血の連鎖

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1・予感

それは、運命だったんだと思う。
否、そうとしか思えない。
あの人…。
正しくは、人ではないもの。
あの瞬間から、自分の運命は決まってしまったのだ。
あの、人ならざる生き物の美しさに……魅せられてしまった瞬間から。


もう夕方が近いというのに、うだる様な炎天下の熱気が残っていた。
地面から這い上がるそれで、視界がぼんやりとかすむ様だ。
「ラスト一周だ。頑張れ〜」
半助は、自分にも活を入れる意味で大きな声を出した。
校庭を走るのは、半助が教師を務める中学校の陸上部の生徒達だ。
半助は、陸上部の顧問をしていた。
部活と言っても、中学の部活だ…本格的なものでは無く、たまたま実力のある生徒が居たので、大会に参加する為、部活という形になっただけに過ぎなかった。
それでも当然のように練習をしているうちに、実力者に引っ張られる形で、それなりの成績を残せる部活になっていた。
その生徒というのが、半助の受け持ちクラス1年は組の生徒・猪名寺乱太郎であった為に、体育の教師でもない、経験者でも無い半助が顧問という事になったのだ。
正直、押しつけられたというのが正しい。
それでも、走ることが大好きで、大会で入賞してしまったが為に、学校に陸上部を立ち上げる事になってしまった乱太郎の気持ちを考えると、半助に断る事は出来なかった。むしろ協力は惜しまないつもりだった。
しかし、それはそれ。
本当は…日向に立っているだけでも、気が遠くなりそうなのだ。
半助は陽の光が苦手だった。
昔はそうでは無かった筈なのに…あの時から。

舌先にじわりと蘇るあの…。

「土井先生!」
不意に話し掛けられて、半助は自分の考えに沈んでいた事に気が付く。
「あぁ…すまない、しんべヱ」
「何、ぼんやりしているんですか?もぅ、あとちょっとで…ほら!」
半助の横にいたのは、福富しんべヱ…彼もは組の生徒で、陸上部のマネージャーだ。
乱太郎と仲が良く、おっとりした性格ながら友達思いで、乱太郎の為に雑用を引き受けている。
あまり役に立っていると言い難いのが難点だが…。
本来、タイムを計ったりするような事はマネージャーの仕事と言ってよかったが、しんべヱは要領が悪く、何度も失敗をしてしまった。
今も、トップ2人のデットヒートに釘付けになっている。
他の事には大らかでも、走る事に対しては真剣な乱太郎は、半助に相談し、結果的には、タイムを計る時だけ半助が駆り出される様になったのだ。
「しんべヱは、そろそろみんなのボトルを準備してくれ」
半助は興奮しているしんべヱに水分補給の準備を促した。
ただ立っているだけの自分が、こんなにも消耗しているのだから、子供達にはしっかりと水分補給をしてもらわないと、熱中症にもなりかねない。
「一番〜っ!」
息を切らせながら、次々と生徒がゴールし始める。
「ちくしょ〜また二番だぁ〜!」
2位にゴールしたのは団蔵。彼も半助のクラスの生徒だ。いつの間にか乱太郎のいいライバルになっている。
「はぁ、でもやっとこさって感じだったヨ」
連勝記録を辛勝で伸ばした筈の乱太郎は、やけに嬉しそうだ。
半助が記録を取っていると、しんべヱが、個々に用意したステンレスのボトルを配り歩いていた。
「乱太郎、お疲れさま〜また一番だったネ」
「ありがとう〜しんべヱ。」
「団蔵も惜しかったネ〜。今日は逆転するかと思ったのに〜」
「そう見えたか?しんべヱ。…次は、絶対抜かしてやるからなぁ、乱太郎」
「おい、お前達、水分しっかり摂って、すぐ寝ころぶんじゃないぞ。」
子供達の会話を微笑ましいと思いながらも、半助は注意を促す。
半助は、タイムを気にして集まっていた生徒一人一人に丁寧に答えてやりながら、指示を出す。
「ゆっくり整理体操をしたら、解散だ」
ただし…と半助は、言葉を続ける。
そのまま解散出来ない訳があった。
まだそれ程、遅い時間ではなく明るかったが、最近、半助の学校近辺で物騒な事件が起こったのだ。
しかも犯人の捕まっていない猟奇事件。
大きな外傷の無い遺体からは、全ての血液が抜き取られていた。
凶器も、殺害方法も全く分からない事件は、被害者が数年前に通り魔殺人事件を起こしながら、精神的理由で無罪になっていた男だと分かり、二重の波紋を広げた。
ワイドショーは、やれ被害者の復讐だとか、天罰だとか…うんざりする程、大騒ぎだ。
「1人にならない様に、必ず誰かと一緒に帰るんだぞ」
朝礼で校長から、部活を早めに切り上げて、生徒を帰宅させるように指示が出ていた。
しかし陸上部は、今日が月に一度の大切な記録会の日だったので、中止には出来ず、遅くなってしまっていたのだ。
皆が上手い具合に固まって帰って行くのを、乱太郎が心細げに見送っていた。
「先生…私」
「あれ?しんべヱは…あぁ…さっきの車か…」
いつも乱太郎と一緒に帰っているしんべヱは、父親が車で迎えに来たのだ。
あれで、しんべヱは大企業の社長令息。この事件で、保護者もかなり神経質になっているのだ。
「そうか、じゃあ乱太郎は私が送ってやろう。」
「本当ですか?やったぁ〜」
無邪気に喜ぶ乱太郎を見ながら、半助はぼんやりと思う。

その猟奇殺人犯に会いたいと言ったら、
笑われるだろうか?

今回騒がれている事件の被害者と同じ遺体を、半助は知っていた。
そして…。
恐らく、その犯人も…。
あの人…半助の知る中で、絶対的な存在感のある…人ならざる者。
山田…山田先生。
不似合いな呼称に、思わず笑ってしまった。

その人が…
半助が勝手に決めてしまった……運命の人だ。


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