血の連鎖

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28・優しさに包まれて

…数ヶ月後。
半助は、テレビ越しに嬉しい姿を見る。

あの時、怪我だけでなく、乱太郎が身体を酷使しているのを知って、半助は驚いた。
それを癒してやって、同じ競技をしている団蔵の事も心配になった。
きり丸と、乱太郎。
…半助は、この二人には、格別の迷惑・心配を掛けたと思っている。
二人を見送っている途中で、事件にあったのだ。
二人の性格から言って、責任を感じているだろう事は、想像に難くない。
でも、この場合…乱太郎にだけ手を差し伸べるのは、正しい事ではないように思えた。
何より、乱太郎は団蔵との再戦を何より楽しみにしている。
半助は、リスクを覚悟で、団蔵の所にも出向くことにした。
ただし、大怪我をしている訳ではないので、眠っている所にコッソリとだ。
乱太郎同様、あちこち悲鳴を上げている身体を癒してやった。
治療している間、団蔵が半助の夢を見ている事も知らずに…。

そして、その二人が…。
大舞台で、生き生きと走る姿に半助は、涙が止まらなくなった。
今回は、乱太郎が先に襷を受け取り、団蔵が追う展開。
乱太郎は、2人抜きでトップに踊り出た。
団蔵は、乱太郎に食い下がり、区間賞を射止めた。

「良かったな…」
感動に震える半助の横で、伝蔵が微笑む。
「…ありがとうございます。私の我が儘、こんなに聞いてもらって」
まだまだ精気をコントロールするのに慣れない半助が、二人の人間を癒すのは、かなりの強行軍だった。
本来、【月氏】の力が一番高まるのは、満月の時期だ。
それを利用するのが楽だったのだが、未熟な半助には暴走の恐れもあった為、期日は慎重に選んだ。
それでも、乱太郎一人でも一杯一杯だったのだ。
「あの時も、山田先生…きり丸に、術を掛けてくれたでしょう?」
【月氏】らしさを身に付け始めて、半助に起こった外的変化。
二人の所に行く時、半助は…流石にソレは隠していた。
しかし、乱太郎の怪我が思った以上に酷かったので、その術に使う僅かな精気までも、乱太郎に注ぎ込んだ。
そばで見ていたきり丸には、全てが見えてしまう事を覚悟の上だった。
しかし、あの時感じた、自分の背後を包む優しいオーラ。
…伝蔵の精気だった。
ソレを包む意味を思い至って、半助の胸に溢れた思いを…何の言葉に出来るだろう。
伝蔵の、自分への愛情の深さを実感した……至福の瞬間だった。
乱太郎の後に、もう一人見に行きたいと言った時にも、伝蔵は黙って付いて来てくれた。
人の治療など、伝蔵が直接、手を下した方が遙かに簡単なことなのに、半助のしたいようにさせてくれた。
「こんなに気持ちよく、昔の自分に向かい合えるのは、山田先生のお陰です」
もし、あの時…きり丸に悲鳴でも上げられたら、どんな事になっていただろう。
こんなに清々しい気持ちで、これから【月氏】として生きていく事に、胸を張れたかどうか分からない。

テレビの中で、二人並んでインタビューを受ける乱太郎と団蔵。
「先生!見ててくれましたか?私達も頑張りました!」
開口一番、そう答える二人。
インタビュアーの「先生って誰ですか?」という問いに、想像に任せると笑顔で答えていた。
「半助は、わしより…ずっと、良い教師だったようだな?」
「…え?」
伝蔵が、ポツリと言ったので、半助は自分の耳を疑った。
「生徒は教師の鏡と言うだろう。お前が気に掛けたのがよく分かる、いい子達だ」
半助は、ポッ…と頬を上気させ、嬉しそうに笑う。
「はい。私には過ぎた…いい子達です」
半助が、こんな風に無邪気に笑うことは滅多にない。
伝蔵は、半助の髪をかき混ぜるように手を回すと、顔を自分の胸に抱き寄せた。
「わしの生徒は、頑固で、中々素直になれない…だが、可愛いヤツだ」
伝蔵は、かすめ取る様に半助に口付けた。
「せ…先生!」
今度は、耳まで真っ赤にして、口元を押さえる半助。
それだけの…僅かの接触で、半助の下肢は、ざわりと疼いてしまった。
伝蔵は、それに気付いただろうに、半助をおもしろそうに見つめている。
「私ばっかり…欲しがってるみたいで、何だか…悔しいです」
半助は、いつの間にか瞳をとろりと潤ませて、伝蔵に身体をすり寄せている。
そんな無意識の媚態に、伝蔵が煽られていることも知らない半助。
ここ数日、二人を治療する為に無茶をしたのせいで、極度に精気を消費してしまった半助は、再び不安定となり、伝蔵の手を煩わせる事になっていた。
いつも以上に、濃厚な精気のやりとりを繰り返し、半助の身体は僅かの間に感度を上げる事になった。
「そんな事は…ないぞ。半助」
伝蔵は、耳打ちする。
【月氏】には、自己治癒能力がある。
本当に、半助の体力を回復させることだけが目的なのなら、結界に入れば済む事だったのだ。
それを許さなかったのは……伝蔵なのだと。
「わしの生徒は、覚えも悪い。何度言っても、わしが欲しがっているのを信じない。自信がないのにも、程がある。」
伝蔵は、ちょっと乱暴に半助をソファに押し倒す。
「山田先生…」
半助は、ゆるりと伝蔵に手を伸ばす。
「教えて下さい。何度でも…信じられるまで」
「あぁ…時間なら、たっぷりあるぞ。気が遠くなる程な…」
半助は、伝蔵の愛撫を受け入れた。



半助は、今日で…人間だった頃の自分と、一区切りつけられた気がしていた。
これから、半助の【月氏】としての人生が始まるのだ。
まだまだ、自分の身体の事一つ取っても、分からないことも山積しているし、不安もある。
その上、山田伝蔵に相応しい【月氏】になる…それは壮大すぎる目標だ。
だが側には、最高の教師が居るのだ。
時に、半助を甘やかし、時に厳しく突き放す…彼に導かれるなら、何処へでも行けるだろう。
重なり合う事の無い筈だった時間も、これからは、永遠に感じる程にあるのだ。

…これからずっと、半助の隣には、山田伝蔵が居るから。



■血の連鎖■第1部・完 05.11.06


あとがきデス。  

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