カニのダイブ



昔々、娘がまだ小学生にあがったかどうかという頃の事です。
那須記を読んでヒントを得、娘にも読める童話を書いてあげました。
まさじいの能力からしてそんなに大それたものが書けるわけじゃ
ありませんが、日常性の中に非日常性を入れりゃ何とかなると
安易に考えたところはあります。出来上がったのが「カニのダイブ」
で、比較的評判は良かったように思います。
ダイブは勿論ダイビングのことで、カニの名前ではありません。
実際には釣りに行ったわけじゃなく、家族4人でさくらの花を
見に行っただけのことです。ただ、場所は那須町から福島県の
棚倉町に抜けるれっきとした八溝山脈を越える峠道です。
花吹雪と、花びらがタイヤのように縦になって転げていくのも
本当に見たことで、子供たちと感動して騒いだことが昨日の事
のように思い出されます。
3.11の大地震で総崩れになった書斎を片づけていたら、古い
原稿用紙が出てきて、久しぶりの再会となりました。
ま、一読してみてください。まさじいの別な顔です。

朝おきてみると、とおい山がねむっているように白くかすんで見えました。

いつもはおねぼうの優ちゃんがこんなに早く目をさましたのは、今日が日

ようびだからです。とおい町のかいしゃにつとめているお父さんは休みの

日しか家にいません。お父さんがいる日は何かがちがっていて、いつも何

かいいことがありそうな気がしました。だからお父さんがおきてきたとき

大きなせなかにとびついていきました。

「ねえ、おとうさん。どこかへつれてって」

「なんだ?どこかって」

「ほらはじまった、優ちゃんのどこかへつれてって」

からかうようにお母さんが言いました。

「だ、か、ら、どこか」

「こまったな。今日はつりにいくんだけど山の中だしなァ」

「いっしょに行く」

「う〜ん、どうかな・・・」

おとうさんはこまったようなかおでなにかかんがえていました。

「優ちゃんもいきた〜い」

「しょうがない、それじゃいっしょにいくか」

「やったー!」

あきらめたようにおとうさんが言うと、お母さんがしんぱいそうに言いました。

「だいじょうぶなの?」

「うん、こんなによろこぶんじゃね」

車にのってでかけるころにはあついくらいのようきになり、優ちゃんのきもち

まで高く高くまいあがっていました。

「どこへいくの?」

「うん、カニザワって言うところへ行くんだ」

「ふ〜ん、カニザワって言うんじゃカニがいっぱいいるのかな?」

「そうだよ。今から行くところにはむかしからたくさんカニがすんでいるんだ。

中にはなんびゃく年も生きていて何にでもへんしんできるし、そらをとぶこと

さえできるすごいやつもいたらしいんだな」

「お父さんも見た?」

「いや、ざんねんながらまだであったことはない」

「きょうあえるといいね」

優ちゃんはすっかりかんしんしてしまいました。

カニザワはまがりくねった山みちをどんどんのぼったとうげのちかくにあり、

家のあたりではとっくにちってしまったさくらがようやくまんかいをすぎて、

ふぶきのように花びらをちらしていました。おとうさんがさわにおりていくと

優ちゃんはひとりでさくらの木の下へ行ってみました。

大きくてこぶだらけのさくらの木からちって、アスファルトの上におちた

花びらであたりは優ちゃんのすきなピンク色にそまっていました。

そのうちおもしろいことに気がつきました。

風がふくとさくらの花びらがタイヤのようにころころといっせいにころがりだ

すのです。それはそれはたくさんの花びらが川の水のながれのように風にのって

ころがっていきます。

「すてき!」

すっかり見とれているとしばらくしてへんなながれのところがあることに気がつ

きました。それを目でおっているとそこのながれがとまり、そのうちのいくつか

があつまるようにうごきだしました。

じっと見ていると何やら言いあらそっている声がきこえるではありませんか。

おもわず近よってしゃがみこみ、声のするあたりをのぞきこんでみると三びきの

カニがびっくりしたように優ちゃんのほうを見ています。

「なにしているのかな?」

「・・・」

よくよく見ないと、まるでさくらの花びらとまちがいそうな小さなカニがじっと

しています。それから三びきのカニはわになって何かひそひそ話をはじめました。

そのうちにその中の一ぴきが優ちゃんに近づいてくると、目だまをせいいっぱい

たかく上げて優ちゃんに言いました。

「ねえきみ、だれが一ばんうまくのれるか、しんぱんしてくれない?」

「!」

「カニがしゃべった?」

優ちゃんはびっくりしてしまいました。

「な〜んだ、できないのかよ」

「やめよう、こんなこどもにできやしないよ」

「それじゃどうやってきめようと言うんだ!」

またまた三びきのカニが言いあらそいをはじめました。

「いいよ、優ちゃんやる!」

おもわずそう言ってしまいました。のけものになってしまうような気がしたから

でした。でも何をすればいいのかなんてちっともわかりません。

「あのう・・・、どうすればいいの?」

三びきのカニはちょっとしんぱいだな、とでも言うようにたがいを見まわしてい

ましたが、またさいしょの一ぴきが言いました。

「それじゃ、ぼくたちがさくらの花びらといっしょに風にのるから、だれが一ば

んうまいか見ていてほしんだ」

「でもどうやってのるの?」

「見ていればわかるさ」

そう言うと三びきのカニはとうげにむかってあるきはじめました。優ちゃんはな

んだかうれしくなってぴょんぴょんはねました。

そうするうちにカニたちはとうげの上にならび、目だまをたかく上げて少しでも

早く風を見つけようとするようにみがまえました。

「つぎの風がきたらのるからよく見ていてよー」

そしてまもなく春のつよい風がアスファルトの上をすべるようにふいてくると、

たくさんのさくらの花びらといっしょにカニたちがあざやかにころがりだしました。

「うわー、そくてん!」

そのさまといったらうつくしいやらたのしいやら、つぎつぎにころがりだす花び

らにすっかり見とれてしまいました。カニたちはといえば、はずんだりたおれた

りしながらかざぐるまのようにころがっていきます。風がさってしまい、カニた

ちがもどってくるとまっさきにきくのでした。

「ねえ、だれが一ばんうまかった?」

「!」

こたえようとしてはじめて気がつきました。だれがだれだかさっぱりわからない

のです。

「う〜ん、こまっちゃったな」

「どうしたの?」

「だれがだれだか、わからなかった」

「ええー!」

「やっぱりな」

カニたちはくちぐちにもんくを言いだしました。

「だって、みんなおなじに見えるもん」

そう言っても少しもきいてくれません。

「しょうがない、さいごにダイブしようぜ」

その一ことがあいずのようにまたカニたちはとうげにむかってあるき出しました。

そしてさいしょのときのようにとうげにならぶと風をさがして目だまをたかく上

げ、みがまえました。

「だいぶってなんだろう?」

優ちゃんはわくわくしてまっていました。そうするとこんどはさっきよりもっと

つよい風が、たくさんのさくらの花びらをちらしてふいてきました。そして大き

なながれにのってカニたちもいっせいにころがりだしました。ところが、とちゅう

からカニたちはながれからはずれてどうろの外にむかい、ガードレールの下か

らいっきにさわへむかってとびだしました。

「うわー、とんだ!」

みるみるうちにカニたちは見えなくなってしまいました。

「見〜ちゃった、見ちゃった!」

カニたちがそらをとぶのを、お父さんよりもさきに見た優ちゃんはうれしくてな

りません。

「お父さ〜ん、見ちゃったー!」

そうさけぶと、下で手をふっているお父さんめがけてころぶようにさわへおりて

いきました。




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