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第三幕:「雨天乱刃・弐」



●雷哮<蟲サムライ>題名:恐怖
題名:恐怖 投稿日 : 2000年7月23日<日>10時55分

敵も味方も区別をつけぬ≪式≫の爆風は、 兵士たちに恐怖を与えるには十分過ぎるものだった。
得体の知れぬ者たちと戦う恐怖と、 自分たちが仕えている者が垣間見せた狂気への畏怖。
二つの畏れが鬩ぎ合い、そして彼らは、それでも主に従う道を選んだ。

「うわぁぁぁぁぁッ!」

兵士たちが爆煙の中に飛び込む。
その瞬間、幾条もの銀の閃光が三人の兵士を絡めとり、そして。
「・・・五月蝿ェよ」
あっさりと輪切りにした。

と同時に、爆煙の中から薄く輝く刃が現れ、二人の兵士の首を飛ばす。
むせ返るような血臭が、煙の中に漂った。
「人が坊さんと面白ェ話をしてるってのによ。」
そう言いつつ、爆煙の中から現れた男の体には、傷一つついていなかった。
「人の楽しみを邪魔したんだ、今度は手前ェらが俺を楽しませろよ?」
ただ、何かを庇ったかの如く背中の服は焼け焦げていた。

●和彦<銃槍使い>題名:過ぎし日を思いて
投稿日 : 2000年7月24日<月>06時08分

“『しかし立ち去るならば、その鬼子は置いて行け』”

(…か。厄介な事だ…。此処で風理を見殺しにしてしまえば、楽になれるが・・・)
和彦には、此処で得体の知れない争いに関わらなければならない謂れは何も無い。
銃槍を向けたのも、ただの威嚇だ。
木々の一つ一つ小石の一つ一つに“主”様の名が刻んである訳でも無し、
囲みさえ無いこの土地での、彼らの傍若無人さが気に食わなかっただけ。
鬼子さえ置いていけば、青年が此処から去るのを邪魔する者は誰もいないだろう。
去れと言わる侭に、この場を離れたいものではあるのだが・・・

(あいつは俺の償いの証。“奴”が俺に託していった信頼の証。
俺が生きていく理由…。犯した罪を忘れさせてくれぬという、心を苛む傷であることも確かだが…。
見捨てる等と言う事が出来よう筈も無い・・・。それ即ち自殺と同じ…か。)
自嘲するようにニヤリと笑う。
「アレは俺のモノだ…。物の役にも立たん厄介なモノだが、貴様などにはくれてやらん。」
誰に聞かせるでも無く低く呟かれた科白は、 心の中で考えたものとはまったく正反対の言葉だったが。

そんなことをしている間にも、刻一刻と時は流れていく。
藤色ではなく、煌びやかな衣を纏った方の陰陽師が≪式≫を放ち、そしてそれが爆発した。
「最早隠しても仕方無い。…存分に力を使え。」
式の爆発に煽られて、和彦の立つ辺りまで転がってきた“モノ”にそう囁きながら、
猫を掴むようにしてそれをまた前方に投げ出した。

●風理<鬼少年>題名:鬼として
投稿日 : 2000年7月24日<月>06時20分

和彦に放り投げられた風理は、空中で平行を保つことに失敗し、
見事に顔面から水溜り(降りしきる雨の為、もはや泥たまりである)へと落っこちた。
底の石にぶつけて鼻の頭をしこたますりむく。
痛さと恥ずかしさで思わず泣きたくなった。
しかし、「女の子の前で泣くなんてみっともない!」という一心で、
どうにか涙が目の外へ出て行くのを堪え、彼女の元へ再び駆けた。

“鬼”として出来る事。
ただ群がる兵士達を倒すだけなら、子供である風理より、
周りに居る大人たちの方がずっと上手くこなす事は考えるまでも無く明白である。
確かな証拠を見せてしまったら、鬼であるコトに気づかれたら、此処に居る人間の大人達や、
更に守ろうとしている対象の少女にだって、いつものように忌み嫌われてしまうかもしれない。
しかし、それは後で考えれば良い事だ。
(今、ぼくが、ぼくだからこそ、できること!!)
少女の傍へと来ると、目を閉じ、手を胸の前で組み、意識を集中させた。
ニ瞬ほど後、風理の周りから目に見えない“気”のような物が発生し、瞬く間に膨張する。
神通力の一種、障壁<ツェ>と呼ばれる能力で、 どんな≪式≫をも寄せ付けぬ半径5mの球形の結界が張られた。
(これで、この子をあの変な服のおっちゃんの変な術から守れる!)

しかしその結果、近くにいた蟲サムライを ほぼ敵の目前までに押し出す格好になってしまった事に気がついたのは、
すでにもう術が発動された後だった。
「・・・・・」
「えへッ。ごめんね☆お侍のおじちゃん。」
とりあえず、笑って誤魔化すことにした。

●明鶴院 藤麿<陰陽師>題名:≪式≫符
投稿日 : 2000年7月25日<火>16時16分

「甘い、甘いぞ!!」
 ≪式≫の爆煙の中から姿を現した藤麿は、その姿を一変させている。
その巨躯を白い鎧で覆っている。肩に担い でいるのは、鬼の子を連れた男のそれの3倍はあろうかと いう、
馬鹿でかい銃槍のように見える。

「見た目ばかりが派手な使い捨てなど、一撃耐えればこ の通りだ!! 効率が悪いにもほどがある!!」
しかし、彼の説教は春星の耳に届かない。自らの得物 が吼えた爆音に掻き消されたからである。
 火球が尾を引いて発射され、星座衣の周りを固めていた雑兵衆をまとめて吹き飛ばす。
「≪式≫はこうやって使うのさ!! 腕の違いが解ったか!!」
憎まれ口と共に、春星の上空へ二つの球体が飛来する。
「次は、おまえの番だ」

●テンブ<ガンスリンガー>題名:光塵
投稿日 : 2000年7月26日<水>03時49分

兵士の一人をやり過ごし、愛用の銃に手をかけ向き直った刹那 視界を巨大な影が覆った。
そして、衝撃。
自らの“領域“を侵食される感覚。

 「・・・・あれ?」
 大型の刀はテンブの左の肩口を貫いている。
無慈悲な鋼鉄の体を持つそれは、その刀身の輝きを確かめるかのように天にかざす。
 「せ・・・接近戦は、得意じゃあ・・ないんだけどナァ・・・。」
さすがに苦痛に顔を歪ませると、かすかに目前の“金属塊”の中から 「くすくす」と笑い声が聞こえた。
 ふう・・・。と大きなため息をつきながら銃口を”金属塊”に向ける。
それをあざ笑う声が中から聞こえてくる。それは明かにまだ幼いものだった。
 銃口を少しだけ上にずらす。

  集中  静寂  風

 次の瞬間「ガゥォン!」という三つ連ねた轟音があたりを包む。
銃が主の身体を大きくのけぞらせる。傷口から血が溢れる。
テンブの回りから靄のようなものがほとばしり、やがて発せられた弾丸を包み込んだ。
弾丸は光りをまとい、そのままヨロイの“頭”を抉り取る。
 えぐられたヨロイの中には、まだ年端もいかぬような子供が“封じられて”いた。
その表情が勝ち誇ったものから怯えと憎しみの入り混じったものへと変わって行く。
それとほぼ同時にヨロイが大刀を一振りした。

 テンブは宙に投げ出されながら、今度こそは春星へと銃口を向ける。
「せめて・・・、あと一撃・・!」
ガォン!という音を立て、渾身一撃は春星をめがける。しかしそれは標的 を貫くことはなかった。
「ちっ、ツイてねーや・・。」
あたりには、悲しさを帯びた銃声が反響していた。

●濁炎<世捨て人>題名:オノガコシカタ ツモリシセキヲ
投稿日 : 2000年7月27日<木>02時45分

──間近で血の臭いを嗅ぐのはどれくらいぶりだろう。
ヨロイの一薙ぎに引っ掛けられて、連れの男の身体は鞠の様に宙を舞った。
 「‥‥ッ‥!!」
思わず呼び掛けようとしながら──けれど、そう言や名前も聞いてない─
丁度落下点で、濁炎は腕を伸ばす。

血が──血の匂いが、強烈に飛び込んで来る。飛沫が一滴、目に入った。
「ツイてねーや・・。」落ちてきた男が呻く。
「俺もだよ‥さっきから、妙にツイてねーみたいなんだわ‥。」
毛色はともかく、この連れがこんな得物を持ち歩いているとは。
銃槍の単筒モノに似ているが、撃った後の煙が妙に薬くさい‥
いずれ、ただの浮浪人がまともに持ち歩けるものではないだろう。
目が吸い付けられるのは何故なのか。これは武器だ。人を殺す道具だ。
もっと強い力を。そういう「物騒な」世界から逃れてきた筈の今でも。

 火を吹く星。破裂の音と破壊力、鈍い光沢、銀色の──
 ガンメタリック、などという表現はない天羅で
 それが『銀の星』に見えるのは。

「俺ぁ、せっかく、長いこと人肌断ちしてきたんだぜェ‥?
だのに、知り合った途端にアンタらこれだもんなぁ‥。」
とりあえずの止血を施し終え、ゆうらりと、濁炎は立ち上がった。
「蠍座は厄日かね‥?」
だらりと力を抜いたまま、振り返って。それだけの動作だったのに。
向かい合う格好になった兵士の一人が「ひっ…?!」と息を呑む。
「‥‥なあ、どう思うよ‥?」
片目を瞑ったまま、濁炎は笑ってみせた。
こんな笑い方をするのも、久しぶりだった。

●霧子<傀儡>題名:命の匣
投稿日 : 2000年7月27日<木>14時52分

≪式≫の爆風に煽られ、多少よろめきはしたものの、
霧子は次にとるべき行動は何か、できるだけ早く考え出そうとした。
「やはり、これだけの数がいると…私の力でどうにかするのは 多少手間がかかりますわね…」

霧子は懐から数枚の≪式札≫を取り出した。藤麿が護身用に与えていたものだ。
桜色の唇が小さく動く。札から、何かが弾ける様に飛び出した。
拳大のものから座布団一枚はあろうかというものまで、
さまざまな大きさの白い体に、目の縁、耳、手足のようなもの、
尻尾が黒く、喩えるならば餅を積み重ねたような動物が、そこにはいた。

「藤麿様!?何ですのこれは!!」
しかしそれはゆっくりと確実に…雑兵達に向かって地を這っていく。
雑兵の足先に、それが触れる。
閃光が走る。炎が上がる。爆風。悲鳴。血飛沫。
≪式札≫から生まれた妖かしのものは、次々と雑兵の体を抉っていく。

(私は、実戦向きに作られていない。)
「おまえが武器を振り回してどうなるんだ」
何度も何度も何度も何度も言われた。それでも私は、戦うことを選んだ。
私が「人」であるために、「彼」のそばで生きて行くために。
ほしかったものは純粋な「力」だった。
血の匂いが―…兵士たちの声が―…思い出させる。否が応でも脳裏に甦る。
(何度も見た死の瞬間)
怖くて痛くて寒くて悲しくて。夢だったらいいのに、と世界が暗転していった。
そして目を覚ますと、怖い夢を見たね、と微笑む彼の顔があった。
でも、私は知っていた。あの「死」が夢ではないことを。
今の私は――すでに、3人目で、あることを。
私の魂の入れ物が、3個目であることを。

「私は死ぬことなんて、怖くないわ。私の体は匣だから。
…でも私は、人でいたいの…あなた達と同じ『人』でいたいのよ…」
地面にうつぶす兵士たちを見下ろして霧子は呟いた。
桜色の唇を、奇妙に歪めながら。

●寂然<下法師>題名:人として
投稿日 : 2000年7月28日<金>01時44分

 ふむ。実に面白い。
自らの傷を法力で癒しながら、寂然は胸の内で呟く。
傍らの少女は癒さない・・・必要がない。
昏い目をした男が、寸前で身を挺して彼女をかばったからだ。

「問の答を聞くまでは、死なすわけにはいかない・・・とでも言うのかのう?」
ニヤニヤ笑いながら、呑気に焼けこげた背中を見る。
なにせ術は鬼子の妖術で防がれているようだし、 近づく兵士はことごとく切り捨てられている。
生臭坊主に、することはない。

煙管は爆発で飛んでしまった。口元が寂しく、腰の酒瓶をぐいっと煽る。
鬼子を横目でちらりと見る。
ひた隠しにしたいであろう正体をさらし、見ず知らずの娘を守ろうとする鬼子。
ただ愉悦の為だけに、飽くほど妖を屠ってきた自分に比べ、 この人ならざる鬼の子の、なんと人らしい心をしていることか。
「一切衆生悉有仏性、なおもて鬼子に仏性有りや・・・いや、まったく面白い。のう?」
鬼の少年に、笑いかける。

  ●雷哮<蟲サムライ>題名:獣として
投稿日 : 2000年7月28日<金>02時53分

「うおっとと・・・」
見えない手にそうされたように、
男は前方に押し出され、体勢を崩した。
そこに、隙をうかがっていた兵士たちが槍を突き込んでくる。

嫌な音が重なり、男の体を数本の槍が貫いた。
「・・・足りねェなぁ、こんなんじゃ、よ」
一瞬、歓喜の表情を浮かべた兵士たちは、 その呟きに戦慄し、槍を引き抜いた。
そして、見てしまった。

「これで死ねりゃァ、重畳なんだろうが、な」
自分たちのつけた傷が、不気味な音を立てて塞がっていく様を。
男の身体に埋め込まれたいくつもの<珠>が紅に輝く様を。
その身体が、人ならざる異形に変形していく様を。
そして、男がその顔に浮かべた、獣の笑みを。
「もっと輝かせて見せろよ・・・。命の火を、よ」
瞬間、兵士たちの身体が横に裁断され、
「それが俺の闇を埋める糧になる・・・!」
生命無き肉はさらに<糸>によって空中で細切れになる。
「てめェらの火じゃァ、何も変わらんが、な」

「次は・・・、ヨロイか・・・」
一瞬、男の表情に苦渋が宿る。
「厄介だな・・・。殺るこたァできるだろうがよ・・・」

●九鬼 葵<ヨロイ乗り>題名:ヨロイ遊び
投稿日 : 2000年8月2日<水>02時54分

「・・・ッ!!」
<ガンスリンガー>テンブが削り取ったヨロイの頭部周辺から、 くぐもった声が響いた。
外装を剥がされたヨロイの中に“封じられた”子供の姿が見える。
少女の体は、管やその他様々な部品で覆われており、 その光景は非常に美しいもののように、
…あるいは異様でグロテスクなものに、見えた。

「ア、あ、あたしのヨロイを・・・“雨月”を傷つけた!? ・・・コ、この野郎ーっ、吹っ飛んじゃえエ!!」
そう言って太刀の先にテンブを引っ掛け、吹き飛ばし、 続けて空中で追い討ち攻撃を加えるため
ヨロイの体をぐっと屈めた その瞬間。

蛍子お姉ちゃん?」
<ヨロイ乗り>から驚愕の声がもれる。
「なんでこんなところにいるの??なんでお姉ちゃんが ここで“遊んでるの”?」
わけがわからない、といった調子でその幼い顔をしかめる。
しかし気を取りなおしたように、さらに言葉を続ける。
「まーいいやア。お姉ちゃんも一緒に“遊ぼう”よ。
でも、“お姉ちゃんち”で遊んだ時、すっごくつまんなかったんだよ! 皆すぐ動かなくなっちゃうんだモン。」

小さな唇をとがらせながらも、蛍子に手を差し伸べるため、 その前にいる風理と、
さらにその前に立ちはだかる雷哮を、<ヨロイ>の手で、ごみでも払うかのようになぎ倒そうとする。

●平 春星<陰陽師>題名:五紡星
投稿日 : 2000年8月2日<水>02時47分

藤麿の放った火球の爆発で飛び散った泥や、 盾となった兵士の血や体の一部を
懐紙で神経質に拭いながらも、 自らの狩衣の袖に手を入れ、そこから五つの球体を取り出す。
そのまま空中に放られた球体は、白く輝く五紡星を形作った。
その力場に触れた<ガンスリンガー>の銃弾と、 藤麿の放った二つの球体は、
その場で白煙と共に胡散霧消する。

「貴様の≪式≫の使い方も見せてもらったぞ、藤麿。 その醜悪な白い鎧・・・・・」
春星はおかしくてたまらない、といった調子で顔を歪める。
「・・・失せろ。」

銀扇を「パシリ」と閉じる音と共に、≪五連心珠球≫が 共鳴し、唸りを上げる。
白熱した力場は、五紡星の中心に収束し、一気に藤麿に 襲いかかった。

●明鶴院 藤麿<陰陽師>題名:尊大な主張
投稿日 : 2000年8月2日<水>14時45分

「醜悪?」
藤麿は、よく整えられた眉を片方だけ持ち上げ、苦笑する。
五つの球体が形成する力の奔流の中にあって、彼にはなお、それだけの余裕がある。
それは、春星が醜悪と呼んだ≪式≫鎧の防御力の賜物である。
「贅を好み、華美に溺れるお前の目には、そう映るのだろう。だが!!」
≪式≫によって増強された膂力で、大砲を軽々と敵に向け構え直す。
その先端は、先程までと異なり、皿の中心に針を立てたような奇妙な形へ変形している。

「次はお前だと言ったはずだ!!」
皿から幾筋もの電撃が迸り、春星の体躯を打ちのめし、薙ぎ払う。
その激痛に耐え兼ね、春星は「その場に」倒れこむ。
あれだけの衝撃を受ければ、当然後方へ投げ出されてしかるべきなのに・・・。
≪式≫の、幻覚能力である。

「続けるか?」
 手にした得物で正確に相手を照準したまま、藤麿は問うた。
「まだやるなら、今度は、本物をぶち込んでやるぞ!!」
春星だけではなく、彼に率いられ、絶望的な戦いに出くわしてしまった雑兵達を見回しながら、恫喝した。
「それから・・・」
 無様に倒れこんでいる敵・・・かつての兄弟子に向かって、藤麿は言った。
「醜悪とは、お前の打つ、人を傷つけることしか能のない≪式≫の事を言う!!」

●濁炎<世捨て人>題名:ヤブルニタルハタダイッシナル
投稿日 : 2000年8月3日<木>02時36分

なんで、こうなっちまったんだろう?

一歩、濁炎は踏み出した。同じだけ、じりりと兵士が後ずさった。
皮膚を騒めかせる感触で、周囲の状況を読み取る。
首を巡らすまでもない。風が吹く、肌を撫でる。それで十分だ。
此処に吹くのは既に、余りにも慣れたあの風に── 変わってしまっているから。

(さっきまで、あんなに静かで気持ち良かったのに。)
「と…止まれ!そこの坊主!」金剛杖一本携えただけの濁炎へ、兵士が槍を 向ける。
威嚇は怯えの現れだ。
(‥悲しいよ、なあ?)
「そ…その手の物を捨てろ!」
(ほっといてくれりゃ、俺は何処へなりと消えるんだぜ?だのにさぁ‥)
言われた通り手を放すと、金剛杖が、かしゃん、と飛沫を上げて倒れた。そして。
微笑みさえ浮かべながら。
もう一歩。

「…く…来るな!!うわあああああ!!」
何かに弾かれた様に、兵士が懐から数本の短刀を取り出し投げ付ける。
その軌道に真正面から、濁炎は体ごと、ふうわりと倒れこんだ──かに見えた。
兵士の目が、怯えから更に大きな驚愕に見開かれる。彼には果たして判ったか。
あるいは、奇しくもその場に集った手練共ならば、見えていたか。
一方の前肢がわずか泥を掻く、踵が大地を抉り取る、体が弓の様にしなり その低空から腕が伸び上がり──
「人を殺すつもりで戦さ場に立ったんなら、てめえが殺される覚悟もあったんだろ?」

ひゅううッ…喉を鳴らし、表情を張り付けたまま、兵士は後ろに崩折れる。
無理もなかろう。己が投げた筈の刃が、己の喉笛に差し込まれていれば。
「解ってるか?」
獣じみた動きで『回収』した短剣の残り2本を、濁炎は無造作に投げた。
1本は目標を反れ、あさっての方角に飛んで行った。
もう1本は、陰陽師──さっきから派手な攻防を繰り広げている──の傍近くに 控える、
人形じみた美貌の少女に斬りかかっていた、兵士の一人に命中する。
「綺麗なおネエちゃんだからって、本能だけで動くようじゃ駄目なのヨ。」
聞くものが居るならきっと、楽しげに聞こえるだろう口調で、濁炎は呟く。

●風理<鬼少年> 和彦<銃槍使い>題名:童同士
投稿日 : 2000年8月3日<木>04時12分

風理は困っていた。
笑いかけられたというに笑い返す余裕も無く、困っていた。
「いっさいしゅじょう、しつうぶっしょう・・・??」
<下法師>寂然に問い掛けられた言葉の意味が、さっぱり判らないのである。
(『一切』の『主情』がなくて、『四通』の『物証』がある・・・?? その後はえっと、鬼子に物証がある・・・かな。
さっきの障壁で、僕が鬼だっていう証拠を掴んだぞ、って言ってるのかなぁ…)
腕を組み、しきりに首をひねって考え込む。
しかし、その思考も直ぐに中断しなければいけなくなった。

「避けろ!!風理!」
和彦の鋭い叱咤の声と、それに伴う銃珠の発射される音で、ふと我に返る。
目の前には、身の丈2丈は在ろうかという大人形が迫っていた。
和彦の放った珠も、狙いは過たず腕と胴体の接合部に命中したが、
威力が足りずか、装甲が厚過ぎか、ヨロイの動きを止めるまでには至たらない。

吹き飛ばされる。

刹那、削られたヨロイの中の小さな人影と目が合った。
一切の苦労とも不幸とも無縁な何不自由なく育てられた、真実“純真無垢”な子。
(ぼくよりガキじゃないか!!)
実際の年齢ではない。実年齢以上に存在がコドモ。
これ以上楽しい事など無いといった風な表情のまま、情け容赦の無い一撃を振るってくる。

気に入らない。
自分では何一つしていないのに、強いチカラを手にしているカラ。
風理が望んでも得られなかった「平安な生活」を送っているカラ。
風理の失ったモノが、無くなるかもしれないモノだということも知らずに生きているカラ…!!!
(こんなやつに、お姉ちゃんをくれてなどやるものか!!)
体中ありとあらゆる所に擦り傷をこさえ満身創痍になりながらも、戦意は失われるどころかさらに高まっていく。
地に手を付き、起き上がると、居丈高に言い放った。
「ぼくもテェ=ライは使わないでやる!だから、その玩具から出てこい!」
自分の胸を叩き、ヨロイ上の子供に向かって挑戦的に睨み付ける。
「“男なら”自分の体で勝負だ!!」
・・・自分がカンチガイをしている事には未だ気づいていない。

(1丈=10尺=約3m)
●霧子<傀儡>題名:遠き、記憶の欠片
投稿日 : 2000年8月4日<金>04時09分

ぐに…と足下から生々しい感触が伝わる。倒れている兵士の指を踏んだらしい。
顔をしかめていると、背後でどさり、と大きなものが倒れる音がした。
振り返ると大柄な男が、短剣を背に深深と衝き立て倒れていた。

濁炎の声が聞こえる。
“『綺麗なおネエちゃんだからって、本能だけで動くようじゃ駄目なのヨ。 』”

「あら…?」
この声、聞き覚えがある。
この顔、見覚えがある。
ことん、と頭の片隅で何かが繋がった。

「濁炎様?いつからそこにいらしたのですか…?」
藍色の傘を片手に携え、にこにことさっきの礼を言うでもなく霧子は濁炎の方へと歩み寄る。
「お久しゅうございますわ。」

もう、彼女の目にも耳にも、今起こっている戦いの現状は届いていない。
真直ぐと濁炎の目を見つめていた。

●濁炎<世捨て人>題名:ヤサシクカロク マブカキイタミ
投稿日 : 2000年8月6日<日>02時10分

「‥あぁ?」
この歳合いのコに知り合いが居たっけか‥?おミズにしちゃあちと身なりが‥。
怪訝な顔の濁炎に、娘がおっとりと小首を傾げる。その花のかんばせ。
「あんたは‥そうか、あんた‥、」
絹糸の『ような』黒髪、陶磁の『ような』肌、口元にあてる、良く出来た 細工物の『ような』指。
存在自体が薫り立つ──例えるならば、見目佳き香木。
「よく‥覚えてたな、俺のことなんかを‥。」

 ずくん、と、左手が痛んだ。

 ブンッ‥!!──風圧をうなじに感じて振り返る。
甲腔を剥き出しにしたヨロイの、敵意も露な大振りが、濁炎の鼻先を掠めた。
「ガキが‥‥ッ!!!!」
舌打ち一つ、呼気、一つ。次の瞬間には蟲サムライの脇を擦り抜けている。
黒鉄の装甲を、振り上げた左の拳で──素手で、殴りつける。
重い衝撃が『発生』した。ヒイロ金を伝ってヨロイ鉢金を震わせる程の。

「きゃアアアア!!」それ自体が共鳴音であるかの様にヨロイ乗りが悲鳴を上げる。
構わず甲腔内に分け入り、襟首を掴んで引き寄せる。
「どうだ‥痛いか?」
血を流す拳が少女の白い頬に当たる。
「俺もな、いてーんだよ。」
濁炎の手甲を覆っていた布が裂け落ちた。
垣間見えるのは、紋様状の入れ墨と、一点紅くほの光る『珠』。
「此所で、俺に殴り殺されるかも知れないぜ‥。怖いだろ?」
触れそうに顔を近付けた時。くらくらと焦点の定まらぬ瞳で、ヨロイ乗りの少女が呟いた。

「・・さまァ・・・とーさま・・・・」

幻聴だったかもしれない。その呟きだけが、余りに鮮明に聴こえ過ぎたから。
ただ、思わず救いを求めるように宙に泳がせた視線が、蟲サムライの視線と瞬間絡んで。
──コイツにゃ、同じ幻が聴こえたのかな──。
根拠もなく、そう思った。

●雷哮<蟲サムライ>題名:壊
投稿日 : 2000年8月6日<日>23時58分

“ヨロイの手が、ごみを払うかのようになぎ払われる。”

「ちィッ!!」
凄まじい勢いで迫るからくりの手を、男は伏せてかわした。
吹っ飛ばされた鬼の子の姿が、嫌にゆっくりと感じられる。
(餓鬼の喧嘩にからくりって奴はよォ・・・!)
そしてそのまま一挙動で体勢を立て直す。

“次の瞬間に濁炎が蟲サムライの脇を擦り抜けた。”

その時、ヨロイの疾走輪が駆動し、 ヨロイが後ろに下がろうとしたのを、男は見逃さない。
  男の手足から銀光が閃き、 強さと柔らかさを合わせ持つ<糸>がヨロイの手足に絡みつく。
「・・・!!」
<糸>は疾走輪の駆動をも殺し、ヨロイの後方への逃走を阻んだ。

“濁炎の振り上げた左の拳が──素手で、黒鉄の装甲を殴りつける。
重い衝撃が『発生』した。ヒイロ金を伝ってヨロイ乗りの鉢金を震わせる程の。”

「思った通り、イイ腕をしてやがる・・・。隠そうったって『火』は消せねェしな」
凄まじい一撃をヨロイに叩き込んだ男を見ながら、ニヤリと嘲笑ったその時、

“『・・さまァ・・・とーさま・・・・』”

微かな、幻のような声を、男の耳が確かに捕らえた。
何かを求めるようにこちらを見た男の姿はその瞳には映さず、
その視線は今ではない時を見る。

「ころして、おとうさん」

男の胸の中の『闇』が、蠢く。
「お」
苦しみとも哀しみとも怒りとも取れる感情が、咆哮となって吐き出される。
「おおおおォォォ!!!」
<糸>は男の放つ『負』の<気>を宿し、より強固にヨロイの手足を締め上げ、抉り、
さらに男の皮膚を突き破って飛んだ<糸>が、縦横無尽にヨロイを縛り上げる。
「おおおおおおおおおォォォォォォォォ!!!!!」
次の瞬間、ヨロイは嫌な音を立てながらひしゃげ、砕けた。
男の瞳には破壊への愉悦は無く、ただ、狂気と、一片の後悔が沈んでいるのみだった。

●九鬼 葵<ヨロイ乗り>題名:血と泥
投稿日 : 2000年8月7日<月>21時17分

血が。
止まらない。止まらないよォ…。
ヨロイも…“雨月”も、壊されてしまった。
もう、遊びはおしまい……
「帰ろう、家に。」
もはやほとんど原型をとどめていないヨロイの隙間から、
必至の思いで、泥まみれの地面へ這い出る。

「とーさま。」

父親の“勝ちて、帰れ。”という声が聞こえる。
ダメだったよ。勝てなかったよ。
でも、もう帰ってもいいよねェ。怒らないよネ?

「とーさま…。」

あ、あれ?なんかよく目がみえないや・・ぐらり、と体が傾ぐ。
必至でのばした腕に“何か”が触れる。

「とーさ………」

その場に突っ伏すように、倒れる。体を血と泥でまだらに染めて。
うわ言のようにただ一つの言葉を繰り返して。
…やがてその声も途絶えた。
その場に立ち尽す、雷哮の着物の裾を、握り締めながら。

●平 春星<陰陽師>題名:引き際
投稿日 : 2000年8月7日<月>21時23分

明鶴院 藤麿の大砲から放たれた電撃によって、その場に倒れ伏したかに見えた春星だったが、
次の瞬間、その姿は一棹の銀扇に変じていた。

「≪幻覚式≫を使うのはおまえだけではない。」
あざ笑うかのような“声”があたりに響く。
「しかし、この闘い、いささかこちらの部が悪すぎる。
<ヨロイ>も破壊されたことであるし…一旦引かせてもらうぞ。」

気色ばんで一歩前へ踏み出そうとする藤麿を押しとどめるように、その耳にささやく。
「お前に言わせれば、“醜悪”とは人を傷つけることしか 能のない≪式≫の事を言うんだったな?
しかし私のもとより盗み出した≪五連心珠球≫は、まさに人を傷つけることしか能がないモノだ。
なぜ盗んだ?そしてなぜそれを使用した?
…しょせんお前も私と同じだ。弟弟子。
≪式≫の美醜の判断はともかく、その威力に魅せられる点においてはな。」

そして最後に蛍子に向けて“声”を放つ。
「瀬ノ尾の姫君よ、どうやらあなたはまだ“死ぬ運命”にはないらしい。」
瞬間、平 春星の気配が掻き消えた。
かすかな笑い声と、銀の煌きを残して。

●瀬ノ尾 蛍子<―>題名:今は、まだ
投稿日 : 2000年8月7日<月>21時26分

九鬼 葵の動かない姿…。
そう、彼女は昔、私を「蛍子お姉ちゃん」と慕ってくれた。
・・あれは彼女が<ヨロイ乗り>になる前のこと。
ちゃ……」
思わず駆け寄ろうとした、しかし。

その朱に染まる体に一瞬、“地獄”が垣間見え、その場に立ち尽す。
『“お姉ちゃんち”で遊んだ時、すっごくつまんなかったんだよ!
皆すぐ動かなくなっちゃうんだモン。』
そう、瀬ノ尾に攻め寄る軍勢の中には、確かに葵の<ヨロイ> “雨月”の姿もあった。
一方的な虐殺を繰り広げる<ヨロイ>が。
城に攻め入る兵士たちが。

最後の守りも虚しく、倒れていく家族の姿が。
(ああ、父上、母上、弟達…皆、みんな、死んでしまったの…!)
我知らず、両手で顔を覆う。
『この世の地獄を見てなお、生きたいと思うか。』
雷哮の問いが脳裏に響く。
わからない。何もかもわからない。けれど。

だめだ。泣いてはだめだ。今は、まだ。
そっと両手を顔から離し、空を仰ぐ。
(わたしはどうすれば、どうすれば…いいの・・)
『まだ“死ぬ運命”にはないらしい。』
平 春星の“声”が響く。

雨は、いつのまにか止んでいた。

邂逅、再会、そして離別。各々の思惑を秘めたまま、"道"が交錯する。
……次回、第四幕。「それぞれの理由」

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