…数ヶ月後。
半助は、テレビ越しに嬉しい姿を見る。
あの時、怪我だけでなく、乱太郎が身体を酷使しているのを知って、半助は驚いた。
それを癒してやって、同じ競技をしている団蔵の事も心配になった。
きり丸と、乱太郎。
…半助は、この二人には、格別の迷惑・心配を掛けたと思っている。
二人を見送っている途中で、事件にあったのだ。
二人の性格から言って、責任を感じているだろう事は、想像に難くない。
でも、この場合…乱太郎にだけ手を差し伸べるのは、正しい事ではないように思えた。
何より、乱太郎は団蔵との再戦を何より楽しみにしている。
半助は、リスクを覚悟で、団蔵の所にも出向くことにした。
ただし、大怪我をしている訳ではないので、眠っている所にコッソリとだ。
乱太郎同様、あちこち悲鳴を上げている身体を癒してやった。
治療している間、団蔵が半助の夢を見ている事も知らずに…。
そして、その二人が…。
大舞台で、生き生きと走る姿に半助は、涙が止まらなくなった。
今回は、乱太郎が先に襷を受け取り、団蔵が追う展開。
乱太郎は、2人抜きでトップに踊り出た。
団蔵は、乱太郎に食い下がり、区間賞を射止めた。
「良かったな…」
感動に震える半助の横で、伝蔵が微笑む。
「…ありがとうございます。私の我が儘、こんなに聞いてもらって」
まだまだ精気をコントロールするのに慣れない半助が、二人の人間を癒すのは、かなりの強行軍だった。
本来、【月氏】の力が一番高まるのは、満月の時期だ。
それを利用するのが楽だったのだが、未熟な半助には暴走の恐れもあった為、期日は慎重に選んだ。
それでも、乱太郎一人でも一杯一杯だったのだ。
「あの時も、山田先生…きり丸に、術を掛けてくれたでしょう?」
【月氏】らしさを身に付け始めて、半助に起こった外的変化。
二人の所に行く時、半助は…流石にソレは隠していた。
しかし、乱太郎の怪我が思った以上に酷かったので、その術に使う僅かな精気までも、乱太郎に注ぎ込んだ。
そばで見ていたきり丸には、全てが見えてしまう事を覚悟の上だった。
しかし、あの時感じた、自分の背後を包む優しいオーラ。
…伝蔵の精気だった。
ソレを包む意味を思い至って、半助の胸に溢れた思いを…何の言葉に出来るだろう。
伝蔵の、自分への愛情の深さを実感した……至福の瞬間だった。
乱太郎の後に、もう一人見に行きたいと言った時にも、伝蔵は黙って付いて来てくれた。
人の治療など、伝蔵が直接、手を下した方が遙かに簡単なことなのに、半助のしたいようにさせてくれた。
「こんなに気持ちよく、昔の自分に向かい合えるのは、山田先生のお陰です」
もし、あの時…きり丸に悲鳴でも上げられたら、どんな事になっていただろう。
こんなに清々しい気持ちで、これから【月氏】として生きていく事に、胸を張れたかどうか分からない。
テレビの中で、二人並んでインタビューを受ける乱太郎と団蔵。
「先生!見ててくれましたか?私達も頑張りました!」
開口一番、そう答える二人。
インタビュアーの「先生って誰ですか?」という問いに、想像に任せると笑顔で答えていた。
「半助は、わしより…ずっと、良い教師だったようだな?」
「…え?」
伝蔵が、ポツリと言ったので、半助は自分の耳を疑った。
「生徒は教師の鏡と言うだろう。お前が気に掛けたのがよく分かる、いい子達だ」
半助は、ポッ…と頬を上気させ、嬉しそうに笑う。
「はい。私には過ぎた…いい子達です」
半助が、こんな風に無邪気に笑うことは滅多にない。
伝蔵は、半助の髪をかき混ぜるように手を回すと、顔を自分の胸に抱き寄せた。
「わしの生徒は、頑固で、中々素直になれない…だが、可愛いヤツだ」
伝蔵は、かすめ取る様に半助に口付けた。
「せ…先生!」
今度は、耳まで真っ赤にして、口元を押さえる半助。
それだけの…僅かの接触で、半助の下肢は、ざわりと疼いてしまった。
伝蔵は、それに気付いただろうに、半助をおもしろそうに見つめている。
「私ばっかり…欲しがってるみたいで、何だか…悔しいです」
半助は、いつの間にか瞳をとろりと潤ませて、伝蔵に身体をすり寄せている。
そんな無意識の媚態に、伝蔵が煽られていることも知らない半助。
ここ数日、二人を治療する為に無茶をしたのせいで、極度に精気を消費してしまった半助は、再び不安定となり、伝蔵の手を煩わせる事になっていた。
いつも以上に、濃厚な精気のやりとりを繰り返し、半助の身体は僅かの間に感度を上げる事になった。
「そんな事は…ないぞ。半助」
伝蔵は、耳打ちする。
【月氏】には、自己治癒能力がある。
本当に、半助の体力を回復させることだけが目的なのなら、結界に入れば済む事だったのだ。
それを許さなかったのは……伝蔵なのだと。
「わしの生徒は、覚えも悪い。何度言っても、わしが欲しがっているのを信じない。自信がないのにも、程がある。」
伝蔵は、ちょっと乱暴に半助をソファに押し倒す。
「山田先生…」
半助は、ゆるりと伝蔵に手を伸ばす。
「教えて下さい。何度でも…信じられるまで」
「あぁ…時間なら、たっぷりあるぞ。気が遠くなる程な…」
半助は、伝蔵の愛撫を受け入れた。
半助は、今日で…人間だった頃の自分と、一区切りつけられた気がしていた。
これから、半助の【月氏】としての人生が始まるのだ。
まだまだ、自分の身体の事一つ取っても、分からないことも山積しているし、不安もある。
その上、山田伝蔵に相応しい【月氏】になる…それは壮大すぎる目標だ。
だが側には、最高の教師が居るのだ。
時に、半助を甘やかし、時に厳しく突き放す…彼に導かれるなら、何処へでも行けるだろう。
重なり合う事の無い筈だった時間も、これからは、永遠に感じる程にあるのだ。
…これからずっと、半助の隣には、山田伝蔵が居るから。
■血の連鎖■第1部・完 05.11.06
→あとがきデス。