橋の上にたたずめば自分が見えるだろうか


 消えてしまった橋は向こう岸の建物の少し右につながっていた

橋の上の兵隊

 
親父の身の回りには二人の兵隊がいた
一人は実兄
一人は少し遠い親せきだ
いずれも太平洋戦争に出征した
南方の島々を転戦したのだ
そして無事帰還した
その二人の兵隊
実兄の方は家族から“兵隊”と呼ばれ
平成10年の水害の年に亡くなった
にこにこ笑顔が印象的な兵隊だった
そしてもう一人は
まさじいが郷里を離れたころに亡くなった兵隊
脳卒中で片足が不自由になってからは
よく杖をついて余笹川の橋の上に立ち
じっと遠くを見ていた
橋の上に座って酒を飲んでいたこともあったと言う
無精髭でぎょろりと目をむくと
勝新太郎ばりの鬼軍曹のようだった
ともにお酒が好きだった
わが家系はもともと酒豪が多いのだ
勿論親父も好きだったし
まさじいはビールをこよなく・・・だ
戦後の、時代が大きく動く時期に
共に生きた二人の兵隊だが
何から何まで対照的だった
特にまさじいが心ひかれたのは
橋の上の兵隊
孤独な兵隊だ
橋の上の抜け殻のような姿に気を引かれた
子供だったまさじいに
深い思慮があったわけではない
ただ気を引かれただけだ
何を見ているんだろう
子供心にそう思った
一方で
棒を持って追いまわされ
怖い思いをしたいたずら坊主もいた
いまだにその頃のことが語り草になっている
だがまさじいにはそんな記憶はない

今だから思う
遠くを見つめる目が見ていたのは
過去の世界
出征していた兵隊の頃のことなんじゃないかと
素面の時は無口な人だったように思う
兵隊時代のことを聞いた人がいたろうか
あるいは親父は聞いていたかもしれない
何しろ取っ組み合いの喧嘩をしている
親父の方がずっと若かったが
共に血の気が多かったのだ
過去に置いてきたもの
戦場に置いてきたもの
そんなもろもろの存在が
今生きている世界のすべてより大きくて
それらに気を取られている
そんな風だったのじゃないのか

家から100m足らずの余笹川の橋
毎日のようにそこに来てたたずみ
ずっと遠くの何かを見ている姿は
孤独な兵隊そのものだった

そしてその頃の年代になったまさじいは思う
きっと彼には居場所がなかったのだ
そこは自分の世界じゃなかったのだ
川上から水が流れて来る
やがて下流へ流れ去っていく
そのはざまの橋の上でさすらう自分は
本当の自分じゃない
そう感じながら時を過ごしていたのだと


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