堀愼吉資料室

新刊案内
☆ローカリティが生んだ宇宙的普遍性 

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中沢 厚著 『石にやどるもの』 
    序=網野善彦 解説=中沢新一
       (平凡社刊・三二〇〇円)
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 著者・中沢厚は、甲州にあって、石の神々を中心に、生涯地元の民俗調査と研究を行った野の民俗学者である。
 彼の著作としては、すでに『山梨県の道祖神』(有峰書店・昭和四十八年刊=本書第二部再録)、『丸石神』(共著 木耳社・昭和五十五年刊)、『つぶて』(法政大学出版局・昭和五十六年刊)などがある。
 本書では、これらの著作に収録されている論考の一部も含めながら、著者の独自で濃密な〔石の民俗学〕の全貌が、その足跡にそって明らかにされている。
 本書を読めば、著者が美しい甲州の自然のなかに何気なくたたずむ石の神々に、いかに深く魅了された人であったかがわかる。
 自分の身近にある丸石神や馬頭観音、子供のころの石投げ合戦など、愛着してやまないものを手がかりに、著者は、そのなかにやどる不思議で深い世界へと分け入っていく。その様子は、さながらスリリングな精神の冒険となって読者をあきさせない。
 著者とともに、ローカルなものが宇宙的な普遍性をつかみとっていく喜びを、読者もまた味わうことになるだろう。
 ここには、知識人のための知識人の文化ではない、庶民のなかに息づいてきた文化の本質を透視する著者のしたたかな視線が感じられる。
 本書の解説を書いている中沢新一は、父・厚への愛をこめて、
 「あたりまえの人の暮らしを否定するのではなく、自分もそのなかに埋もれたように生きながら、なおかつその場所に人をしばりあげておこうとする重力の虹からも自由で、しかも自由になった空間のなかにいて物質性の世界へ深い愛を失わないでいられるような生き方を、彼は道祖神場にたたずむ石の神たちのなかに、見ようとしていた」
 と、美しい言葉で語っている。

     堀 愼吉 初出:Art'89春号(マリア書房1989年3月26日発行)

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