下関商業退職勧奨事件 最高裁判決(昭和55年7月10日言渡)


昭和五二年(オ)第四〇五号

     判    決

山口県下関市南部町一番一号

     上  告  人          下 関 市

     右代表者市長          泉 田 芳 次

     石訴訟代理人弁護士      掘 家 嘉 郎

                        長 谷 川 一 郎

                        甲 斐  

山口県下閑市大字宇部一〇五四番地

     被 上 告 人         坂 井 恒 推

 同 下関市丸山町二丁目二番一五号

    被 上 告 人          河 野 久 馬 三

    右両名訴訟代理人弁護士   新 井  章

                       小 林 保 夫

                       田 川 章 次

 右当事者間の広島高等裁判所昭和四九年(ネ)第二四〇号損害賠償請求事件について、
同裁判所が昭和五二年一月二四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨
の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

   主    文

 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

   理   由

 上告代理人堀家嘉郎、同長谷川一郎、同甲斐 の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、是認しえないものではなく、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立つて原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官藤崎萬里、同本山亨の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官藤崎萬里、同本山亨の反対意見は、次のとおりである。
 われわれは、本件勧奨行為を違法とした原審の判断には、法令の解釈適用の誤り、理由不備、審理不尽の違法があるものと考える。すなわち、公務員に対する退職の勧奨は、定年制の定めのない公務員について職員の高齢化による人事の停滞、公務能率の低下、人件費の膨張等を回避するため、一定年齢に達した者について行われるものであつて、その目的は合理性を有するから、被勧奨者が退職勧奨を受けるに相当な年齢に達しており、かつ、その選定が公平なものであり、また、説得のための手段・方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しない限り、任命権者が正当な業務行為としてこれを行いうるものと解すべきことは、異論のないところであろう。
 本件において、原審の認定したところによれば、下関市教育委員会 (以下「市教委」という。) は人事異動方針の一環として県教育委員会の定める退職勧奨基準年齢に準じ、高年齢者に対する退職勧奨を実施してきたものであり、被上告人坂井恒雄に対しては昭和四〇年度末から、同河野久馬三に対しては昭和四一年度末から勧奨を行つてきたが、被上告人らはいずれもこれに応ぜず昭和四四年度末もこれを拒否する態度を明確に示していたのであるから、市教委の立場からすれば、繰り返し説得行為を行うこととしたのも当然であるといわなければならない。しかも、退職後は講師として発令するという条件や、被上告人河野については市教委への配置転換の提示をするなど、条件を附加又は変更して説得にあたつていたのであり、また、被上告人らは本件勧奨行為によつては結局退職しなかつたことでもあるから、勧奨行為がか頻繁にわたつたからといつて本件退職勧奨が直ちに退職を強要したものということはできない。原審は教育次長兼学校教育課長八木哲人らの発言内容をも総合し被上告人らに対し退職を強要したと判断しているが、原審の認定した右発言内容なるものは被上告人らないし組合役員との説得、交渉の過程において発せられたものであるから、八木らの発言のみをとり出して評価するのは相当でなく、発言の前後のやりとりや発言がされるに至つた事情をも総合的に考察して判断すべきものである。原判決のあげる宿直廃止、欠員不補充の問題についても、原審の認定によれば、本件退職勒奨については被上告人らの属する組合が被上告人らを援助し市教委と対決していたことが窺われるのであつて、組合との交渉の経緯いかんによつては、市教委が宿直廃止、欠員不補充の問題と退職勧奨の交渉を関連させてもあながち不当とはいえない。更に、原審は、八木が被上告人らに対し研究物の提出を命じた行為も不当であるとしているが、他方、この提出要求は市議会において下関商業高校の本件退職勧奨問題が提起されるにそなえ行われた旨認定していることでもあるから、結果的にそれが必要でなかつたとしても、右の提出要求が不当であるとはいえない。また、原審が問題にする被上告人河野に対する市教委への配置転換の提案については、原審認定の事実を前提としみても同被上告人があくまで退職勧奨を拒否するため、次善の策として行われたとみることも可能であり、これによつて退職勧奨の方法が違法となるとはいえない。
 そうすると、原審の認定した事実関係からは、本件退職勧奨における説得のための手段・方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱したとまではいえないから、本件勧奨行為を違法とした原審の判断には、法令の解釈適用の誤り、理由不備、審理不尽の違法があるものといわなければならず、右の違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして更に審理を尽くさせるため本件を原審
に差し戻すべきものと考える。

      最高裁判所第一小法廷
            裁判長裁判官   団 藤 重 光
                 裁判官   藤 崎 寓 里
                 裁判官    本 山   亨
                 裁判官    中 村 治 朗
                 裁判官   谷 口 正 孝
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