堀愼吉資料室

田島征三・画文集によせて

「アー、ゼンコクテキニ、ナサケナイ」
 これは、田島征三・画文集『いのちを描く』に登場する土鈴づくりの達人、信楽青年寮の伊藤喜彦さんの口癖である。金満大国日本の現状をみていると、つい私もそういいたくなり、「セイシンノココロヲ、グットグットオサエ」(伊藤喜彦さんの言葉より)なければやり切れないことがあまりにも多い。
 しかし、ナサケナイのは政治家や財界人という偉い人たちの世界だけでのデキゴトではなく、もとをただせば私たちのなかに巣くっているさまざまな欲望が鏡に映し出された、その結果なのではないだろうか。そう考えると、「ワタシノココロモ、ナサケナイ」とつぶやいてしまう。
 私たちは、いろいろなたくさんの〈いのち〉をいただきながら生かされ、生きていかなければならないナサケナイ〈人間という生きもの〉だから、そのナサケナサを忘れてしまうと、とんでもないことを平気でやってしまう、ただの傲慢な生きものになってしまう。
 私は、田島征三さんの絵や生き方から、強大なもの、巨大なものにのみこまれずに、一個の人間として生きつづけようとする意志の尊さについて、たくさんのことを教えられてきた。
 田島さんは、ナサケナイひとりの人間になりきって、何気ない小さな〈いのち〉たちに寄りそいながら、彼らのなかに宿る不思議なエネルギーを腹いっぱいに吸い込む。そして、猥雑で美しく、哀しいほどにもろく、しかし、したたかな、まるごとの〈いのち〉の尊さを「田島征三のセイシンノココロ」というシンフォニーに結晶させて、この画文集のすみずみに鳴り響かせている。

堀 愼吉 母のひろば第328号 新刊紹介【田島征三著『いのちを描く』】(童心の会1991年9月15日発行)

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