アッと言う間に、短すぎる冬休みが終わり、新しい年を迎えた忍術学園は今日も平和だ。
今日は、まだ正月ボケの抜けない忍たま達にとって、やっと来た土曜日。
午前中の授業も終わり、遊びに耽るもの、昼寝をするもの…各々気ままな時間を過ごしていた。
「おや〜?」
小松田秀作は、真面目にも日課の玄関の掃除にやって来た。
真面目も何も、要領が悪く、午前中に終わらなかっただけの話だが…。
「何だ…コレ?」
門を出てすぐの所に、見慣れない箱がポツンと置いてあった。
「も〜っ!こんな所に置いておいたら、誰かに踏まれちゃうかもしれないのにぃ…それとも…落とし物かな?」
きょろきょろと辺りを見回しても、落とし主らしき人どころか人影も無い。
秀作は、何の疑問も持たずに、それを拾い上げる。
さして重くもないソレには、でかでかと宛名が書かれていた。
「『山田伝蔵・土井半助様』って、なぁ〜んだ、先生達へのお届け物かぁ〜」
既に、不自然に置かれていたという事実は、秀作の頭には無かった。
手にしていたほうきを塀に立て掛けると、軽い足取りで学園内へ戻っていく。
そんな秀作に、近くの草むらに身を隠し、様子を伺っていた人影があった事など、気が付ける筈は無かった。
「あっ!小松田さ〜ん。何持ってるのぉ」
「あぁ、しんべヱ君に…乱太郎くん、きり丸くん…」
秀作は荷物を届けに2人の部屋へ向かう途中、一年は組のお騒がせ3人組とばったり出くわした。
すかさずきり丸が、秀作が手にしていた荷物の宛名に気付く。
「あ、それ…山田先生の奥さんからでしょ〜正月終わったばっかりなのに、マメだねぇ〜」
「違うよ、きり丸。宛名が『山田先生と土井先生』2人になってるもん」
「お世話になりますヨロシク!って事じゃな〜い?」
満面笑顔のしんべヱは、よだれをダラダラ流している。
「しんべヱ?」
乱太郎は、訝しげにしんべヱを見たが、すぐによだれの原因がわかった。
箱の側面に、温泉のマークが入っている。
「絶対、温泉まんじゅうだよネ〜♪」
「別にしんべヱが食べられる訳じゃないだろ…」
ねぇきりちゃん…と、乱太郎が視線を横に移すと、きり丸までが両目を小銭にしていた。
「き、きりちゃんまで!分けてもらって、売りさばいて、小銭を稼ごう♪とか思ってるでしょ…。」
「分かった?!」
「そんな、目を小銭にしてたら、誰だって分かるヨ…」
爛々と瞳を輝かすきり丸…こうなると誰にも止められない。
2人の熱い視線に危険を感じのか、秀作は荷物を遠ざける様に身体で隠した。
「駄目だよ。きり丸くん。これはあくまで山田先生と土井先生宛の荷物なんだから…」
「やだなぁ〜小松田さん。いくらドケチの俺だって、先生達に来たモノを勝手に取ったりはしないっスよ」
ははは…きり丸は声をあげて笑ったが、疑いが払い切れない秀作だった。
「でもぉ〜♪箱が大きいから、おまんじゅうにしたら、絶対一杯入ってるゼ」
きり丸の言葉に、しんべヱは、うんうん…と目を輝かす。
「2人だけじゃ、ぜ〜ったい食べ切れないよね?」
「先生に言えば、早いモノ順で貰えるかも…」
きり丸としんべヱは、都合の良い考えで、くふふ…と笑い合う。
おこぼれに預かる気満々の2人に、乱太郎はやれやれ…と思いつつ、密かに貰えたらラッキー♪などと思っていた。
「土井先生…丁度、私達の補修が終わった所なので、部屋に戻ってると思いますよ」
乱太郎の言葉に、きり丸が大きく頷きながら続く。
「思いマース、思いマース♪」
しんべヱは、秀作の持つ荷物の匂いをクンクンとかいで、更に盛大なよだれを流している。
「そう、ありがとう。じゃ…」
歩き出した秀作は、案の定、自分の後を元気に付いてくる3人に、大きな溜息を付いた。
その数刻前。
子供達以上に疲労感を纏い付かせた半助は、頭を抱えていた。
「山田先生!年末にみっちり教えたのに…あいつら、もう何も覚えてないって言うんですよ〜」
半助は、部屋に帰った早々、愛する生徒達の出来の悪さに愚痴をこぼせる、唯一の相手…山田伝蔵に泣きついていた。
机に向かっていた伝蔵の側に腰を据えると、伝蔵の袴の端っこをグッと握りしめる。
「も〜私…一体どうやって教えたらいいのやら」
嘆く半助は涙目だ。
本人は意識しているかどうかは謎だが、半助は時々、無意識に伝蔵に対してだけ甘えん坊になってしまう。
こうなると、伝蔵にしてみれば、半助も可愛い生徒のようなモノ。
しかも…質の悪い事に、思いっ切り手が掛かるのだ。
更に問題なのは、伝蔵の方も…まんざらではないというコト。
一年は組という強力過ぎる問題は、あくまで担任である2人の前に立ちふさがっている。
2人だけで何とかしなければならないという、脅迫めいた使命感から、公私ともに結びつきは深まるばかり。
自分が、頑張れ…と頭を撫でてやるだけで、半助の明日への活力に繋がるなら、一晩中でも撫でてやっても良いとまで思ってしまっている…伝蔵は諦めに近い心境だ。
勿論、それが同僚の範疇ではない事も自覚済み。
自覚どころか…既にお互いに告白済みである。
どんな問題が山積みでも、半助が自分の側で笑っていたら、良いかなぁ〜等と思えてしまう程、重症なのだ。
例え、その関係自体が大問題であったとしても…。
泣きそうに潤んだ瞳で、軽く唇を尖らせた半助は、言葉を待っているのか、まじまじと伝蔵の顔を見つめている。
伝蔵は、そんな半助の潤んだ瞳に吸い込まれそうになる。
その上、場所もわきまえずに、不埒な事をしてしまいたい衝動に駆られるのだ。
無論、半助が意図的にそうしている訳ではない事は、頭で理解しているので、必死に意識を仕事に戻す。
仕事の相談をしている相手に一々欲情していては、先輩教師としての示しが付かない。
「まぁ、一度理解出来たんだから、繰り返し教えて身につけさせるしかないでしょう」
伝蔵は、よしよし…と半助の背を撫でながら、慰めの言葉をかけてやった。
それは自分へ言い聞かせる部分も大きい。
「そんな事じゃあ、身体の方もなまってるかもしれんなぁ」
「それは…そうでしょうね〜」
伝蔵も溜息を付く。
半助もそれに合わせるように、大きな溜息を付いた。
そんな2人に、忍術学園の最終兵器が、
トラブルを持ち込もうとしている事など…知る由もなかった。
「失礼しま〜す」
山田伝蔵・土井半助…2人きりの穏やかな(?)空間に割って入ったのは、小松田秀作。
「お荷物をお持ちしましたぁ。」
「ご苦労さま…って、なんなんだお前達?」
半助は荷物を受け取りに行って、秀作の後ろに、は組の3人組がゾロゾロと連れ立っているのに、気が付いた。
半助は、嫌な予感に眉間に皺を寄せた。
「いやぁ〜♪そんな大きな箱に入ったおまんじゅう、先生2人だけで食べるのは大変かなぁ〜と、思いましてぇ〜」
きり丸は、商売人よろしく揉み手をせんばかりの勢いだ。
「僕達が食べるの、手伝ってあげる〜♪」
しんべヱは直球勝負。
よだれをダラダラさせるしんべヱの隣で、乱太郎は照れたように笑っていた。
「何だって…まんじゅう?あぁ…こんな事ばかり、鼻が利くな、お前達。」
箱の側面を見て、納得する半助。
伝蔵にも事態が飲み込めたようで、苦笑していた。
「あれ?」
半助は、秀作から荷物を受け取ろうとして、すぐに気が付く。
「小松田くん、コレ…住所が書いてないけど、誰かが持って来たの?」
「いぃ〜え。門の前に置いてあったんですが…」
半助は一瞬、絶句した。
「門の前って!それをそのまま持ってきたの?!」
秀作は呑気なもので、声を荒げた半助を不思議そうに見返した。
「はい。先生方のお名前があったので、2人宛かなぁ〜と思ったんですが…」
半助は、こめかみに震えが走るのを感じたが、努めて冷静を装った。
「こ…小松田くん。そんな『不審物』を簡単に学園内に持ち込んだら駄目だろう?」
「不審物?」
半助は、必死に頭を切り換えて、秀作も生徒の様なものだと…思い込もうとした。
事務の吉野先生の苦労が、身に染みる思いだ。
「良いかい?小松田くん。君がいつも訪問者に、必ず入門表を書かせるのは、学園内に入る人を確認・特定する為だ…それは分かるね?」
異常な探知機能でもあるのかと思うほど、入門表と出門票に命を懸けんばかりの秀作だ。それは良く分かったらしい。
「荷物にしても、誰が送ってきたのか分からないものは、入門表に名前を記入しないのと同じ事だと思わないかい?」
そこに至って、秀作にも分かってきたようだ。
「そうか!そうですよね…」
「荷物の中身が、危険な…例えば、毒蛇や毒虫だったら、どうなる?」
「ど、毒蛇〜ぃ?!」
秀作は、まだ自分の手にあった荷物を、思わず投げ出していた。
「うわぁ〜!」
「ちょっとぉ!」
咄嗟に反応したのは、きり丸だった。
落下地点に滑り込み、無事キャッチする。
「…き、きり丸?大丈夫か?」
「大丈夫、荷物は無傷っス」
へへへ…ときり丸は誇らしげに、でも照れながら笑った。
「荷物じゃない、お前だ?」
「へ?…なんでもないですけど…」
半助は、秀作が投げ捨てる程動揺するとは思っていなかった。
しかも、それをきり丸が拾おうとするとは…。
中味の安全を、完全に確認した訳ではない状態だったのに…。
半助は、胸がちりりと痛んだ。
何事も無かったように荷物を渡してくるきり丸。
半助は、今度は早々に、荷物を受け取った。
「小松田くん、今まで散々普通にしてたなら、その可能性は薄いから大丈夫。怖がらせて悪かった。」
そうは言っても、毒蛇などと、驚かす必要は無かったのだ。あの段階では、まだ危険の可能性は0では無かったのだから…。
半助は、自分の失言が招いた事態に、目が眩むような思いだった。
兎に角、きり丸に異常がなくて良かったと、一人胸を撫で下ろす。
「も〜っ!土井先生!」
秀作の方も、一瞬怒りはしたが、半助が何を言いたいのかは十分に分かった。
荷物を学園内に持ち込む事を、あまりに簡単に考えすぎていた事。しかも投げ捨ててしまうなんて…。
秀作は、目に見えてしゅんとしてしまった。
「これからは、学園周辺に怪しいものがあったら、まず吉野先生か学園長に相談してから対処するように…」
「…はい」
半助は優しく言ったつもりだったが、秀作の返事は弱々しいものだった。
のれんに腕押しの、は組のよい子達とあまりに違う反応に、半助は自分の教え方が悪かった気がしてくる。
ただ、不審物は吉野先生に確認すれば良いとだけ言えばよかったのか?
あんな脅すような事は必要無かったのだ。
ではどうすれば?
ついさっきまで、伝蔵と教育方法について話していたばかりなので、色々な事が半助の頭に浮かんだ。
微妙な沈黙が降りる。
「宛名が、私と土井先生の連名なんですよね?」
一連の事を遠巻きに眺めていた伝蔵は、絶妙のタイミングで声を掛けた。
半助は、はい…と答えると、それを切っ掛けに、改めて秀作に声を掛ける。
「じゃあ、確かに受け取ったから。これからは気を付けるんだよ…」
秀作の返事を待たずに、半助は踵を返すように、部屋へ戻った。
秀作と3人組がそのまま興味深げに、様子を窺っているのも分かっていたが、あえて放っておいた。
多少距離が離れているから危険は少ないし、何処かへ行けと言っても、中味が分かるまでは、無理な話だと分かっていた。
半助は、荷物を伝蔵の所に持っていった。
渡し際、伝蔵に耳打ちする。
「この宛名の字…見覚えがありませんか?」
確かに…言われてみれば、伝蔵もその字に見覚えがあった。
2人が送り出した…卒業生の字に似ていた。
「しかしなぁ、あいつなら…匿名にする必要はないだろう?」
確かに…ただのお年賀なら、近況なども添えて送ってくる筈。
匿名の意味する所は?
忍者は、危険を察知する第六感も備えていなければ一流とは言えない。
超・一流の忍者だった2人が、雁首揃えて嫌な予感を感じているのだ。
乱太郎達がいる手前、卒業生からの贈り物だ…と軽々しく言うのは、憚られた。
「兎に角、開けてみよう…」
「はい…」
伝蔵は、箱の上に被せてある宛名の書かれた包装紙を剥がした。在り来たりに『温泉まんじゅう』と、箱の中央に達筆な字で書かれている。
次に結んである紐を解く。
バカッと開いた箱の中には、綺麗にまんじゅうが並んでいた。
「ただのまんじゅう…のようだな?」
「……見た目はですがネ」
半助の表情は、何故か暗かった。
「おまんじゅ〜う!」
とうとう…しんべヱが我慢できずに、飛び込んできた。
「あ、しんべヱ」
「あぁ!待てって…」
乱太郎、きり丸と、続けて追い掛けようとした。
そこへ…
「動〜くな!」
伝蔵の一括で、子供達は固まった。
取り敢えず、子供達がまんじゅうに手を出さないようにする為だ。
流石である。
その隙に、箱の蓋の裏まで丹念に調べる半助。
見事な連携プレーだった。
「送り主を示すものは、何も無しですね」
手掛かりになるようなモノは、何も発見出来なかった。
「ただのおまんじゅうです。絶対…腐ったり絶対してません。」
しんべヱの強力な鼻を持ってしても、異臭は無いらしい。
しかし…
だからと言って、子供達に食べさせて良いという保証が得られた訳でも無い。
伝蔵は食べる気満々のしんべヱを見て、溜息を付いた。
あまりに普通であったが為に、逆に伝蔵・半助には、それが普通ではない贈り物…つまりは、毒でも入っているようにしか…思えなくなっていた。
そんな忍者としての勘が説明出来る訳もなく。
子供達にとっては、美味しそうな『ただのまんじゅう』なのだ。
忍たま一年生では、毒入り食品など…まだまだ現実味が無い、遠い世界のモノ。
口で説明した所で、信じてくれるかどうか?
しかも、おまんじゅうと小銭に目が眩んだ、きり丸としんべヱの熱気は並みではなかった。
半助は覚悟を決める。
「でもしんべヱ、凄くマズイかもしれないだろう。まず私が食べてみて、平気だったらみんなで食べよう。」
自然と、半助の口から出た言葉だ。
半助が先に食べる事にどんな意味があるのか、まだ分からないしんべヱは、食べたいばかりに半助を急かす。
「半助…」
生徒の前では、いつも土井先生と呼んでいるのに、伝蔵は思わず名前で呼んでいた。
「山田先生に食べて頂くより…私の方が、慣れてますから」
半助は、伝蔵にニッコリと笑って見せた。
「それに……考えたら、あの子が私達に、そんなもの贈る訳ないですヨ…」
伝蔵は、半助がかつての教え子を信じたいと思い込もうとしているのが、手に取るように分かった。
半助は毒に耐性がある…。
それが分かっていたとしても、伝蔵は手のひらにじっとりと汗が浮くのを感じた。
2人のやり取りを忍たま達は、不思議そうに見ていた。
贈り物のまんじゅうをどちらが先に食べるか…それだけの事なのに?と。
後編に続く…
(あんまし山場じゃないけど・笑)