※フォルテシモはちは版権作品を舞台にしたオリジナルストーリーをお送りしています。
 原作のイメージを壊したくない方はお戻り下さい。





ずっとずっと彼の背中をみていた。

昔から結果しか求めない彼は
仲間との対立が激しかった。

彼はいつもひとりだった。
彼自身、他人と馴れ合うつもりはなかったし
あの場所で、彼を理解する人も多くなかった。

それでも私は、ずっと彼のそばにいたいと思った。



[How do you do?]


「ごめんね、博士は興味のないことにはいつもああなの。」

私達を部屋へ案内するなか幸埜さんは振り向いて苦笑いして言いました。

「イライラしてるからあんなツルツルになっちゃったのよ、絶対。」
「タチバナっ!!」

タチバナさんの呟きに、慌ててカズヒサさんが声をかけますが、
私達だけしかいない廊下ではその呟きはよく響き、
当然前を歩く幸埜さんの耳に届いてしまいました。

「っふふ、ほんとよね、」

タチバナさんの冗談に微笑む幸埜さんの笑顔にはどこか無理があり、
最初に手に触れた時に感じたズンとした感覚が私の胸の辺りでした気がしました。



・・・話は少し前に遡ります。

「私は許可しないぞ、いますぐ出ていけ!」
「カタガタうっさいわねハゲ。
 アタシがここにいるって言ったからには面倒見て貰うわよっていうか、拒否権ないから。」

返事はYESorハイよ。

侵入者として捕まった私達を幸埜さんはこの研究所の最高責任者の大神博士に報告をしました。
というよりもタチバナさんが「お世話になります」と切り出したのですが、
カズヒサさんいわく、本人が言うほど丁寧ではなく、むしろ強引なのだそうです。
当然、大神博士はそれを認めようとしなかったのですが、
子供ながらに威風堂々としたタチバナさんのオーラは大人相手でも有無を言わせませんでした。

「もちろん、世話になりっぱなしじゃないわ。あんたの研究に参加してあげる。」

(このとき、カズヒサさんが小さな声で
 「それ恩返しの台詞じゃねーよ・・・」と言っていたきがしました。)

「侵入者の分際で・・・しかし、よかろう。
 この研究所に入ったからには存分に貢献してもらうぞ。」

にやり、と笑う大神博士。
正直、とても人に好かれるような笑顔ではありませんでした。




「J君、休憩中?」

廊下の途中、前の曲がり角から一人の男の子が出てきました。
青いスーツを着た、金色の髪に、褐色の肌、青い瞳の男の子は、
幸埜さんに声をかけられてこちらを向きましたが、
すぐに目を伏せてしまいました。

「はい、」
「そう、お疲れ様。」
「いえ。」
「ここのところ実験ばかりで大変でしょうけど、無理しないでね?」
「無理はしてません。」
「そう・・・」

幸埜さんの言葉に短く、機械的に無機質な声で返すその男の子は、
ちらりと私達を見ました。

「この子達は今日研究所にきた子達よ。」
「そうですか。」
「俺カズヒサ!よろしくな!」

カズヒサさんが手を伸ばしましたが、
男の子は無視をして、走り去ってしまいました。

「・・・シャイ?」
「えっと・・・」

行き場をなくしてしまった手で頭をかきながら、カズヒサさんは私に尋ねたのですが、
私はうまく言葉を返せませんでした。







「・・・でも、あなた達ほんとうに良かったの?
 ここでどんな研究がおこなわれてるか知ってるの?」

長い廊下のなか、足を止めた幸埜さんはそういいました。
つられて足を止めた私ですが、
幸埜さんが言う通りここで行われている「研究」がどういうものか、さっぱり分かりませんでした。
カズヒサさんもそうだったらしく、思わずお互い顔を合わせてしまいました。

「・・・そう、知らないの。
 ならいますぐに帰りなさい。」

そういって、壁のスイッチを押した幸埜さん。
ゴオオオ、という重い音とともに、廊下の向こう側にあるシャッターが上り、
蛍光灯の光ではない眩しい日の光と、木々の中に伸びる道が見えました。

「ここは山の中にある研究所だけど、
 この道をたどっていけば街に降りられるから。
 送ってあげられなくてごめんね、でもここにいるよりはずっと・・・」

「何いってんの。」

幸埜さんの言葉をさえぎって、タチバナさんはびしゃり、といいました。
まるでその場の空気をがらりと変える良く通る声に、
私達に目を合わせないように俯いていた幸埜さんが顔を上げました。

「言ったでしょ、
 あたしがここにいるっていったからには、あんた達に拒否権はないの。」

「あ・・・」
「そういえば・・・」

――ガタガタうっさいわねハゲ。
 アタシがここにいるって言ったからには面倒見て貰うわよっていうか、拒否権ないから。――

少し前のことを思い出して、
幸埜さんはあっけにとられて口をぽっかりとあける。
私もつい、納得してしまいまったのですが、
すぐに何かに気付いたカズヒサさんは手を上げていいました。

「え、なにそれもしかして俺達にも無いの?」
「当然でしょ。」

すっぱりといいきったタチバナさんにカズヒサさんはがっくりと肩を落としてしまいました。

「でも、だめよ、本当に。
 あの人の考えは間違ってるわ。
 こんな研究に、貴方達みたいな子供を巻き込めない・・・」

「幸埜さん・・・」

苦しそうな幸埜さんが見ていられなくて、
私はきつく握り締める幸埜さんのこぶしに触れた。
よく経験した、流れ込むような感覚がして、
同時にひどく胸が苦しくなりました。

これは、幸埜さんの苦しみ。

「結局さ、何研究してるのここ?」

カズヒサさんが問いかけると、
幸埜さんは重い口を開きました。

「ここは、凶暴なマシンを開発しているの。
 勝つために、速さでもなく、テクニックでもなく、
 相手を全てつぶし、再起不能にさせる、残酷なマシンよ。
 そのために集められた子供達は、もう走る喜びを忘れたわ。
 あの人に認められないマシンは全て火の中に放り込まれる。
 失敗は許されないの。
 負けることは絶対にあってはならないの。
 そういう研究をしている場所なのよ、ここは・・・!!!」

私の手を握りかえして幸埜さんはそういいました。
この建物のなかで感じた、ひどく辛いおもいは、このせいだったのだと、私は気付きました。

「昔から、あの人はそんな人だった。
 間違っていることは分かってた。
 そばにいればあの人の間違いを正すことができると思ったの。
 でも駄目だった。結局私にはなにも出来なかった・・・!!」

今日まで、幸埜さんはこの思いをずっと溜め込んできたのだと思います。
つぎつぎと出てくる言葉のたびに私に流れてくるものは強く切ないものでした。

「・・・、」

うまくいえない、というような顔をしたカズヒサさんは、
私にすがりつく幸埜さんを見て、
タチバナさんに助けを求めるように視線を送りました。
それに気付いたのか、タチバナさんは

深くため息をついて、

「・・・くだらない。」

一言そういいました。

「え、ちょ、タチバナ!?」

「まさかというか、いや予想していたけど!!」そうさけぶカズヒサさんをさらりと無視して、
タチバナさんはしゃがみこんでしまった幸埜さんに近づいて言いました。

「正したいと思ってるのに手伝ってるんじゃ世話無いじゃない。
 誰かを変えたいと思うなら、まず自分がしっかりしなきゃどうにもなんないわよ。」


そのために、あたし達がいるのよ。


胸の前で腕をくむお決まりポーズは、
誰にも何も言わせない、タチバナさんの必殺技です。

「ねえ、あたし達のためにマシンを作って。」


最高の、マシンを。


そのとき、幸埜さんから膨れ上がる強い思いを感じました。









「ごめんなさいね、私取り乱したりして・・・」

「いえ、だいじょうぶですよ、」
「なんか、幸埜さんまるであの博士に恋でもしてるみたいだったし。」


「それはそうよカズヒサ君。
 だって、私の旦那さんだもの。」

幸埜さんの左手薬指で、シルバーリングがキラリと光りました。




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今回はちょっと真面目なお話。 2008.10.4
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用語メモ
・幸埜(追加説明) 大神博士の奥さんであり、研究員。(※オリジナル設定)