がぶっ…と音がしそうな勢いで、半助はまんじゅうを一口噛みきった。
しんべヱなら、一口で何個でも入りそうなサイズだが、あえて小さく噛み切る。
見た目…あんこの断面に、異物の痕跡は無い。
味も、普通のおまんじゅう…何かが混入されているとしたら、無味無臭という事だ。
一度、飲み下して後味を探る。
その直後、舌の上に、つん…と、ほのかにだが、確かに独特の臭いがした。
瞬間的に半助は、子供達の視線から逃れるように縁側に駆け出した。
「半助っ!」
予期していたとは言え、悪ふざけの領域ではない反応だった。
「土井先生?!」
子供達と秀作は、呆然としていた。
咄嗟に竹筒に入った水を手に取った伝蔵は、半助に駆け寄った。
げぇげぇ…と激しく吐き戻す半助。
「半助!大丈夫か?」
背中をさすりながらの伝蔵の問いに、半助は頷く。
少なくとも、入っていたのは半助の知らない薬では無いようだった。
耐性がある…つまりは死ぬことは無いと、言いたいのだ。
それは伝蔵にも分かった。
ひときしり吐き終わったのか、半助は伝蔵の手から竹筒を受けとると、軽くうがいをした後、残りの水全てを飲み干す。
「す…みません…こうすると、後が、楽なので…」
一見落ち着いたようで、まだ肩で息をしていた。
半助にとって、一連の吐く動作は条件反射のようなものだったのかもしれない。
「大丈夫か?」
伝蔵は改めて聞く。
コクリと頷くが、半助の手は仕切に胃の辺りをさすっていた。
毒自体より教え子に毒を盛られたという事実に、半助は傷付いた様子だった。
一方、乱・きり・しんと秀作の4人は、訳も分からず事の一部始終を見つめていた。
その表情は、流石に…半助の反応が普通じゃない事に気付いていた。
「ど…して…私、以前、食中毒のおじさんについてた事あるけど、全然違う…山田先生!土井先生、どうしたの?」
口火を切ったのは、乱太郎。
保健委員の乱太郎は、特に異常に感じたのだろう。
「あのまんじゅうに、毒が入っていたようだ…」
伝蔵は、努めて冷静に言った。
「えぇーっ!?」
薄々分かってはいたものの、【毒】というフレーズに4人は驚きが隠せない様だ。
「毒って、あのおまんじゅうに?」
特に、秀作は自分が持ち込んだものの恐ろしさに、改めて震え上がった。
……宛名が忍たまだったら?
苦しんでいたのは子供達だったかもしれないのだ。
「絶対、普通のおまんじゅうだと思ったのに…」
食べ物に関しては、絶対の自信があったしんべヱは、信じられない様子だった。
そんなしんべヱの肩を、伝蔵がポンポンと叩く。
「しんべヱ、毒なんてもんは…大抵、毒と分かる臭いはしないものなんだ…わかったか?」
半助が毒を食らった以上、子供達に諭すのは伝蔵の役目だった。
「そうそう有る事じゃないが…知らない人から貰ったり、拾い食いしたりするんじゃないぞ」
話し以上に、『土井先生が毒の入ったおまんじゅうを食べた』という現実を目撃した事が、子供達には衝撃的だった。
「はい…山田先生。土井先生は、大丈夫?」
「…あぁ、すぐに吐き出したから、心配無いだろう」
そういうものかも良く分からないが、伝蔵の言葉は魔法の様な説得力がある。
「良かったぁ〜」
しんべヱは、素直に安心した。
「お前達も、特に口にモノを入れるときは、十分に注意が必要な事が、分かったか?」
ここまでの事になったのだ。
危機感の一端くらいは、しっかり身につけて欲しいという思いで、伝蔵はそう付け加えた。
しかし、全然納得していない様子な、きり丸。
「良くないですヨ、山田先生!もしかして…さっき食べるの一瞬迷ってたのって、毒入りだって…分かってたんじゃないんですか?」
こういう時のきり丸は、大人が驚く程に鋭い。
「そんなの酷いよ、分かってて、土井先生に食べさせるなんて!」
は組のよい子達は、半助が毒物に強いことは全く知らない。まだ授業もそこまで進んではいなかったし、教える必要性もなかった。
きり丸が、伝蔵が半助に食べさせたように感じるのも無理はない…と、伝蔵は思う。
こうしてきり丸が伝蔵に食って掛かるのは、半助を心配するあまりの行動だ。
「きり丸、私が…自分の意志で食べたんだヨ。」
きり丸の言葉に、半助が口を開いた。
「土井先生…」
「心配してくれてありがとう。でもな、きり丸。それと乱太郎、しんべヱ…」
半助は、しくしくと胃が痛むのをなるべく無視して、微笑みながら言う。
「実は、毒に関しては、山田先生よりも私の方が断然詳しいんだ。それに…食べる前から、大体何が入っているのも分かっていたし…」
「えーっ!?」
驚く子供達の声に混ざる、一際大きな伝蔵の声。
「何だと!?」
この台詞には、伝蔵も驚いた。
「山田先生、黙っていて…すみません。」
半助は、伝蔵に軽く頭を下げた。
「どーしてなの、先生?分かってて毒入りまんじゅう食べるなんて…」
「しんべヱ、あの時…これに毒が入ってるかも…と言っても、信じられたか?」
しんべヱは、ぐっと答えに詰まってしまった。
勿論、それはしんべヱだけではない。
「言葉で何度教えても、すぐに忘れてしまうお前達だが、ここまでしたら…毒の恐ろしさは分かっただろう?」
授業モードに入った半助の言葉に、この時ばかりは、みんな神妙に聞き入っていた。
「忍者は、常に色々な危険を感知しなければならないんだ。…まだ難しいかもしれないが、例えタダで食べられる事があっても、今回の事を思い出して、用心する気持ちを忘れないようにするんだ…」
「えーっ!タダでもぉ〜」
心配して神妙に聞いていても、その言葉に反応してしまうのは、ドケチの本能。
「当たり前だ!」
ポカリと、半助はきり丸の頭を叩いた。
「一言余計なきりちゃんでした。」
そのいつもの光景に、ハハハ…と小さく笑いが起こった。
「全く…タダに反応するな、タダに。良いか?ここまでしたんだから、忘れるなよ!」
「はい。」
いつものように怒っている半助だったが、忍たまから見ても、顔色は悪い。
忍たま達は、拾い食いだけはするまいと、心に誓った。
一方…
きり丸の説得を任せた伝蔵は、すぐに気付いていた。
半助が意図的に、きり丸が反応してしまう『タダ』という単語を選択した事に…。
いつものやり取りで、ピリピリと張り詰めていた空気が、すっかり和んでいた。
そんな子供達と半助を、伝蔵は、微笑みながら見つめていた。
先生達の部屋を後にした3人+秀作。
掃除が途中だった秀作と分かれ、3人で廊下を歩いているとき、乱太郎はきり丸を呼び止めた。
「ねぇ…きりちゃん。聞いても良い?」
「ん?何だ、乱太郎…」
「あのさ…さっき小松田さんが、荷物ポイって投げ捨てた時…土井先生、毒蛇が入ってるかも…って言ってたのに、よく拾えたネ」
あの時、乱太郎もしんべヱも、秀作と一緒に怯えていた。
「あぁ…俺、馬借でバイトしてた事あるからさぁ〜。預かり物が何でも、乱暴に出来ないんだよネ。弁償とかになったら大変じゃん。バイトのプロの本能かなぁ?」
「で、でも、毒蛇だったかもしれないんだよ!危ないじゃない?」
「バカだなぁ〜。土井先生があんな風に言うときは、俺達を驚かそうとしてる時だぜ…あ〜ゆ〜時の先生、すげぇ分かり易いと思うんだけどなぁ〜」
「でも…」
乱太郎は、胸がモヤモヤした。
咄嗟に拾った訳は十分理解できたのに…土井先生の事を話すきり丸を、見たくない感じ。
その感情が何なのか、乱太郎自身にも分からなかったが…。
「まぁ〜毒蛇なら、伊賀崎先輩に高く売れたかもしれないしなぁ♪」
続いた流石の発言に、乱太郎は脱力してしまった。
いつもの事ながら、本当にここまで極めてくれれば、尊敬に値すると乱太郎は思う。
「あぁ〜珍しい『毒入りまんじゅう』ってのも、物好きな先輩とかになら…売れたかなぁ〜?」
「きり丸!」
乱太郎が、ぴしゃりときり丸を諫める。
「分かってる。冗談だよ…」
きり丸は一瞬真顔になってから、ニッと笑った。
「もぉ〜。分かってて、そんな事言うんだから…」
乱太郎はぷくっと頬を膨らませて抗議する。
「乱太郎〜。きり丸ぅ、何、立ち止まつてるのぉ」
2人の会話に気付かずに、一人先を歩くことになってしまったしんべヱは、2人を急かした。
「あ、悪りぃ、悪りぃ…」
「ゴメン、しんべヱ」
慌てて2人は、しんべヱに合流する。
「それにしても…土井先生、凄かったよね〜」
しんべヱは、いつもに増してぼんやりしていた。
自分の鼻でも分からなかった、食べ物の異常が分かった半助に対して、大尊敬モードになっていたのだ。
「そうだな。土井先生って、なんかこぉ〜山田先生より頼りないかなぁ〜とか、思ってたんだけど」
「きりちゃん…酷いの」
「だってそうじゃ〜ん。火縄銃とチョークの差?だから土井先生って優しい係だと思ってたけど…それだけじゃないんだナ」
3人は、しみじみ思う。
「俺、先生と休みの間ずっと一緒なのに、何も知らなかった。俺もどっちかと言うと、腐りかけの魚とか…割と平気だったりするけど、土井先生も特別だったから、俺の料理でも食べられたのかなぁ…」
「く、腐りかけって…」
しんべヱは、きり丸の何気ない発言にドキドキした。
必死に何でもない振りをする。
乱太郎に比べても育ちの良いしんべヱだ。
例え食いしん坊でも、腐りかけたモノを食べようという発想自体、無かったから…かなり、驚いたのだ。
「う〜ん…まだまだなぁ〜俺達。」
「そっ、そうだね…」
色々な意味を込めて、しんべヱは大きく頷いた。
「うん。あんなスゴイ先生達に教わってるんだもん…頑張って、一流の忍者になろうね」
乱太郎は、にっこり宣言する。
「僕も…拾い食いだけは、しないように気を付けないと!」
しんべヱの意気込んだ発言に、一同うけてしまった。
「当たり前だよ。しんべヱ。きり丸は…タダの誘惑に勝てるようにならなくっちゃネ」
「うわ〜っ!それが俺には、マジで辛いかもぉ〜」
「頑張ろうね!」
誓いを新たにする3人組。
「でも………今は、早く遊びに行こうゼ!」
きり丸の言葉に、一同ハッと気が付く。
そうだった…今日は、折角の土曜日の午後。まだ日は高い。
「うん!何しよっか♪」
3人組は、今まで会話が嘘の様に、校庭に元気に走っていく。
子供は風の子だ。
ただ、思わぬ特別授業になってしまったが、実践に敵う物無し…。
この一件に関する抜き打ちテストを3人にした所、半助を大喜びさせる結果になる事は、後日の話である。
…子供達を返した後の教師の部屋。
伝蔵、半助…また2人きりの時間だ。
「いつから分かっていたんだ?毒が入ってるって…」
伝蔵は、珍しく不機嫌なのが顔に出ていた。
半助は被害者のように見えた自分を、伝蔵を出し抜くことで加害者にして、子供達の注意を自分に集中させたのだ。
結果、心配していた伝蔵は、蚊帳の外。
「え?あぁ…先生が蓋を開けた瞬間、一瞬ですが、ふわっと匂った気が…すみません。でも気のせいかもしれないなぁ…って」
苦笑いで誤魔化す半助。
実は、かなりの確信があったのかもしれない。
それでいて、半助の中で、まだ教え子が毒を盛ってきたというのが信じられなかったのだ。
否、信じたくなかったのだろう。
伝蔵は、改めて表書きを確認する。
どう見ても、何年も見続けてきた教え子の字に間違いなかった。
「あいつは確か…今、城勤めか?あそこからは…悪い噂は聞かなかったんだが、後で一応学園長に報告しておくか」
はい…と半助は浮かない様子ではあったが、同意した。
「その前に…」
半助は、いそいそと書き物を始めた。
「なんだ?それは…」
「いえ、あんな分かり易いモノを、実践で使っているのかと思ったら、心配で…」
丁寧にも、毒物の扱いについて注意書きを作ってやっていた。
伝蔵には、毒物の臭いなど分からなかったから、一概に分かり易い類のモノだったのかは疑問なのだが…。
「あの程度で、私達を騙せるつもりだったとは、思えないんですよ…」
確かに、生ものを送りつけるような不審な方法を使う程、出来の悪い生徒では無かった筈だ。
「そうだな…」
「そうですよね!」
同調してやると、半助の表情がパッと明るくなった。
「まんじゅう自体は新鮮でしたから、きっとその辺に居ると思うんですよ…」
自分達に毒物を送りつけた元教え子を、真剣に心配する半助は、立派に教師の顔をしていた。
「もし見付けたら、わしの所にも顔を出すように言っといてくれ。説教してやるから。」
伝蔵の言葉に、半助も満面の笑みを返して、外へ飛び出して行った。
そこまで気が回る程に熱心なのに、伝蔵の言葉を待つのか、不思議にも思う。
泣きはらした顔の元教え子を連れて、半助が部屋に戻って来たのは、それからしばらくたった後の事だった。
不器用でも、こうやって教師としての道を進んで行けば良い。
自分より…余程教師に向いた性格だと、思う。
伝蔵は、自分のパートナーが誇らしくなった。
その日の夜…。
半助は、あの凛とした教師の姿は何処に行ったのか…きり丸に危険物かもしれないものを拾わせた…と、散々伝蔵に甘える事になった。
しかし、今日は土曜日…当然、明日は用事のない日曜日だ。
伝蔵もやぶさかではない。
朝まで付き合ってやる気満々だった。
勿論…一晩中、教育論を交わす気など、更々なかった。
一年は組の教師は、こうしてバランスをとっている。
そうでなければ…
あの『一年は組』のクラスの担任は、やっていられないのだ。
今年も、大変な一年になりそうだ…。
【終わり】
〜2003.1.11初稿/2005.1.3改稿〜
明けましておめでとうございます。
藤音明です。今年も【伝×半】で頑張りますのでヨロシクお願いします♪
(中略)
でも今回のテーマ【お年賀】と【先生らしい半助】はクリアしたかな?
実は、裏テーマが【伝半で姫初め】だったんですが…またもや玉砕!いつもここから先を書け!って感じな私。せっついて下さい。
今年は頑張りマス。次は春待ち市です♪ 2003.1.12…当日やん!
■ ■ ■
…以上、同人誌発行時の後書きです。
【姫始め】入れようかと葛藤したんですが、そこまでの改稿は出来んかった!(≧△≦)
一度完成♪と思ったものに手を入れるのって、難しいですネ。密かに、ナルシーなもんで。自分の文章大好きなんです。←痛っ!
HP用向けに変更する以外に、誤字(苦笑)の修正と、言い回しの訂正で精一杯。
大元、お持ちの方…比較しても、あんまし変わってないです。スミマセン。
こんな感じですが、今年も【キノコのお茶会】を、ヨロシクお願い致します。<(_
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