこと。式は、挨拶、方丈他による読経、子供会による強右衛門の歌を合唱、ナオライは、婦人部による筍ご飯と芋煮て終わる全て手造りでした。 地元の人の暖かい接待に触れ心が安らぎ良い一日になりました。
     


RETURN TO TOP