高倉健主演 冨司純子 板東英二 富田靖子共演 降旗康男監督作品。
昭和十二年・春、一軒家を1人で掃除して、迎える支度をする男・門倉。
一方その頃、汽車の中では夫婦に娘一人という構成の水田家が東京に向かい、娘さと子は、母は門倉に惚れていると父をからかっていた。
門倉は到着を待つことなく、戸締りをして、外で待たせていた車の後ろに乗り込み、出発。夕方、いつものように門倉に驚かされる事を恐れながら、東京の新居に辿り着いた水田家は、門倉の不在と、仙吉は酒、さと子は生け花、たみは門倉の名が刺しゅうされた雑巾に喜ぶ。
一方、帰宅した門倉は落ち着かない様子。見兼ねた妻のきみ子は私に構わず行くよう勧めるが、門倉は丁重に断る。だがラジオをプレゼントするのを忘れたと思いだし、門倉登場を待ち焦がれる水田家に、ラジオを持って登場し、歓待を受けた。たみは門倉の靴を丁寧に揃え、門倉は水田の栄転を祝った。
自身が社長を務める門倉金属工業に、サイドカーで出社した社長の門倉はさっそく、仕事中の水田に電話を掛け、今晩の飲み会を料亭八百駒と決め、その夜、門倉は水田を男爵とあげたて祀り、随一の芸妓・まり奴をからかうが、耐えきれず水田がネタばらし。寝台戦友だと明かした。そして、まり奴は水田へとすり寄った。
ある日、きみ子が水田家を訪ね、18才のさと子に見合いを持って現れた。見合いはまだ早いと断りを口にするたみだったが、きみ子の多少の強引さに圧されて、会うだけ会う事にする。
ホテルで水田家と門倉夫婦、見合い相手の石川善彦を交え、若い2人になり、さと子は両親と門倉の関係を石川に話す。
普段は癇癪持ちで小言ばかりの父・仙吉だが、門倉が来ると楽しくなり、話を聞いた石川は、水田と門倉を、そこに飾ってあった狛犬の阿吽に譬えた。
一方、仙吉は門倉に見合いの断りを頼んでいた。旧家出身の石川とでは釣り合わず、費用も出せないと口にし、門倉は費用を出させてほしいと請けあうが、水田は高松支店時代の上司の次長が5千円という巨額の使い込みをしたため、その弁済責務を押し付けられていた。会社ではジャワ出店の話も上がっており、飛ばされるかもしれないというのもあった。
その夜、囲碁を打つために水田家を訪れた門倉は固辞する水田に構わず用立てた5千円を押し付けた。そして2階では、さと子が石川の事をまんざらでもない様子で気にしていたが、水田夫妻はやはり旧家の方々とのお付き合いを考えると気が滅入ってしまった。
寝室で、仙吉はたみに5千円を見せ、たみは感謝する。門倉は夜道を浮かれて歩き帰った。
門倉が夫婦で家の美術品を処分していると、たみとさと子が来訪。きみ子はお茶を淹れて応対し、会社がピンチで金策の為だと説明し、そんな中たみは見合いを正式にお断りするが、さと子が咳をして苦しみ、倒れてしまう。
病院に連れていくため付き添った門倉とたみは看護師に夫婦に間違われてしまうが、仙吉が駆けつけ、肺炎になりかけていたと説明し、落ち着かせる。
後日、水田家に石川が見舞いに訪れ、たみにびわと本を渡して立ち去り、雨の日には門倉が訪れるものの、仙吉が遅いため、玄関先で引き上げようとするが、たみに招き上げられ、5千円の礼と身分相応の暮らしがあるとたしなめられ謝罪。門倉は自社倒産の可能性を示唆し、友達付き合いの可能性を訊ねる。たみは仙吉のジャワ行きを否定し、門倉を励ました。さと子は貰った詩集を当てはめた。
初夏、回復したさと子は喫茶店で石川と遭い、門倉とたみの関係はまぎれもなく愛だと判を押される。そしてさと子は思わず、見合いを断りながらも密会する事の背徳を口にし、来店していた軍人に聞き咎められ、腕を掴まれるが、石川が庇い、殴られてしまう。
一方、接待を終えた水田は、まり奴に見つかり、そのまま料亭へ。
後日、持ち直し、忙しく働く門倉の元に水田が訪れ、門倉はたみに感謝し、水田は驚く。共に髭剃りに行くと、門倉は煙草に火をつける水田のマッチが八百駒の物であるのを目に留めた。水田は料亭通いが続き、まり奴に共にジャワ行きを持ちかけていた。
ラジオ体操を鼻歌交じりにこなして上機嫌の仙吉は妻子の目もなんのその。
ある夜、水田家を訪ねた門倉は、仙吉が毎晩遅く、月給の前借りまでしている事を聞かされ、浮気を否定したが、そこに酔った仙吉が帰り、迎えに出たたみに門倉を口実に使い出す。だが茶の間で門倉に出くわすものの開き直り、とにかく接待だと一点張りの仙吉は八百駒に行った事を明かす。それを聞いた門倉はカモにされていると仙吉をたしなめ、たみに、店を紹介した自分の責任だと謝罪。たみは門倉を叱責した。
だが後日、たみが水田の会社に電話すると早退したと聞く。その頃仙吉は八百駒にいたが、まり奴は他の客に引き落とされたと告げられ、肩を落とした。
街が祭りでにぎわう最中に帰宅した仙吉は、たみからさと子が駆け落ちしたと聞き大慌て。知り合いや門倉家に電話を掛け、さと子の机の走り書きから、修善寺にある新井旅館へ。
とりあえず部屋を取るが、そわそわする仙吉は落ち着くために風呂へ。すると番頭から大慌てで叩き出され、何事かと驚く。
仙吉は駆け付けた門倉から奥方を奪って駆け落ちしてきたと勘違いされ、3人は部屋で大笑い。さと子は石川と渋谷で映画を見に行っただけだと伝え、せっかくだから夫婦水入らずでごゆっくりと勧めるが、水田夫妻は、せっかくだからこそと3人で過ごす事にした。
宴会の中、仙吉は来世では門倉とたみが夫婦で、自分は友達になろうと言い出すが、門倉は来世もまた同じが良いと強調。2人の男が眠り、たみは2人に豆をぶつけた。
後日、門倉の妻、きみ子が水田家を訪れ、夫妻に探偵の調査書を見せ、門倉に愛人がいると告白。仙吉はわからないでもないと、とにかくきみ子を落ち着けようと妻と唄うが、収まらないきみ子は仙吉を連れ、愛人宅へと急ぐ。
一方、さと子も化粧と身支度を整え、こっそりと勝手口から脱出した。
妾宅に辿り着き、玄関を叩いた2人は、門倉の応答に確信し隠れるも、出てきた門倉に気付かれ、門倉はとっさに客人を装い、2人の相手をするが、きみ子は泣き崩れ、水田が取り成すと、帰ってきた愛人はなまり奴。まり奴ときみ子はケンカを始めるが、間に立って止めようとする門倉は、まり奴が買ってきた焼き芋を顔にぶつけられた。
神社の狛犬の台座に座り、顔の手当てをする門倉と水田。水田は門倉に説教するが、門倉は水田の乱心を治めるためにやった事だと言い、更にたみの為だと言われ、水田は絶交を口にする。
一方、石川の部屋で口づけをするさと子だが、警察が現れ、石川に逃げるよう言われるものの、警察に組み付き、石川を逃がそうと叫ぶ。
門倉が裏から手を回し、さと子は釈放。警察署を後にするさと子は石川を思い残ろうとして、仙吉に頬を張られる。
水田夫妻はさと子に諦めるよう門倉に頼むが、門倉は「実らずとも惚れてしまうものだ」と、力になれない。
ある日、門倉が水田家を訪れると、たみが門倉の名前入り雑巾を持って、ミュージカルのようにはしゃいでいた。しばらく見ていて、ようやく気付いたたみは恥ずかしそうに火事に戻る。門倉は笑顔で用事を終え、「やばいな」とつぶやいた。
料亭で仙吉と酒席を設けた門倉は、芸者衆の前で仙吉を「たかり上手」と虚仮にする。酒の上の冗談と受け取ろうと冷静を装う仙吉だが、門倉が本心だと告げると、再び絶交を宣言した。
後日、さと子に喫茶店に呼ばれた門倉は、石川から別れを告げられた事を聞き、「会いたいのを我慢するのも愛」だと励まし、別れた。
街は南京攻略で祝いの列の中、移動しようとした門倉は老人とぶつかり倒してしまい、お詫びにおでん屋台へ。
そこで門倉は、水田がジャワ支店へと異動すると聞きつけ、会うかどうかの悩みを打ち明けると、いとも簡単に三角関係を見抜かれてしまい、会えと勧められる。抱き合って別れる老人だったが、会計をしようとした門倉が懐に手を入れると、財布がなくなっていた。だが門倉は、一笑に付した。
帰宅した水田がジャワ行きをたみに告げると、たみは同行を即決。そして門前に門倉が立ち、泣かれ仲直りを求められ、門倉は外から励まし、仙吉も応じる。
仙吉は外へと飛び出し、門倉を迎え入れた。
居間に移ると、さと子は東京に残りたいと口にする。その覚悟を伝えるため、舌を噛もうとするさと子を3人は慌てて止める。
すると、そこに石川が訪れ、招集されたと伝えた。石川を励まして送り出すと、門倉はさと子に追いかけるよう促し、走っていくさと子の後ろ姿に3人は涙した。
3人は酒を酌み交わし、門倉は、石川は特高に睨まれたので、危険な所へ行かされ、帰ってこれないだろうと明かした。
眠ってしまった男2人に毛布を掛けたたみは、行く所が無くなってしまう門倉を思いやった。
1989年、日本の東宝作品です。
共演 宮本信子 真木蔵人 山口美江 大滝秀治 三木のり平
原作者の向田邦子さんについて、軽く説明をさせていただきます。
直木賞作家として有名ではありますが、その原点はドラマの脚本家でありまして、この作品のような人間の、特に女性の心の内面の激しさを描く作風で人気を博した方であり、その観察眼だけでなく、文才もあった事から、出版された短編集のうち三作品が直木賞を受賞いたしました。
そして何より、彼女が有名なのは、若くして、飛行機事故によって亡くなったという事でしょう。搭乗の前日、彼女はいつも自室を散らかしていたにもかかわらず、なぜか掃除をして、綺麗にまとめて出発されたそうです。故にこの事は逆説的な教訓として、今も息づいています。
さて、この作品の門倉という男、めちゃめちゃ頭が良くてカッコいい。だてに企業の社長をやっていない、というだけの頭脳を持っています。
門倉の愛人や、水田を怒らせるシーンはわかりやすいですが、酔った仙吉をたみと待ちうけるシーンにて、門倉は水田の浮気は自分が悪かったと、たみに頭を下げます。水田を説教すれば、たみと門倉は一緒になり、水田を除け者にしてしまいます。かといって曖昧にすれば三人の関係は悪化してしまう。
そこで門倉は敢えて自分に非があったと頭を下げ、たみもそれに乗っかりますが、まるでそれが打ち合わせでもしていたかのような乗っかり具合。
そして、クライマックス直前、門倉はおでん屋台で軽く不幸に遭遇しますが、その時の立ち居振る舞いがカッコよすぎる。渋すぎるのに自然過ぎて、憧れすら感じます。個人的に、私の好きな映画のベスト5に入る作品です。
戦時中の日本という事で、軍国主義が垣間見えますが、どういう時代かと言えば、結局、権力と暴力が国民を支配していた時代だったと考えます。特定秘密保護法が施行されましたが、この時期にこの映画を見られたという事で、どうするべきか、そして反対する人たちが訴えている事がどういう事なのか、改めて考えさせられます。
門倉が、水田家を訪ね、仙吉がいないので上がるのを固辞するシーンがありますが、時代考証というのもありますが、高倉さんにはやはり似合った。『あなたへ』でもそういうシーンがあり、『男はつらいよ』でも寅さんが泊まりになりそうな時に、女性の家から出ようとするのもつまり、男の作法だった。ただ、現実と映画の大きな違いは、求められているのを固辞しているのに対し、世の男性は拒まれているのに上がってしまう。まあ、それが無ければ結婚もないのでしょうが、離婚もないわけで。
私には、仙吉にも心のどこかで、門倉とたみの為に、自分は身を引こうかと考えていた節があるように思えてしまいます。ですがこの関係において、そういう考えは浅はかだと教えてくれるのもこの作品の魅力だと思います。
頭の良さで言うと、(たみ>門倉>仙吉)なのです。やはり男は女性にはかないませんが、時代もあって、男性、夫を立てている。その為に感情を殺しているところが、たみの魅力で、門倉はそこが良いと思っているのかもしれません。
それにしても、主人公の門倉からしてみれば、神様であるたみに愛されたいけれども、それは対を為す仙吉もまた一緒で、たみは仙吉の妻であり、仙吉は兄弟のようなもの。だからこそこの関係をずっと維持するように続けたい。「あ・うん」という題名が秀逸であると心から思います。
この作品の中で、門倉が美術品を金の工面の為に処分するシーンがありますが、高倉さん自身も、「八甲田山」の長期撮影で他の収入が無いため、初めて購入したマンションやベンツを処分なされた経験があるそうです。遺作となった「あなたへ」では奥様に先立たれた人物を演じておられますが、もしかしたら高倉さんは、自身が経験する事で、銀幕での説得力を増していたのかもしれません。
もうひとつ、門倉が仙吉を男爵に見立て接待するシーンも、現場における高倉健さんの共演者、後輩に対する接し方が滲み出ていると思われます。
冨士純子さんは元々東映の任侠映画で藤純子の芸名で活躍され、歌舞伎役者との結婚で引退されましたが、この映画が復帰作だそうです。本来はもっと早く復帰できるはずでしたが、娘さんである寺島しのぶさんからのその質問で、「子育てが楽しかったから」と答えています。
さと子役の富田靖子さんはこの作品の中で見事にアイドル女優を引き受けています。最近のドラマでしか彼女を知らない方は是非一度ご覧ください。
この作品にて、板東英二氏は数々の助演男優賞、ひいては日本アカデミー最優秀助演男優賞に選ばれます。現在も破られる事のない高校野球連続奪三振記録保持者であり、商才に長け、演技力だけでなく、その弁舌さで「マジカル頭脳パワー」の司会者として人気番組に成長させた実力を持つ板東氏。彼はこの映画での共演で高倉健さんと親しくなり、時計をはじめとするプレゼントをもらい、更には「鉄道員」に1シーン出演しており、その撮影はたった1日にも関わらず、4日滞在し、高倉さんと楽しい時を過ごされたそうです。
三木のり平さんは、かなり実力のある喜劇役者さんですが、実はカンニングの達人で、セットの小道具にカンニングペーパーを貼り付けてセリフを読み、ある時その小道具を誰かに動かされて、追うように体を動かして芝居を続けたという逸話も残っているそうです。
ちなみに、この映画の撮影担当は「剱岳 点の記」などの作品の監督である木村大作氏です。
この作品は2014年11月28日、BSJAPANにて放送されました。