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第五幕:「湯煙温泉旅情」」→
第四幕:「それぞれの理由」
●寂然<下法師>題名:光、いずこに。
投稿日 : 2000年8月8日<火>00時30分
「哀れよの」
誰に向けた言葉だろうか。
幼くして喪われた魂にか。
業に縛られ、過去から逃げられぬ魂にか。
死ぬに死に切れぬ、今にも修羅に落ちそうな魂にか。
……多分、それらすべてに向けられていたのだ。
雨は止み、雲間から陽の光が射し込んできている。
世界は、こんなにも美しい。
だのに、人は何故こんなにも苦しまねばならぬのだろう。
極楽浄土にあれば、人は苦しまず、哀しまず、安らかになれるのだろうか。
それもつまらぬ、と寂然は思う。
だが―――。
雷哮の裾を、しがみつくようにして握りしめる、哀れな骸へと歩み寄る。
傍らに膝をつき、かっと見開かれたその眼を伏せさせる。
「不思議なものよの。どれ程殺戮を重ねようとも、ヨロイに乗る限り業は明鏡へと移る。
業浅き魂なれば、浄土へと迎えられるやもな……。 さて、どうなさる? 経の一つでもあげてやりますかな?」
雷哮に、濁炎に、蛍子に。
試すように、尋ねる。
●明鶴院 藤麿<陰陽師> 題名:才人の挫折
投稿日 : 2000年8月8日<火>14時51分
『お前も同じだ』
その言葉を洗い流したかったから、
藤麿は喧騒が静まり、自らの<式>が消え ても、雨中に立ち尽くしていた。
『その威力に魅せられる点においては・・・』
反論の余地がない。彼は、確かにその「力」を知っていたから≪五連心珠球≫ を奪って逃げた。
あの者達に持たせておけば、今まで以上に無益な血が流されるからと自らに言 い聞かせはしたが、
それが言い訳にもならぬ事は、誰あろう本人が一番よく知っ ている。
藤麿は、大きな体を震わせ・・・・笑った。
巨躯で相手を威圧し、明晰な頭脳で相手を看破し、無限の言霊で相手を論破し 得るはずの自分が
、ただの一言に思い煩う姿の、なんと滑稽な事か。
「さすがは、腐っても我が兄弟子、此度は僕の負けを認めてやる・・・」
そう呟いて、陰陽師は思考を切り替えた。
「さて、最後になってやっと『あれ』を使ったな!!
お前が愚図愚図していた ものだから、その背の高い人が大怪我をしてしまったぞ、濁炎!!」
連れの窮地を救ってくれた色眼鏡に、礼の替わりに憎まれ口を投げつける。
「お前が『大事な人を守るために力が要る』と言うから、
明鶴院家がサムライを 入れてやったと言うのに!! なんて体たらくだ!!」
藤麿は、偶然再会した旧友に軽い気持ちで言葉を放った。
だが彼は、濁炎がどんな「地獄」を味わい、変わってしまったのかを、まだ知 らなかった・・・。
●霧子<傀儡>題名:春過ぎて
投稿日 : 2000年8月9日<水>00時40分
「あらあらあら…藤麿様。久しい御友人に対していきなりどやすなんて 失礼ですわよ。
親しい仲にも礼儀、でございましょう?」
濁炎の拳に滴る血を小さな手拭でそっと押さえ、まるで我が子を叱るように ぴしり、と言った。
「こんな時にお会いできるなんて…。
お茶でも飲みながら昔話、なんて訳にも まいりませんのもね…。」
ゆっくりと周りを見渡し霧子は、一つ大きな溜息をつく。
血の薫りで胸がいっぱいになる。
「先ほどはうかつでしたわ。濁炎様がいなければ、危ない所でしたわ」
濁炎の手を握る指に微かながら力が入る。
「また、『藤麿様』の元に、戻っていらっしゃるのでしょう…?」
―記憶の波が霧子に押し寄せた。それは、忘れていたはずのほのかな想い。
それは、藤麿に対して抱いている感情に至極似ている――。
「…だから、『此処』に戻っていらしたのでしょう?」
●風理<鬼少年>
和彦<銃槍使い> 題名:母なる大地
投稿日 : 2000年8月9日<水>23時34分
その瞬間、たとえ様の無い感情の嵐が吹き荒れた。
肉体の苦しみ、精神の悲しみ、血の出るような悲痛な魂の叫び、
身を焦がす後悔の念、過去を抉られる鈍く、しかし鋭い痛み・・・。
大地の嘆きとも言えよう、各人の極限まで高まった感情は、
意図せずとも、<大地の守り手>一族の幼子の心の中に、突風となって入り込んだ。
「!!!!!!」
雷に打たれたかの様にカッ!っと目を見開いたと思えば、 声無き悲鳴を上げて、その場に倒れ伏す。
少しして、起き上がると、夢遊病者のように、夢に浮かされたように、ただただ言葉を紡いだ。
「あのコ、お父さんに認めて欲しかったんだって・・・。
なんでもかんでも満たされたコじゃなかったんだね。
自分勝手な、横暴なヤツだと思ってたけど・・・。生きたがってたよ・・・。なんで殺しちゃったの・・・??
生きていれば、大人になる事も出来たのに。やり直すことも、できたのに・・・。」
否。子供を殺した者を責められるものではない。其の者の心を覗いてしまった後では。
言葉を紡いでは、頭をぶんぶんと横に振り否定をする。その繰り返し。
何が悪いのか、何が良いのか。
ワカラナイ。
やりきれない。
知らず知らずのうちに、風理の目から大粒の涙がポロポロと落ちていた。
今しがた雨が上がったばかりの大地が、濡れる。
「人は皆、それぞれに苦しみを抱えている・・・。」
和彦は、兵士達の為に墓穴を掘っていた。
命令されただけの兵士、徒の雑魚とは言え、一人の命を持った人間だ。
敵だから、関係のない者だからといってその亡骸を捨て置く事が出来るほど大人にはなりきれていない。
和彦が願い、演じるそれより、実際はまだまだ青臭い、潔癖な年頃なのである。
「死ねば、それ以上の苦しみから逃れる事が出来る。
生きていくには、苦しみを抱えながら歩み続けねばならない。
どちらが良いかどうかは、一概には言えん。いっそ・・・」
ヨロイに、親に、祖国に、裏切られる事を知らずに生を終えたのは、
彼女にとって、幸せなことだったかもしれない・・・。
「・・・いや、俺が決める事ではないな。どんな状態で在ろうとも、どんなに辛くとも、
決めるのは自分自身の役割だ。いかなる選択においても・・な。」
坊に、問われている者達をちらりと見る。
徒黙々と地を穿ちながら。
彼らがどんな選択をするのか、興味はあった。
●濁炎<世捨て人>題名:ソヲエタリシヲサダメトヨブカ
投稿日 : 2000年8月10日<木>04時43分
蟲サムライの放つ『糸』の隙間をかろうじて縫って、濁炎はヨロイの表面を蹴った。
「掴まれっ‥!!」
ヨロイ乗りの体を抱きかかえ、後ろ跳びに離脱を試みる。
──だが。 少女に纏わる幾つもの拘束具が、それを阻んだ。
伸ばした手を虚しく摺り抜け、少女の小さな姿が遠ざかる。ひゅん、と音を立て、
『糸』の一本が後ろから、濁炎の頬を掠めていった。
(────綺羅──。)
視界が染まる。血の赤、暁の紅、炎の朱。
その名を叫んだことに、自分では気付かない。
ぐき。
未だ中空にあるハズの足下で、えらく現実的な音がした。
「‥しょ‥」
着地”予定”地点の側近くには鬼っ子の姿。そしてその周りに、不可視の──
「障壁ィィィィーーーー?!!!!」
吹き飛ばされても尚、能力を維持し続けた鬼っ子の心意気を、この際誉めるべきだろうか。
その堅い堅い意志のチカラを、もんどり打って全身に感じつつ、濁炎は滑落した。
とどめの様に、後頭部をしたたかに地面にぶつけて、くわんくわんと星が散った。
昔馴染みの美少女──傀儡の霧子が駆け寄って、濁炎の拳に手拭いを押しあてた。
(悲しいんだぜ、俺は。)
こうして、指一本の重みで、捨ててきた過去すら取り戻せてしまうのだろう。
その事がやけに不条理で。
(‥なぁ、そう思わねぇか‥?)
皆が口々に、何か言っている。
銃槍使いは黙々と墓穴を掘り、坊主は何やら禅問答を投げ付ける。
‥経は読めねぇんだよ。読まなきゃいけないよーな目になんざ、もう遭いたかねぇしよ。
陰陽師に悪口を言われてる気がするが、俺こんなデカイ兄ちゃんに知り合い居たっけか?
横になったまま、霧子の膝枕の上 ──役得だ── で、回らぬアタマを無理に巡らす。
その霧子にしてからが、さっきから妙に熱のこもった視線で陰陽師と自分とを見比べている。
鬼っ子と、生き残った方の少女が二人泣いていて、それも見ていて参ってしまう。
アタマも痛いが、胸も痛い。声が出たんなら、泣くなと言ってやりたいが。
それから。
それこそ、自分でも『妙』な感慨でもって、蟲サムライの背中を眺めやった。
●テンブ<ガンスリンガー>題名:痛み
投稿日 : 2000年8月11日<金>03時13分
テンブは応急手当してもらったとはいえ、痛み治まらず、まわりで 繰り広げられるその複雑な人間模様を何気なく見ていた。
脱力感。
見ている・・・といってもすぐに頭の中を抜けて行く。
そんななか一つだけ、彼の目を引く光景。
彼の視線の先では、先ほどの 鬼子の保護者らしき銃槍使いが命を失った兵士達のために墓を掘っている。
(ああ、そうか。“殺すことしか能がない “おれにも葬ってやることくらいは出来たんだよナ・・・。)
そう思いながら銃槍使いの元へ行き、共に墓穴を掘り始める。
(それに気がつかなかった・・・・。そんなことすら。それだけ生きる ことに必死だった?違う。
それだけ自分のことしか考えてなかったっ てことか・・・。)
傷が痛む。だが、それ以上に痛むのは・・・・。
(それにもっと早く気がついてたら、違う結果になってたと思うか?)
最後の一人を埋葬し終わると、ポケットから何かを取り出し 銃槍使いに投げ渡す。
雨上がりの薄い光を受け、光るそれは放物線を 描き銃槍使いの手へと吸い込まれて行く。
そこにあるのは空の薬莢だった。
「持っておきな。俺はそいつをお守りにしてるンだ。“それ“を使うような 局面を生き延びることが出来た・・・。その証しだからサ。
・・・アンタは大事な ことを俺に思い出させてくれたからネ。」
そういってくるりと彼に背を向け、続ける。
「それとさ・・・。いや、なんでもない。・・・アリガトな。」
(言っても仕方のないことだ。決めるのは自分だモンな。)
そう考えながら再び先ほど休んでいた木陰へと戻る。
(さて・・・と。これからドーするかねぇ。)
目を閉じ、複雑そうな人間関係の方へと聞き耳を立てることにした。
●明鶴院 藤麿<陰陽師>題名:陰陽道的理論
投稿日 : 2000年8月11日<金>15時23分
「戦場」は常に「金気」に満ちている。
藤麿はそう分析する。金属である鋼が、多分それを呼ぶのだ。
そして、戦が終われば、「金気」は「五行相生」の理に従い、「水気」を呼ぶ。
・・・人にとって、「水気」は血と涙、それに悲しみの心である。
泣く子供たち、死者を埋葬する二人の男、一人の少女の死に、打ちひしがれる 男たち・・・。
いかなる表情に彩ろうとも、彼らの心は「水気」が満ち満ちている。
翻って、死にも己を乱すこと無く微笑む法師。倒れた男を労わる人形娘。
いずれも、理の埒外に心身を置く者たち。
悲しみも喜びも、彼女らと彼らとで は異なっているように見える。
自分は・・・?
陰陽師は自問する。
世の理を解読し、縦横無尽に駆使する知恵を持った自分。
即ち、支配者、神の側に立つことさえ可能な自分。
なのに・・・、何故?
何故、こんなに悲しいのだろう?
自分は、降り掛かる火の粉を払っただけなどと言い訳してみたところで、
自分が殺してしまった物たちへの哀悼が消えたりはしない。
鋼の「金気」を破るために怒りの「火気」を心に呼び起こしたはずなのに、 今はそれも押し流されている。
これでは、そこで泣き、苦しんでいる者たちと何も変わらない。
自分は、賢者として、彼らを助けてやらねばならないのに。
『お前も同じだ』
先刻の、兄弟子の言葉が響く。藤色の大男は、初めて先輩に尊敬の念を抱いた。
しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。
兎に角、ここを離れなければならない。
瀬ノ尾の姫も鬼の子も、春星、ひいては桜 真幻が狙っているのだ。
なんとしても、この人数、即ち戦力を保ったまま人目のある所まで移動したい。
それには、この場のほとんどの者を束縛する「水気」を祓わなければならぬ。 「水気」を克するは「土気」。
しかしこの場では、残念ながらそれは期待でき そうにない。
「土気」は大地の大いなる象(かたち)。すべてを受け容れる優しさであるから。
では、どうするか? 「水気」は、「木気」へと容易に変化する。「木気」は、喜び、笑いの心。
奇態を演じ、笑いを巻き起こす。それは、藤色を纏う自分に相応しい役割のよ うに思える。
考えが纏まると、即実行。
可憐な少女の膝に甘える濁炎にツカツカと歩み寄り、屈み込む。そして・・・。
「でこぴーん!!」
盛大に額を弾いてやる。
「さあ、いつまで僕の連れに甘えているつもりだ!!
お前があの位の高さで痛い思いをするはずはないと、僕は見抜いているぞ!!」
額を押さえて霧子から転げ落ちた濁炎に、さらに続ける。
「お前は馬鹿だから僕のことを忘れているようだが、僕はしっかり覚えている!!
その肩の傷は、どこぞの女郎と痴話喧嘩した時についたものだったな、蛇蝎丸」
あえて、幼名で呼ぶ。これで気付かなければ、本当に馬鹿だと思う。
「霧子は他に仕事があって忙しいのだ!! お前の相手は僕がしてやる!!」
無理矢理、色男の首根っこを掴んで起こす時、短く、連れの娘に耳打ちする。
「泣いてる子供は任せた・・・」
●風理<鬼少年>題名:涙の理由(わけ)
投稿日 : 2000年8月12日<土>00時14分
―――『泣いてる子供は任せた・・・』
なんだかあっちの方で、体もでかけりゃ態度もデカイ偉そうなお兄ちゃんがこっちを見て言ってる。
ちぇ。ぼくはともかく、お姉ちゃんは泣いてないじゃんか・・・。
ちゃんと物事は確認してから言動をおこさないと、馬鹿だって言われるぞ。
服も馬鹿っぽいけどさ・・・。
んなことはどうでもいーや。そうだ!お姉ちゃん・・・。
なんで泣いてないの??さっき聞こえた悲鳴、あの大人形に乗ってた子だけの“思い”じゃなかった。
あんな“思い”を持ってるヒトなら、泣いたっておかしくないのに。
――― ああ、そうか。お姉ちゃんの家族、皆死んじゃったんだ・・・。
だから、どうしていいか、わかんないんだ・・・。
んん、わかんないかもしれない。いや、わかんない・・よ・・ね。
でも・・・
「泣きたいときは泣けばいいんだよ。そうじゃなきゃ、泣きたくても泣けなくなっちゃう・・・。
『泣くな』なんてのは、泣き方を忘れた大人の言い分なんだ。」
和彦さんも泣いてるとこなんて見たことない。強いから泣かなくても大丈夫なんだろうけど・・・
だけどたまに、泣いてないからかえって辛そうに見えちゃったりするときってあるもん。
今も・・・ホラ、そこの美人のお姉さんにちゃっかり膝枕して貰っちゃってたお兄ちゃんとか、
細い糸みたいなもので大人形壊しちゃった恐いおじちゃんとか・・・。
なんか、・・・辛そう。
「もちろん、泣いて、それだけじゃダメだよ。
でも、明日を生きる活力を養う為に、『泣く』の、必要だと思う。」
和彦さんがさっき言ってた。死ねば全ての苦しみから逃れられるって・・・。
でも、どんなに辛くたって、生きてみなきゃそれが良かったか悪かったかなんて、判んないもん!
「お姉ちゃんは、今、生きてるんだから!! 生きなきゃ、ね・・・?」
もしかして、お姉ちゃん、ぼくのこと五月蝿いヤツって、思ってる??
良く言われるんだケド・・・話できないより、ずっと良い!・・と思うんだけどな。
!!ちょっぴりだけど、こっちを向いてくれた。嬉しい♪
「だから、泣こう! で、思い〜〜っきり泣いたら、笑うんだ☆ それで全部解決だよ!!」
あ、なんだかぼくの涙、いつのまにか引っ込んじゃった。
●雷哮<蟲サムライ>題名:迷い道
投稿日 : 2000年8月12日<土>04時30分
男は、ただただ、己の裾にしがみつく亡骸を見ている。
言葉も無く、動きも無く。
ただただ、己がその命を奪った、亡骸を見ている。
経をあげるか? と、問うた坊の言葉にも動きを見せず、ただ、物言わぬ骸を・・・。
いったい、いつからだろうか?
他人の死に対して、何の感慨も抱かなくなったのは。
いったい、いつからだろうか?
己が死を、強く望むようになったのは?
『生きていれば』
鬼子の、憤りと哀しみを秘めた言葉を聞き、男は僅かに面を上げる。
「『生きていれば』なんて言葉は、所詮生きている奴にしか言えやしねェ・・・。
死人にゃ希望も無けりゃ絶望すら無ェんだからよ」
かすれ声で呟いた言葉は果たして誰に向けたものか。
あまりにも真直ぐな鬼子か。過去を振り切れぬ者たちか。
或いは、『生』の地獄から抜け出すことすら適わぬ、匣に囚われた魂にか。
「坊さんよォ・・・」
黙々と墓を作っていた者たちが、最後の墓を作り終え、 不可思議な因縁で結ばれた者たちが言葉を交し合う中、
男は、坊の問いに答えず、逆に問うた。
「俺は、不信心モンだから極楽なんて奴ァ信じちゃいねェんだがよ」
深く、静かに考えながら、男は言葉を紡ぐ。
「それでも死んだ奴ァ、どっかに逝っちまうんだろうよ。だとしたら・・・」
一息。
「生きながら希望も絶望も無くしちまった奴にゃ、逝き場所はあるのか?」
自らの中に巣くう『闇』を見つめながら。
「生きながら死を歩むモンは、いったい何を成すべきだったのかね・・・?」
その時、男は確かに己の中の『迷い』を吐露した。
即ち、雷哮という名の化け物が歩んできた『道』への迷いを。
『娘』という希望を殺し、『裏切り者』という絶望を殺してきた己の『道』を。
●寂然<下法師>題名:埋葬
投稿日 : 2000年8月14日<月>00時38分
何と、昏い目をしているのか。
それで居ながら、まるで迷子のように心が弱っている。
思わず、御山に居た頃のようにしかめ面になりそうになる。
すぅと息を吸い、人の悪そうな笑みを浮かべる。
「さて、これは難しい。
生きながら死を歩むなど、はたしてどのようなものやら」
片膝を突き、しがみつく幼子の指を、一本一本外していく。
そうして全ての指を外し、抱え上げ、最後に残った墓穴まで運ぶ。
朗々と、声を響かせながら。
「死者が迷うて死に切れぬことは良くあること。
迷うた死者は、残念を晴らしてやれば往生しますが……はて。
希望も絶望も、無くすことなど出来るのですかな。
それとも、それが生きながら、死を歩むことなのでしょうか?」
幼子の死骸に、土をかける。踏み固める。
「迷うた死者は、死に切れぬとは言えどもやはり死んでおりまする。
なれば、どれほど死を歩めども、それはやはり生きているのでありましょう。
生きているのならば、どうして希望も絶望も無くせるものか。
希望も絶望も無くしたとすれば、どうして一体何を成すべきだったなどと悔やむものですかな?
空なろうとすれども空ならず。
何も無いと思ってる内は、まだ何もかも無くしておりませぬ」
適当な石を墓石代わりに置き、ようやく振り返って雷哮を見る。
その、昏い目を真っ直ぐに見る。
「何を成すべきだったのか。
少なくとも、その問いが残っておりますでしょう?
問いがあるなら、答を探すべきではないですかな。」
そう、迷うべきなのだ。
迷わずに安易に答を決めつければ、必ず悔やむときが来る。
すでに深い後悔を抱くこの男は、それだからこそ迷うべきなのだ。
もう二度と、悔やまぬ為に。
「そして、もし答が見つけられたのなら……
その時こそ、逝くべき場所も見つかるかも知れませぬ。
つまり、それが生きると言うことではありませぬか?」
そして自らも二度と悔やまぬ為に。
寂然は、迷いを抱く者たちを、見守り続けんと願う。
●和彦<銃槍使い>題名:日暮れ間近
投稿日 : 2000年8月14日<月>03時35分
「お守りか・・・」
作業を手伝ってくれた男から投げられたもの、
手のひらの中にすっぽりと収まる程の小さな其を、しげしげと眺める。
見慣れぬ形のものだ。が、何に使うのか大体見当はつく。
これは使用した後のものだ。使用済みの弾を持ち続けている、それは、
過去を吟味し、己の技量を、“己”を追求し続けている証のようなものか。
(大層な物を・・・。俺は他人に恩義を覚えられるような者ではないのだが・・・)
せめても礼をしようと、こちらに背を向け離れていく一風変わった同業者を追った。
気配に気づき、男が振り向いた。
「返礼と言ってはなんだが、代わりに俺のお守りを持っていかんか?」
“お守り”と言うところで、立てた親指で後ろの方を指差す。
その先には ―――なにやら熱く語っている鬼の子の姿・・・・。
訳が判らないと言った風に困惑した顔をするテンブ。
(あんなモノ、要らない・・・よな。)
「冗談だ。」
その顔をみて、さも嬉しそうに口の端を歪め、笑う。
ふと、テンブの体に幾つもの傷を見つけた。ヨロイ太刀で付けられた傷だ。
そちらにある坊は、人生相談に弔いにと、色々忙しそうだ。
(法術は得意ではないが・・・)
テンブの傷口に手をかざし、もう片方の手で印を切る。そしてなにやら文句を唱えると・・
傷が塞がっていた。全快とはいかないが、だいぶ楽になっただろう。
使い手は、慣れない術を使い疲労したのか、額から流れる汗を拭い、一息つく。
「今度こそ、之の礼だ。」
薬莢を掲げて見せた。
「ところで・・・名は何と言う?見慣れぬ身なりをした方。」
用も済み、別れようとした刹那、相手の名も聞いてない事に気がついた。
名を聞いて何をする訳でもないが、旅の思い出に、之の持ち主の名くらい知っておいても良いだろう。
相手の返答後、自分も名乗のると、名を知ったばかりの相手に一つ、忠告をする。
「テンブ殿。何処へ行くのでも、動くのなら早めに動いた方がいい。じきに日は落ちる。」
辺りはもう薄暗くなっていた。今日中に宿場まで行くには、今すぐにでも此処を発たなければいけない。
「この騒動も一区切りついたしな。」
●霧子<傀儡>題名:子守
投稿日 : 2000年8月15日<火>02時19分
「まぁ」
ぱたぱたと着物の膝を払い、藤麿の言葉に従い、
血生臭いこの場に似つかわしくない子供二人の方へ歩み寄る。
「泣いた子供がもう笑うとは、よく言ったものですわ」
さも楽しそうに、鬼子の頭に優しく手を置く。よしよし、と言いながら、
ぐりぐり撫で回す。霧子にとって、子供をあやすという事は『昔』からこうだった。
(風理は多少不満そうだったが。そんなのはお構い無しだ。)
「確かにこの男の子の言う通り、時には涙を流す事も必要ですわ」
ぐりぐりと風理の頭を撫でくり回しながら、視線だけ蛍子の方へ向ける。
「こんな小さな体で…脆い心で…」
霧子の瞳が苦しそうに歪む。ひとしきり風理の頭を撫でた後、
霧子の指は蛍子の髪を滑り降り、頬を撫で、小さな手を握り締めていた。
「大人でも辛い、大人のような生き方を…強いられてきたのね…。
心の中でだけ涙を流すことを、覚えてしまったのね。」
大人達の手によって、心を壊された空っぽの「入れ物」にされてしまう所だった。
不憫な子。そっと、柔らかく、霧子は蛍子に腕を回す。
「『泣くな』なんて言うのは、泣き方を忘れた大人の言い訳だ、と言っていたわね?
…それは大きな間違いだわ。坊やにも分かる時が来る。
涙を流しても、拭えない辛さがある事が。
涙を流す事すら許されない時もあるという事が。
それを分かってしまった時、あなた達は『大人』になる」
片方の腕を伸ばし、風理も胸に抱きかかえる。
「強くなるというのは…そういうことでもあるのよ。
……そして、生きていくという事も」
●瀬ノ尾 蛍子<―>題名:名。
投稿日 : 2000年8月15日<火>06時03分
霧子
にそっと抱かれて、
蛍子
はふと思う。
(母上……)
姿は全く似ていないのに、なぜ…?
(ああ、分かった。この…この、やわらかな香りだ。)
そっと目を閉じる。
“「強くなるというのは…そういうことでもあるのよ。……そして、生きていくという事も」”
「…はい。」
霧子
の言葉に、閉じていた瞳を開け、一言返事をする。
「あの…」
蛍子
のにごした言葉の先をすくいとって、
霧子
は自分の名を告げる。
「
霧子
、様。」
それから、傍らの
<鬼少年>
を見ると、
にっこり笑いながら「
風理
だよ」という答えが返ってきた。
(そうだ。)と、周りの
<銃槍使い>
や、
<外法師>
、
<陰陽師>
、
<世捨て人><ガンスリンガー>
そして最後に
<蟲サムライ>
を見て、
蛍子
は思う。
(全く見ず知らずの私を助けてくれた、この人達の名を私は知らない。)
いや、その前に。
霧子
の腕の中から、すっと抜け出すと、意を決したように自らの名前を告げる。
「…わたくし名は、
瀬ノ尾 蛍子
と申します。」
そして、なぜこのようなことになったのか。
そこに至る経緯を、少しずつ語り始めた。
●状況描写6
投稿日 : 2000年8月15日<火>06時05分
[蛍子の話]
時は一週間ほど前のことだった。
「瀬ノ尾」の領内に突然、隣国の「桜」が攻め寄せたのは。
「瀬ノ尾」は小国であったが、比較的豊富であった明鏡兵器のおかげか、
五日の間、その猛攻に耐えてみせた。
しかし六日目、ついに「瀬ノ尾」の城は炎に包まれることになる。
炎の中で「瀬ノ尾」の領主は討ち死にし、その家族も殺されるか、あるいは自害した。
…
蛍子
だけを残して。
蛍子
だけが、城が燃え落ちる寸前に、 隣国であり親戚筋でもある「青海(あおみ)」の手の者により、
からくも脱出することが出来たのだった。
「ところが、≪飛行式≫で「青海」に向かう途中、何らかの事故により、
このような場所に落ちてきてしまったのです」と最後に
蛍子
は言った。
こうして全てを語り終えると、
蛍子
は
九鬼 葵
の真新しい墓の前へ、歩み寄った。
しばらくそこに佇んだまま、自らの激しい想いと闘っているようだったが、
やがて、そこに座りこみ、そっと手を合わせた。
夕立の後の空には、夕日が輝いている。
その光が、彼女の横顔を、そしてその場に居合せた人々の姿を赤く、紅く、染め上げていった…。
●図式2
投稿日 : 2000年8月15日<火>06時13分
天羅西方大陸、東端における勢力分布図。(17kb)
●テンブ<ガンスリンガー>題名:知らぬが仏
投稿日 : 2000年8月18日<金>02時24分
「動くなら早いほうがいい。」
銃槍使い・・・いや、和彦の忠告を聞き、休んでいる暇がないことにはたと気付く。
(たしかに・・・。すぐにでも出発しなければ宿場につくのは難しい。
それにさっきの派手なヤツがこのまま黙っているはずがない。 暗い夜道で待ち伏せなんぞされたらたまらない。
あの手のタイプは「キー!悔しい!」とか言いつつ手拭いにかみつき、
それに飽きたら前回以上の軍勢で攻めてくるってのが相場だ。あー、ヤダヤダ・・・。)
などと考えつつ少女を中心に置く集団の元へ近づいていく。
かすかだが話し声が聞こえ、その刹那テンブの表情が引きつる。
(落したの・・・・・オレか?)
額に嫌な汗が流れる。
(ほんっと、ツイテね−。)
ばつが悪そうにテンガロンハットを目深にかぶって、一団に加わる。
「あのサ、あそこのにーちゃんが言う通り・・・・」
親指で和彦を指しながら続ける。
「そろそろお互い出発しないと、暗くなっちまうゼ。嬢ちゃん歩けるか?
俺は青海の方に行くンだけどよ。ま、なんなら一緒にいかね−か?
子供なんかと一緒に歩くのは性に合わねーがヨ、行き先が一緒じゃあしょーがネ−わな。」
出来る限り明るく、いろいろなこと、式落としちゃったこととか、
青海方面から自分が歩いてきたこととか・・・、をごまかすように早口でまくし立てる。
「で、あんたらどーするよ?」
まわりにたずねる。その瞬間ちょっとだけ冷たい視線が刺さった気がした。
●状況描写7
投稿日 : 2000年8月24日<木>02時44分
夕陽はもはや地平線に沈みかけており、あと四半時(三十分)もすればあたりはすっかり暗くなるだろう。
野宿はさすがに論外だった。
雨上がりの地面はひどくぬかるんでいたし、 第一、いつ敵が戻ってきてもおかしくない状態だったからだ。
ここから街道沿いに、青海方面へ半時(一時間)ほど歩けば、 瀬ノ尾と青海の国境の宿場町へ辿り着けるはずである。
逆方面へは、ここから半日の距離にある瀬ノ尾の城下町 (今は桜の占領下にあるのだが)までたいした宿場は無い。
●瀬ノ尾 蛍子<―>題名:天の助けか
投稿日 : 2000年8月24日<木>02時46分
「・・・え?」
と
テンブ
の早口なしゃべりを受けて、
蛍子
は伏せていた顔を上げた。
「え・・・あ、はい。歩けることは歩けますけど・・・」
二、三度まばたきをし、
<ガンスリンガー>
の言った言葉の 意味を掴むと、驚きの表情を浮かべる。
「そ、それはつまり、えっと、ともかく一緒に青海まで行ってくださる、 ということなのですか?
あ、ありがとうございます!! ほんとは、ほんとは、とても不安だったんです。」
「うあ」とか「あぁ」とか、なんともあいまいな返事をする
テンブ
の手を取って、
蛍子
は精一杯、感謝の意を伝えようとしていたが、はっと気付いたように
「で、でもお連れの方はどう思われるのでしょうか…?」
と
濁炎
のほうを見る。
その言葉と重なるように、
テンブ
の “で、あんたらどーするのよ?”という声があたりに響いた。
●風理<鬼少年>&
●和彦<銃槍使い>題名:いづれが巣立ちか子離れか
投稿日 : 2000年8月24日<木>02時49分
少ない荷物をまとめ、銃槍を担ぐ。
和彦はただそれだけの簡単な旅支度を終えると、 いつもと同じように連れに向かって出発を告げた。
此処より北東の方角、桜の領地へ。
―――テンブが向かうと言ったのとは逆の方向だ。
仕方が無い。旅費を稼ぐ為傭兵の口を探し、この地へと来たのだから。
「行くぞ。」
風理は答えない。困惑した顔で霧子の下を離れてから、和彦の傍に戻って来はしたが・・・
膨れっ面でそっぽを向いている。
そんな反応に、まったく仕方がないと言う風に嘆息すると、風理の肩に手を置き、再度促す。
「・・・どうした。あの娘のことは、そこのサムライどもにでも任せておけばよかろう。
俺達が出来る事は終わった。これ以上此処に居ても仕方が無い。
この一件には陰陽師も絡んでいるようだ。『鬼』は狩られる・・・。」
「・・・・・・・嫌だ。」
長い沈黙の後、風理は微かな、しかし十分に意思の篭った声でそう返事を返す。
「・・・今まで、守られっぱなしだったけど。まだまだ強くはないけど。
お姉ちゃんのコト、初めて自分で守るって決めたんだ。
だから!!・・・だから、和彦さんとは、一緒に・・行かない!」
もう迷わない。まっすぐな瞳で和彦と対峙する。
今にも涙が溢れてしまいそうな表情で。しかし、精一杯虚勢を張って。
結局、先に視線を外したのは、和彦の方だった。
「そうか・・。では、ここでお別れだな・・・。」
つとめて淡々とした口調で、言葉を紡ぐ。
内心、いきなりの事態に驚き、動揺し、 ひとりになる“この後”により不安を感じていたのは和彦の方なのだが、
保護者としての立場がそれを表に出すことを許さなかった。
その代わりに、保護してきた少年の、成長を嬉しく思うことで心の隙間を埋める。
成長した少年に必要なのは、もう保護者じゃない。友であり、仲間である。
「餞別だ。」
そう言うと、無造作に腰に下げていた珠入れを外し、風理の小さな手に握らせた。
『珠』―――傭兵にとって、己の命を守る大切な大切な貴重品―――
(・・・和彦さん)
思わず抱き付く。胸に顔をうずめると、ほんのりと服に焚き染められた伽羅金剛の香りがする。
和彦は普段と違い邪険に振り解こうとはせず、ただされるがままになっていた。
「もう会うこともあるまい。精々達者に暮らせ。」
しばらくの後、やんわりと抱擁を解かせると、頭をポンっと軽く叩く。
最後に周りの者たちに一礼すると、踵を返し、後は振り返らず街道を下っていった。
「和彦さん!またね!!」
(今度会う時は、お荷物じゃなくって、ちゃんと『たいとう』になるんだから!!)
応えは無い。刻一刻と遠くなっていく背中を見ていると胸が詰まり、 元気一杯に振っていた手が、段々と重くなった。
「・・・・・・さようなら。」
●明鶴院 藤麿<陰陽師>題名:去る人の背に思う
投稿日 : 2000年8月29日<火>14時41分
「行ってしまったな」
連れの鬼子に別れを告げ、去って行く銃槍使いの背中を見ながら、藤麿は誰へともなしに呟く。
共に歩いてきた者の、成長と別れ。
それは、誇らしい事ではあるのだろう。
しかし、成長とは、変化と同義。もう、共に歩く必要はないという宣告でもある。
だからそれには、見守ってきた者の言い様の無い寂しさが付き纏っている。
今の和彦の背中のように。
自分は?
自分は、この娘の成長を、あの背中のように真っ直ぐに受け止められるだろうか?
藤麿は、敢えて傍らの霧子を見ないようにする。
自分の馬鹿でかい図体を有難いと思うのは、こんな時くらいだ。
おかげで、傘を携えた小さな体が視界に入らなくて済むのだから。
「さて、他にも青海以外に向かいたい者がいるか?」
余計な感傷は、苦しいだけの役立たず。陰陽師は無理矢理頭を切り替え、一行に問う。
そして、自分の荷を取り上げた。
「僕としては、先刻のあんた達の腕を買って共に青海に来て貰いたい所だが。
何しろ命の危険がある。無理強いはできないがな・・・」
そして、まだ額を抱えて悶えている色眼鏡の男に微笑みかける。限りなく邪悪な、毒蛇の笑みで。
「濁炎!! 当然、お前はついてくるのだ!!」
決め付けられた男が疑問と不満を口元だけで器用に表現したのを見て、藤麿は心底疲れた顔をした。
「いい加減、気付けよ・・・」
●寂然<下法師>題名:会者定離
投稿日 : 2000年8月30日<水>16時55分
「まぁ、袖擦れ合うも他生の縁、と言うことよの」
つぶやき、青海側――蛍子達の方へと、歩み寄る。
「それに、こちらの姫君についていった方が、退屈せずに済みそうですしなあ」
もともと、風の吹くまま気の向くまま、の気楽な旅だ。修行の旅ですらない。
正直、不謹慎ながらも今回の事態を寂然は喜んでいた。厄介ごとが好きなのだ、基本的に。
追いつめられ、追いつめられ、もはやどうすることもできなくなった時――
そういうときこそ、真に人間と言う生き物の価値が現れるときだと寂然は思っている。
その、必死に生きようと足掻く様を見れば見るほど、大悟などどうでも良く、
ただ迷い、苦しみ、生きようとすることこそが大事なのではないかと、そう思えるのだ。
「さて、サムライ殿は、どうなさる?」
だから、寂然は、いまだ動こうとしないサムライに尋ねる。
袋小路にはまりこみ、引き返すことも出来ない男は、果たして何処へ向かうのか。
死の色を濃くまとった男は、果たして死から何かを見いだせるのか。
そして、願う。
この哀れな男が、救われることを。
「答を、探しに行かれるのですかな?」
●雷哮<蟲サムライ>題名:一時の別れ
投稿日 : 2000年9月1日<金>20時33分
「答を・・・探す、か」
坊の言葉を聞き、男は悟ったような、諦めたような、何ともいえない表情を、その面に浮かべた。
「・・・らしくねぇことを語っちまったようだな」
実際の所、希望も、絶望も、未だ男の中に確かに存在するのであろう。
ただ、それが己の『闇』に包まれて見つけることすら適わず、
また、抗うことの出来ぬ『業』という名の鎖に繋がれているだけであって。
(・・・もう引き返せねェしな)
男は、青海に向かう者たちとは別の方向に歩いていく。
「その小娘がどうなろうが、俺の知ったことじゃねぇ。今日の騒動だって、 ただ“道”が交わったってェだけだ。それに・・・」
(ガキは苦手だ)
最後の言葉を飲み込み、男は別れの言葉を投げかける。
「縁があればまた会えるだろうよ・・・“あの世”でかもしれんがな」
そして男の姿は、薄闇の中に消えていった。
・・・そして別れから一刻の後。
夜の闇に包まれた森の中で佇む者がいる。
そして、その手の中で仄かに輝くのは、磨き上げられた、鏡。
『嵐か。仕事か?』
『・・・青海だと?』
『急ぎか・・・分かった』
男の呟きが、闇の中を静かに流れていく。
『頼んだよ、<惨光>の』
女の声を最後に、輝きを失った鏡を懐にしまい込み、男は一人ごちる。
「ふん・・・『縁』って奴ァ、どうやら本当にあるらしいな・・・」
直後、男の姿はその場から影も残さず消え去っていた。
●霧子<傀儡>題名:茜射す、それぞれの路
投稿日 : 2000年9月4日<月>19時27分
銃槍を担いだ男が去り、そして傷ついたサムライが去った。
霧子は頭の上に、呟く声を聴く。
『行ってしまったな』
自分に発された言葉のように感じ、彼を仰ぎ見る。しかし声の主は真直ぐと路の先を見つめていた。
「あの鬼の子は、"誰か"のために強くなることを選んだのですもの。 そして"守られる"のではなく、"守る"生き方を。」
(だいじょうぶ。きっとこの子は強くなれる。)
去ってゆく銃槍使いに心の中で語りかけ、ふと、胸に思う。
(私は…?)
(私もいつか、藤麿様の下に居られなくなる時が来るのかしら…)
自分が"守られるもの"でなくなった時。"守るべきもの"でなくなった時。
(私にその価値が無くなったら…どうなるのだろう)
濁炎になにやらがなりたてている藤麿の蔭から(彼の後ろに立つと、霧子の姿は
すっかり隠れてしまう)ひょっこりと顔を出す。
目を白黒させている濁炎と目が合う。
見上げると「なにをしているのだ」と言いたげな藤麿の顔。
霧子は、にぃ…と笑い、得意気に言う。
「ご安心下さいませ藤麿様。濁炎様。桜家の刺客など、私が返り討ちにしてさし上げますわ。 さ、参りましょう」
戦うなと、じっとしていろ鬱陶しいと、言われようとも 私にとって大切な人なのだ。
命に代えてでも"守るべき"人なのだ。
「お傍にいさせて下さいませね、藤麿様」
―――『答を、探しに行かれるのですかな?』
外法師のよく通る声が耳に届く。
●濁炎<世捨て人> 題名:ネザメニタリルウキフネノ
投稿日 : 2000年9月8日<金>02時22分
さて、お集まりの読者諸氏、contracoupという医術単語は御存じだろうか?
ここで一遍、物語から大きく逸れる時間を惜しまぬ方々にのみ向けて、
その説明をさせて頂こうと思う。
直訳するならば”対角挫傷”とでもなろうか。
脳は、人体の中で最も強固な防護壁である頭蓋骨と、幾つもの膜層に包まれ、
緩衝剤である髄液中に半ば浮かぶ形で保護されている。
ここに例えば、後頭部から強い衝撃を与えたとする。
普通に考えるならば、そのダメージは衝撃を受けた部分──
脳後部へとストレートに加わりそうなものだが。
脳は『動く』。意外な震度で、頭蓋骨の内側に激突してしまうのだ。
すると、どういう現象が起こるか?──脳の他の部分よりも突出した前頭葉が
『対角の』『挫傷』すなわち殴打による間接的なダメージ──を受ける事に、なる。
蛇足は以上だ。もちろん、濁炎の今の状況は脳挫傷などと大袈裟なものでなく
せいぜいが軽い脳震盪といった所だが、頭部とはそれ位デリケートな器官であり──
「いでええええええーーーーーーーーーーッ!!!!!」
額を押さえ、濁炎は本気で悶絶した。
誰だ?誰だって?
このデコピンの冴えには──覚えが──。
(『”めびゅうだくえん”?なんだおまえ、元服してもそんなヘンな名乗りか』)
(『天才の僕にまかせればよかったのだ!ぜったい善い名をつけてやったのに!』)
生まれて直ぐ天上天下を指した‥とでも言うような、傲慢な表情口調、でも、
その視線に見下されようと不思議と本気で腹が立つ事はなかった。
(『だかつまる!この方向音痴め!さあ、僕についてこい!!』)
一回りも年下だったが、そんな気はしなかった。
サムライ手術という密室の戦場を共に乗り越えてから多分、対等だった。戦友だった。
生意気な、小さな天才。小さな‥
‥全然小さくねェ‥‥!
「玄亀──なんてまァ‥育っちまって‥。」
首根っこを捕まえてぶら下げる大男を見上げる。返事は無い。
その、心底疲れたといった顔が更に眉根っこを寄せてこっちを見下ろす。
視線が何かを咎めている。
そうか。そういや、お前ももう──
片眉を上げてもう片眉を下げた独特の表情。冴えた目つき、尖った口角の辺り。
影は確かにあれど、此処に居るのはもう明鶴院家のヒヨッコではないのか。
霧子がひょっこりと顔を出す。ふじまろさま、と声をかける。
「へへ‥ふじまろ、藤麿様ねえ‥」
10年の歳月は、長くて、長い。
「ふじまろサマ〜♪だってさゲンキちゃん‥‥ぎにゃあ!
やめてそれはヤメテ!痛いからッ!」
再び素早く、指を額の前に構えなおす藤麿を見て、悲鳴を上げる。
そういう、やりとりの合間に、”蛍子”──瀬ノ尾の姫と名乗った娘、
今じゃ、帰る家無き戦災孤児──の方を、眇目で伺ったら、
なんだかちょっと、笑っていた。
「やったじゃん。笑ってンぞ、あのコら。」
もういっぺん見上げる。やっぱり返事はない。
左右非対称の表情は、なまじ造作が整っている分、余計に邪悪で皮肉げだけれど。
四象五行に通じた陰陽師は、その面持ちを変えぬまま、鼻先だけで笑って寄越した。
●明鶴院 緋城<傀儡師>題名:家のため、己がため・・・
投稿日 : 2000年9月12日<火>13時04分
明鶴院 藤麿
と
濁炎
、
霧子
がやりとりをしていたその頃・・・・・。
虚ろな琵琶の音が響く、明鶴院家の屋敷。
自らの座敷で、家の格ならばむしろ下にあたる客に上座を譲り、
薬師のごとき白の作務衣を着た
<女傀儡師>
は、
今日何度目とも判らぬくらい繰り返された謝罪の辞を述べ、
畳に秀でた額をこすりつけた。
春の星空を散りばめた派手な男の顔は、それでも不機嫌そうな表情だ。表向きは。
実際、当主である「夫」よりも、自分が挨拶に出たほうが
客が「喜ぶ」だろう事は間違いなく、その読み通り、
客は美人をいたぶる加虐を楽しんでいるのが、目の光だけで明らかだった。
もっとも、それにもいささか飽いたらしく、客は、二つの要求を出した。
明鶴院家が作成した、実験用の傀儡の情報を渡す事。
明鶴院の手で、不始末者の
藤麿
を処断する事。
いずれも、格下の平の者になど指図されて、是とするべくもない要求ではある。
しかし否とすれば、今回の全ての不始末は主・桜真幻の知るところとなり、
家にも、「夫」にも塁が及ぶだろう。
名門・明鶴院には、養うべき郎党も多いのだ。
当主の側室として、絶対に避けねばならない事態である。
「されば・・・」
意を決し、
明鶴院 緋城
は控えている郎党に指示を出す。
「
霧子
を」と。
琵琶の音が近付き、座敷に現れたのは、一人の女、いや、一体の人形である。
客の目がそれに吸い寄せられ、隠し切れない感嘆を感じると、
<傀儡師>
はわずかに誇らしげに、努めて冷静に解説する。
「
霧子の四番、『死號霧子』
にございます。
より戦向きに調整された『もの』なれば、お役に立つはず。
これ』をもって当家の裏切り者をお討ち戴く、という事でご寛恕くださいませ」
客は、聞きながら扇子越しに人形を値踏みしている。
顔の造作こそ弟弟子の連れていた小娘風の人形と同じだが、より毒の強い化粧に、 面持ち。
勇ましげな戦装束に押し込められた、豊満そうな肢体。
そして、その格好には全く不釣合いながら、奇妙に美しさを引き立てる琵琶と芳香・・・。
何より、『もの』『これ』という、自分を指す言葉に、
努めて平静、無関心であろうとする眉根がひどく痛々しげで・・・。
客の加虐嗜好を刺激した。
客は、さもつまらない贈り物を受け取るように、一頻り不満を述べ、
その上で『持って帰る』と宣言した。
最後に、恩着せがましく不始末は水に流して差し上げるという言葉 までつけて。
客が発った座敷で、
緋城
は一人泣いた。
自分の『作品』が意にそまぬ者に渡った事を悔やんで。
しかし、家のため、致し方のない選択であったと、諦める事にする。
何せ、
『霧子』
はあと九体あるのだ。
同じ魂同士の接触が、それぞれにどんな影響を与えるか、その実験の予定を 早めただけと思えばよい。
屈辱と悲しみを忘れるため、
緋城
は新たな実験の展開に 自らの心を埋没させることにした・・・。
・・・閑話休題。さて、場面を戻せば・・・
●瀬ノ尾蛍子<−> 題名:「歩き出せ」というココロの声に
投稿日 : 2000年9月14日<木>05時36分
濁炎
と
明鶴院 藤麿
のやりとりを見ているうちに、
自然と口元がほころんでいることに、
蛍子
は気付いた。
(まだ、笑える。まだ、大丈夫。…)
テンブ、寂然、霧子
そして
濁炎
と、
明鶴院 藤麿
の方を向く。
「ありがとうございます。私にはお礼を申し上げることしかできませんが…。」
(それと…)
「ありがとう。」
と、万感の想いを込めて、
風理
に向かって言う。
(この子は、”私”を選んでくれたのだ。何一つ持たないこの”私”を。
せめて、それに報えるようにしよう。)
蛍子
の言葉を合図に、一行は手早く荷物をまとめ、 瀬ノ尾と青海の国境の宿場町を目指す。
しかしそれでも、
蛍子
はなかなか一歩を踏み出せないでいた。
風理
の手が彼女を招いて…。
「歩き出せ」というココロの声が、彼女を揺さぶる。
・・・やがて大きく息を吸いこむと、
蛍子
は
風理
の手を取った。
風理
の手にひかれ、この場を去る最後にほんの一瞬、後ろを振り返る。
<銃槍使い>和彦
と、
<蟲サムライ>雷哮
の去った方角を。
―――『縁があればまた会えるだろうよ・・・“あの世”でかもしれんがな』
旅は道連れ世は情け。一つ屋根の下での束の間の休息。
……次回、第五幕。「湯煙温泉旅情」
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