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第六幕:「青き海を目指して」



●状況描写10
投稿日 : 2000年12月11日<月>05時11分

宿場町「中原」の旅館、「葉山」にて。
一行はそれぞれの思いを秘めて、ある者はひとときの眠りにつき、
ある者は月に祈りをささげ、そしてある者は宵の中へと消えていった。

その頃。

<蟲サムライ>雷哮は闇を賭け抜けていた。
一行との別れより、数刻。
「中原」の関はとうに越えていた…神宮家の苦是衆、天礼手形を持つ 彼にとって、
通れぬ関所など無いに等しい。
すでに、彼のするどい目は、遠く闇に沈む「青海」の都を捕らえつつあった。
明け方までには着くだろう…そう思った刹那、
忽然と前方に現れた二つの影に、彼の疾走は止まる。

「…<惨光>の雷哮殿。」
影からの声が闇に響き渡る。
「今あなたが、いや、神宮家の方が「青海」に入ることは、 我が主殿にとって非常に都合が悪い。
…申し訳ないが、ここで足止めさせていただく。」
返答も待たず、影は二つに分離する。
数十本のクナイと、それに追い討ちをかけるような刃の一撃が 雷哮を襲う。

●<苦是衆>“惨光”の雷哮 題名:意味
投稿日 : 2000年12月13日<水>06時06分

「ふン・・・」
己が疾走を遮る二つの影に、何の感慨も存在しない冷めた視線を男は送る。
(男に・・・女、か)
性別など、関係ない。
戦場に立った瞬間、世にあるあらゆる境界線は消え、そこには
「死ぬもの」と「生きる者」という絶対的な二つの存在が現われるのだから。
(こちらに呼びかけながら、仕掛けるのは見事。だが)
迫りくるクナイと、同時に仕掛けるシノビを前に、男は苛立ちを募らせていた。
「ナメるなよ・・・!」
呟きと同時に、地より突き上がる数十条もの金色の<糸>。
飛来したクナイのほとんどを叩き落とし、絡めとりながら、光の奔流は天へと立ち昇る。
男に斬りかかろうとしたシノビは、素早く後方に飛びのき、刀を構え直した。

「これが、『桜』か!? これが、『桜』に仕える者の実力か!?」
咆哮。
怒りと、憤りを、そのまま二人のシノビに叩きつける。それは獣の叫び。
と、同時に防ぎきれなかったクナイを引き抜く。
溢れ出る血潮は、すぐにその流れを止めた。
「ふン・・・、テメェら如きにゃァ、勿体ねェが・・・」
異様な音をたてて変化する身体に、赤光と、金色の光を纏わせながら
、 男は刺客に殺意を叩きつける。
「来な・・・“惨光”の意味、教えてやるぜ」
虚無を宿す闇色の瞳に、金色の炎が浮かび上がる。
「御代は、手前ェらの命ってとこだ・・・!」

●<桜家・シノビ/クノイチ>
投稿日 : 2000年12月16日<土>00時12分

「ナメてなどいない。苦是衆、そして神宮家は強力な力を持っている。 ・・しかし」
無表情にそこまで言うと、雷哮の前で刀を構え直した男は 一気に間合いを詰める。
しかし、忍刀の一撃が雷哮に叩き込まれる寸前、
男は金色の<糸>に絡めとられ・・
・・・その瞬間。

ドンッ!!

突然、<糸>に絡めとられた男が破裂する。
撒き散らされた炎と煙をつき抜けて飛び込んできたのは・・
今しがた爆散した男と同じ"男"である。
「変わり身か!?」という雷哮の叫びと同時に、
彼の背後に空気を切り裂くような音が無数に響いた。
反射的に振り返った彼の目に映ったのは、一人のクノイチの姿と
自らの影を縫い付ける無数のクナイである。

影を縫い付けられ、振り返ったままピクリとも動けぬ雷哮の耳には、
"変わり身"を使った男の声のみが聞こえていた。
「・・しかし、その強力な神宮家とて、」
足音が近づいて行く。
「消して一枚岩ではないことを、」
首筋に冷たい刃の感触。
「『桜』殿はご存知だ。」
最後の一言に隠し切れぬ畏敬の念を含ませたまま、
男は・・桜家のシノビは、雷哮の首筋にあてた刃を一気に引いた。

●<苦是衆>“惨光”の雷哮 題名:惨光
投稿日 : 2000年12月20日<水>02時04分

冷たい刃を引く。首筋をかき斬る。
蟲入りであることも調査済み。
再生できぬほどにバラバラに切り刻み、死体を燃やし尽くせば任務完了。
しかし、『桜家』のシノビはそれらのどの行動も取ることは出来なかった。
「それがナメてるってェこった・・・。のこのこ近づいて来るなんざ、よ」
ピクリとも動かぬ、腕。
「近づかなかった所で、手前ェは終わってるが、な」
腕、脚、胴、頭。
シノビの身体に線状の光が灯る。
「『クモ』・・・。絡め取られた奴に生きる自由は無ェ」
軽い音を立てて、男を呪縛していた全てのクナイが、地に倒れる。
驚愕に見開かれたシノビの瞳を見据えながら、男は呟く。
「ふン・・・。約束だ、意味を教えてやる」

煌。

全ての<糸>が黄金に閃いた瞬間、シノビの身体は無数に裁断され、
それぞれの『部分』が、血と爆光に彩られて、四散していく。
紅と黄金。
それは死の輝き。惨酷な光。
「これが“惨光”だ・・・。もっとも、見えちゃいなかっただろうが、よ」
『シノビだったモノ』を踏み躙りながら、男はもう一人の刺客の気配を探る。

「さて・・・。死ぬ準備は出来たか?」

●<桜家・クノイチ>
投稿日 : 2001年1月13日<土>04時08分

「死ぬ準備・・・」
バラバラになった"元"同僚の姿をじっとみつめながら クノイチはつぶやいた。
「・・そんな覚悟が出来ているのは"生き抜いた"人だけ。
この人にも私にもそんなもの、ない。ただ戦って、死ぬ。それだけのこと。
・・・"あなた"もそうでしょう?雷哮・・。」

その言葉を遮るかのように、"惨光"を放つ死を呼ぶ<糸>が眼前にせまる。
女は、応戦するために残り少ないクナイを抜き放った。
勝てないことはわかっている。けれど戦わずにはいられない…。
それが彼女の仕事であり、生活であり、
“人生”そのものだったのだから―――。

勝負は一瞬だった。
雷哮は足元に転がった女の死体にちら、と目をやるが、
彼を呼ぶ"声"に気付き、懐の明鏡を探った。
「・・・・・雷哮!聞いてる?・・ねェ、ちょっと・・・」
何でもない、と応える雷哮の声に明鏡からの"声"が重なる。
「まぁいいわ。それより、瀬ノ尾に下賜されたらしい『例のもの』なんだけど・・
あれほど探して無い、ということは、やはり行方不明の瀬ノ尾の姫君
持っているのね・・そうとしか考えられないわ。
…まったく!上の連中にも困ったものよ!!。
自分らの尻拭いは自分でしろ、と言いたくもなる・・大体ね、
“苦是衆”の使い方が荒すぎるのよっ!!・・・」
明鏡越しの愚痴を、雷哮の無愛想な声が遮る。
「・・で、俺はどうすりゃいいんだ?」

「ん?・・ああ、そうそう。瀬ノ尾の姫君・・蛍子という名前だったかしら・・が、
青海に向かっているのは分かっているの。
だから、あなたもそのまま青海に向かってちょうだい。
今まで通り"桜"の監視をしつつ、『例のもの』を奪還して。
・・そのためならどんな手を使ってもかまわないわ・・・。」

●<苦是衆>“惨光”の雷哮 題名:死と諦観
投稿日 : 2001年1月18日<木>04時14分

「・・・やれやれ、だ」
懐に、鏡を差し入れつつ、嘆息。
「まったく、縁って奴ァ・・・」
(面白ェもんだ)
内心そう思いながら、既に動かない刺客たちを見やる。

「・・・生き抜く、ね」
闇を宿した瞳で、一瞥し、男は背を向ける。
(生き抜ける奴なんざ、いやしねェよ)

一歩一歩、確かに青海に向かって。

(いるのは、ただひたすら前に進もうとする奴と・・・)

思い浮かぶのは、あの時の鬼子と、瀬ノ尾の姫君。

(立ち止まっちまって、一歩も前に進めなくなっちまう奴・・・)

『個』の生を捨てた者たち、たった今、自分がその命の灯を消した者たち。

(それと、もう『終わっちまってる』奴だけだ)
『娘』を殺した自分。『仇』を殺した自分。
・・・『死』の中でしか安息を得られない、自分。

“何も無いと思ってる内は、まだ何もかも無くしてはおりませぬ”

飄々とした、だが、瞳だけは真摯な法師の声が蘇る。
(何かが在ると思うには、亡くしたモンがでかすぎらァ、な)
ふと、俯いていた顔を起こす。
「・・・似合わねェこと、考えてやがる」
そんな自分を嘲笑いながら、疾走開始。
音も立てず、影さえ見せず。
死合った後に残るのは、物言わぬ骸と。
墓標の如く突き立つ、<糸>の絡まる刃のみ。

「・・・今更引き返せるモンじゃ、無ェ・・・。なぁ、『冬』よ」
闇に呟く男の声は、誰にも届かず溶けて消え行くだけだった。

●状況描写12
投稿日 : 2001年1月19日<金>02時35分

<苦是衆>雷哮が、青海への疾走を再開した頃。
中原の宿では、蛍子が目覚めようとしていた。

●瀬ノ尾 蛍子<―> 題名:目覚め
投稿日 : 2001年1月19日<金>02時38分

・・・目が覚めてしまった。
そっと起き上がり、周りを見る。
ここは・・"中原"の宿で・・そばにいる人達とは昨日会ったばかり・・。
そう思いつつ布団から抜け出すついでに、隣で寝ている風理の上掛けを直してやる。
それにしても・・・
濁炎さん、いない。どこへ行ったのだろう?こんな朝はやく。)
窓辺に行き、窓をそっと開けてみると、まだ薄暗いようだった。
眼下の成瀬川。この川の流れは故郷の瀬ノ尾まで続いているはずだ。
今はもう無い故郷。
気が沈みそうだったので、それを振り払うかのように身支度することにする。

焼け焦げと泥汚れがあちこちについた着物・・これは昨日の晩霧子
一生懸命綺麗にしてくれたのだが・・それをはおろうとした時、
(あ、そうだ。)
と、ふと思い出し、着物のたもとに手を入れる。
そこにあったのは、青海国の領主宛の手紙だった。
(おばあさまが書いて下さったんだ。無事でいて下さるだろうか。)
・・急いでいたからだろうか、封もされていない。
(それにしても・・・親書ってこんなに分厚いものなのか・な・・?)
表裏ひっくり返したり、まだほの暗い夜明けの空に透かしてみたりするが、
良く分からない。

(ん・・と。・・。・・・。・・・・。
・・ちょ、ちょっとくらいならいい、よね??)
意味も無く左右に視線をはしらせつつ、窓際の壁にもたれて手紙を開けると、
そこには確かに見覚えのある祖母の字で、青海領主宛の親書が書き綴られていた。
その文字に安堵感を覚えつつ、それとは別の奇妙な紙片に目をやる。
それはなんだかとても薄いつやつやとした紙で、
ずいぶんと角張った小さな文字がびっしりと書きこまれていた。

『・・以下は明鏡構造製造法の抜粋であり・・・
詳細は添付されている記憶媒体(白い円盤状物体) を既存の明鏡に接続した後、閲覧のこと。
接続方法は以下の通り・・』


(・・?・・なんのことだろ??藤麿様に聞けば分かるかな・・・)
そう考え込みながら窓際を歩いていたのだから、
昨晩寂然が飲んでいた酒瓶が足元にあることなど彼女には分かるはずもなく。

「わ、わわわっ!?」
当然のように蛍子は酒瓶につまづき、手の中の紙束は宙を舞い、
さらに、紙束の中からすべり出てきた『白い小さな円盤』が、
そばで寝ていたテンブのひたいを直撃する。
「どっ、どーしよぅ・・・!」
おろおろと狼狽する彼女の背中を、昇り始めた朝日がゆっくりと照らしていく・・。

●テンブ<ガンスリンガー> 題名:静穏
投稿日 : 2001年1月20日<土>02時36分

・・・故郷の風景   テラと言っただろうか。
          家族  友人  風のにおい 
             桜  抵抗   殺意  銃声
倒れる友   震える手   冷たくこちらを見下ろす視線

男がなにかを言い放つ。  声は聞こえない。 ただ一つわかっている事は・・・

そこで何かが額にあたって目がさめた。かつて「証し」があった場所。

まだ夢の中の感触が残る手でテンブは額に手をやる。
なんだか銀色に光る円盤状のものが手にふれた。
ひっくり返したりのぞきこんだりしていると、蛍子がしきりに謝っている。
「なんだ、おまえのか。大事な物なんだろ?だったら大事にしまっておきな。
へそくりと宝物は誰にも見つからないところにしまっておくもんだ。」
そう言って蛍子の頭をなでながら円盤を渡す。

「しっかし・・・。」
周りを見るとどいつもこいつもひどい寝相だ。
まだ幼い(と言うと怒られるだろうが)風理や酔いどれ坊主は仕方ないとしても、
藤麿や霧子までもが寝付いた時とは明らかに違う形で突っ伏し・・・・いや、寝ていた。
あまりに滅茶苦茶なので蛍子に言われるまで気がつかなかったが、
昨日の色眼鏡をかけた連れがいない。

「まあ、散歩にでも行ったんだろ。オレもトレーニングしてくるわ。一緒に行くか?」
蛍子は一寸迷ったようだが、ここでみんなが起きるのを待っていると言って、
礼ともに丁寧に頭を下げた。
「あ・・ああ。じゃあ、朝飯までには戻るわ。あんまり気ぃつかって布団直して
あるかなくていいぞ。なんつーか・・・キリがないからナ。」
ぎこちなく答える。礼を言われることにはなれていない。
そのためなんとなく気恥ずかしくなったのだ。
テンブは朝の空気の中へと歩いていく。

また、一日が始まる

●風理<鬼少年> 題名:鏡の中の風景
投稿日 : 2001年1月24日<水>17時51分

テンブが外に出るため開いた襖から、涼しい風がすぅっと流れ込んできた。
窓から入り込む陽光によって暖められていた部屋の空気の変化は、人を覚醒へと導く。
睡眠をより永く貪っていたい者は、そんなことで邪魔されまいと
悪あがきで寝返りを打ち、起きようとしないものだが。

「おはよーー!!今日は青海に行くんだよね?早く行こう。さっさと行こう!」
 体温の高いお子様は、低血圧とは縁知らず。起きたその時から元気いっぱいだ。
起き上がった風理は一つ大きく伸びをすると、手際よく布団を畳み、
自分の体より大きなそれをとてとてと押入れへ運んだ。
掛け布団がずり落ちそうになるのを防ぐには、ちょこんと生えた額の角が役に立つ。
 そして、つぎは身繕い。まずは夜の間下ろしたままにしていた髪を結わなければいけない。
風理はこれが苦手だった。
たっぷりとした髪は、結い上げようと持ち変えるたびに
小さな手からするするとこぼれ落ちてしまう。

(そういえば、ぼく、川辺で寝ちゃったんじゃなかったっけ??
なんで目が覚めたら宿だったんだろう。)

そんな考え事をしているせいで、さらに作業は進まない。
いい加減焦れてきた頃、蛍子がはたから遠慮がちに声をかけてくれた。
曰く、私で良ければやってあげるよ。…でも、
霧子様のがお上手だろうから、霧子様に頼んだ方がいいかも…
でもお忙しいかしら…。私なんかじゃだめだろうけど…云々。
鈴を転がしたような可憐な声での提案に、風理は一も二も無くうなずいた。

 櫛と引き換えに渡された鏡を持って、蛍子に背を向ける。
鏡。―――ごちゃごちゃになった各人の荷物の中に落ちていたもの。
昨日風呂場で藤麿が使用していたような気がする―――
 それを通して見る部屋の風景は、肉眼で見るのとあたりまえだが寸分違わない。
しかし、一瞬。背後で髪を梳ってくれている蛍子の胸元から覗く小さな円盤が、
チカリと光って見えた。

●明鶴院 藤麿<陰陽師> 題名:旅支度
投稿日 : 2001年1月31日<水>17時47分

何やら騒がしくなってきた部屋の中に、うっそりと大きな影が差す。
何の事は無い。文机に突っ伏していた藤麿が不機嫌そうに立ち上がったのだ。

「僕は寝てなどいない。うつらうつらと考え事をしていただけだ」
特に誰に言ったともつかぬ非難の声は、当然誰の耳にも届いていない。
ふと見ると、少年と少女とが、睦まじげに「彼の」明鏡の前で身繕いをている。
別に所有権を主張したいのではないが、
一言断るくらいの礼儀の教育が必要だろうと思い、二人に近付く。

その時目に付いたのは、蛍子の懐の小さな光だった。
(もしや、あれは刻式符?)
刻式符、言霊を式に変換した符である。
膨大な情報を正確に記録するのに陰陽師が用いる物である。
「姫、少年の髪が結えたらで良いのだが、鏡と、その懐の物を貸してもらえないかな?」
なるべく威圧感を与えぬよう、精一杯優しく話し掛けたつもりだったが、
やはり突然声を掛けられて、蛍子はビクッと肩を引くつかせた。
蛍子が振り返り、申し訳なさそうに肯定の返事を返すのを見て、
藤麿はほんの少し傷付いた。
風理の髪が結い終わり、蛍子から二つの品を受け取ったところで、
無理矢理気分を変える。

受け取った明鏡と円盤とを接続し、陰陽師は起動命令を与える。
もう彼の目は、周囲の状況など映らない傲慢な知の子供のそれになっている。
映し出されたのは、立体に配列された碧の光の線画、文字列、数式。
目まぐるしく変化するそれから何らかの情報が得られるのは、
おそらくこの部屋には藤麿だけだろう。
その証拠に、光の乱舞に目を奪われていた風理が、もう飽きてそっぽを向いている。
しかし、藤麿の目は細大漏らさずその光を捉え、藤色の脳細胞に叩き込んでいく。
(これは・・・、これが明鏡の機構か・・・)

符に記録されていた言霊の全てを、陰陽師が記憶し尽くしたのは、
それから四半時ほど経った後の事。その頃には、一向の旅支度は終わっていた。
もちろん、彼の荷は霧子が纏め終えている。
蛍子に符を返し、霧子から荷を受け取ると、彼は立ち上がった。
「さぁ! 今日は関所越えだ。大した策でもないから、抜け方は道々話そうか」
散々待たせたくせに、という一同の冷たい視線は、あえて無視する事にする。

●状況描写12 題名:勧進帳
  投稿日 : 2001年2月19日<月>06時27分

・・朝靄立ち込める中原の関。
その前にたたずむあやしげな一団があった。
法師と、妙な帽子をかぶった男。やたら背の高い陰陽師風の男と、
それに寄り添うように立つ美しい女。
そして頭部を布で覆った少年と、一人の少女。
法師と陰陽師はしばらく相談をしていたようだったが、やがてその二人を先頭に、
その一団は関所内へと入っていった。

「拙僧の名は寂然と申す。
この度、新たな寺院建立の資金を集めるため、諸国を漫遊しております。
・・そしてこちらにおりますのは、この計画に賛同していただき
協力を得ることのできました商人とその家族、そして下男であります。」
そう寂然が見るもあやしげな一団を説明する。
関所の役人はその話を胡散臭げに聞きつつも、返答を返してきた。

「寺の建立の資金集め、とな。・・・ふむ。
ならばその証拠などはあるのかな?たとえば・・」
すると役人の話を遮るように藤麿が前へ進み出る。
「それにつきましては、私の持つこの“勧進帳”が証拠になりましょう!」
と言って懐から巻物を取り出し、ばばっと広げると、
資金集めに協力した人物の名、とやらをすらすらと言ってのける。
それを見てびっくりしたのは風理だった。
なぜなら風理の側から見れば、その勧進帳とやらは文字一つ書かれていない
ただの真っ白な紙だったからだ。
しかし同じ光景をみても、霧子は一切動じることは無かった。
その美しい顔は変わらず前方へ向けられている・・。
勧進帳を一通り読み終えた藤麿がもとの場所に戻るのを見て、
役人は再び口を開いた。

「そなたらの言い分は良く解かった・・・ん?ところでそちらの女童なのだが・・・・・」
何かに気付いたかのような役人を、再度藤麿が遮り、
今度はテンブ指差しながらなじり始める。
「またお前か!!せっかく下男としてやとってやっているというのに、
その妙な格好や髪や目の色のせいで、また法師様にご迷惑を
おかけしてしまったではないか!このっ、このっ!!」
そう言って平手でテンブを打ちはじめたのである。

「お前のほうがよっぽど変・・」というテンブの声は あっさり無視された。
藤麿の(疑われる前にお前らも早くやれ)という無言の目線を受けて
霧子は迷うことなく傘で、
風理はいいのかなぁ、というようにおそるおそる拳で、
寂然はこらえきれずニヤニヤ笑いながら錫杖で、それぞれ
テンブをつついたり殴ったりしている。

「・・・あー。もういい。もういいぞ。」
話の途中で二度も藤麿に遮られ、いささかむっとしながらも、
役人は一人、おろおろとしている蛍子のそばへ行くと、こう告げた。
瀬ノ尾蛍子様ですな?我が主、青海国領主、朝比奈 明継様より
ご命令頂いております。
蛍子様がいらっしゃった時にはすみやかに中原の関を越えさせ、
一刻も早く青海まで起こしいただくように、と。
・・さ、どうぞお共の方々と共に関をお通り下さい。」

●テンブ<ガンスリンガー> 題名:嵐のあと
投稿日 : 2001年2月20日<火>00時19分

 そんなこんなで気を取りなおし、青海領主の元へ向かおうとしたところ・・・・
テンブがいない。
見ると遥か遠くのほうで、うずくまっている人影がある。
「何かしらん?」と思ったり思わなかったりしつつ、通り道なもんで近づいてみると
テンブが地面に向かって”のの字“を書いている。ちょっと涙目で。

「てめぇ!この紫色!いきなりはたきやがって!いてえじゃネエか!」
テンブはとりあえず藤麿にくってかかる。やっぱり涙目で。
 「馬鹿者。お前の活躍で無事に関所を通過できたのだぞ。
もちろんこの天才的な策と演技力もあってのことだがな。
それにこれは藤色だ。そのくらいの見分けもつかないのか?馬鹿者。」
藤麿が特に表情も変えることなくいい返す。
「そうか・・・そうかぁ?ふつーに通れたんじゃねぇか?なあ!それに平手!!
思いっきり殴ったろ!てかげんってもんを・・・。」
 いいかけたところで藤麿が口を挟む。

「そうか。素手で人を殴ったことはあまり無いからな。こうか?」
七尺近い背丈の長い腕は鞭のようにしなり・・・「べちん!!」鈍い音を立てる。
平手打ちというものは、大抵の場合鈍い音の方が痛い。
その証しの様にテンブの左のほほには紅葉と言うにはあまりに大きな手跡が残っている。

 絶句。しゃがみこむテンブ。

これ以上藤麿を相手にしては身がもたないと思ったか、怒りの矛先を霧子変えてみる。
 「お前もお前だ。その傘一体何でできてやがる!妙に重かったぞ・・。」
藤麿を真似るかのように霧子は途中で言い放つ。「鉄ですわ♪」
 ・・・しかも無表情。
 ふてくされてちょっと後ろの方を歩いてみる。
蛍子が気にしているようだが、藤麿がそれを制す。
寂然は寂然であいも変わらずニヤニヤ笑っている。

 一行は領主の元へと急ぐ。何もなかったかのように。

●明鶴院 藤麿<陰陽師> 題名:取り越し苦労
投稿日 : 2001年2月22日<木>01時44分

 ひとしきり、テンブを張り倒してから・・・。
巨躯の陰陽師はふと蛍子を振りかえる。
彼女の少し非難めいた視線が背中に突き刺さっていたのだ。
(やりすぎたか・・・。この辺で止めておくか。)
“過ぎたるはなお及ばざるが如し”の格言は真実である。
いつもそれで失敗する藤麿だった。

―― お前の<式>は、能力を詰め込みすぎだな ――
 幼き日、いずれ君主となるべき男が言った言葉が蘇る。
「一つの式に万能を持たせることは才覚であろう。
だが、一つの能力に万の用途を与える才覚は、それに勝るものと心得よ。」
 まだ玄亀と呼ばれていたころの藤麿が打った<式>をみて、桜 真幻はそう言ったのだ。
口調こそ子供に向けるような優し気なものだったが、
明らかに式とそれを打つものを“道具”と見る心が透けて見えた。
 そんな男に仕えたくはなかったから、国を出たのかもしれない。
天才を自称する男も、その裏には「逃げ」があるのかもしれない。

 今、藤麿たちに追手を差し向けているのはそういう男である。
ほんの小さな事態が、あの男の手に操られた計画の一部だったなどという事は、
実際よくあることだ。
 だから、いくら気を配ってもやり過ぎという事は無い。
それが取り越し苦労で済んだのなら、あとで笑えばいい。

 そう思い、陰陽師は蛍子に言った。
「姫、親書とそれ以外の品々は別々にしておかれた方がいい。
私の思い過ごしであればよいのですが・・・。」

●風理<鬼少年> 題名:負われて見たのは何時の日か
投稿日 : 2001年2月26日<月>01時40分

濁炎が夜のうちに居なくなっていたのは、ショックだった。
その必要があったのだから仕方がないのかもしれないが、
他の者達が気にしていないように見える所も、また、ショックだった。
さらに過日、一時の感情の昂ぶりで和彦と離別を決行した自分にも。
別れたまま、二度と会えなくなるかもしれないのに…。
人はそうして「別れること」に慣れていくのだろうか。

さて、歩いていくは、昨日とは違って晴れ渡った街道沿い。
そして、一人要らぬ傷を負った人物。一向に気にしない一行。
せめても何かしたかった。見て見ぬフリはしたくない。
無関心に流される事に慣れたくないという、せめてもの抵抗。
最後尾を歩くその者の隣に並ぶ為、少し歩調を緩める。
口にするのは謝罪の言葉と、癒しの申し出。テンブは快くその申し出を受けてくれた。

「ちょっと痛いけど、ごめんね。」
身長差を縮める為かがんで貰うと、彼の額に己の額を
(正確には額から生えている角を) 合わせ、大地に祈る。

  ディ=ゴ、偉大なるディ=ゴ。
  この地に生きる人を、癒して。
  理不尽な仕打ちにも耐える、優しい人だよ。
  ぼく達、ル=ティラェに勝るとも劣らな・・

そこまで祈った時、ふと、何かに違和感を感じた。
しかし、次の瞬間にはもうその感覚は嘘であったかのように余韻も残さず消え去っていた。
祈りを続ける。

  貸して下さい、今ぼくに。
  貴方の恵みたる、癒しの手を…

風理を導線として、大地の脈々とした生気がテンブの体へと流れ込んだ。
先ほどの頬にくっきりと残っていた平手の痕も、もう殆ど見うけられない。
テンブの体は羽のように軽くなった気がした。
………が、すぐに重くなることになる。
寝不足の身で神通力を使用したせいでその場から動けなくなった風理を、
背負う羽目になったからである。

「……ごめん。」
かえって迷惑をかけてしまって。自分の思慮の浅さがくやしくてしかたがない。
「坊主、そういう時はナ、『ありがとう』って言うんだ。」
テンブの、そのことにまるで頓着していないような、飄々とした態度での言葉が有難かった。
未熟なお子様如きが少々頼って寄りかかってもも、びくともしない。
そんな、確立された雄々しく力強い背に負われながら、さっきの感覚を思い返す。
懐かしいような、寂しいような。……そう、故郷のル=ティラェの村にいた時のような、感覚。

目を閉じる。
次に目を開けた時には、昼の陽光に照らされた黄金の髪と、
賑やかな街の風景が目に入ることだろう。

●寂然<下法師> 題名:世はなべて事も無し
投稿日 : 2001年3月2日<金>16時33分

寂然はニヤニヤと笑っている。
何と愉快な道中だろう。何と愉快な道連れか。
関所からの滑稽劇のようなやり取り。
心優しき鬼子と黄金色の髪の男。
空は青く、雲は白く、木々の緑が目に心地よい。
「その上、いつ追っ手が襲ってくるかもわからぬときている……
いやはや、なんとも愉快な道中よのう」
若き天才が姫へと忠告するのを聞きながら、思わずニヤニヤと呟く。
さて、何事もなく領主の元へと着けるのやら……。

●状況描写13
投稿日 : 2001年3月5日<月>01時59分

<ガンスリンガー>テンブ<傀儡>霧子<陰陽師>藤麿に食ってかかり、
霧子はそれをシレッとした顔で受け流し、藤麿は蛍子への忠告を与える。
<法師>寂然はその様子を見ながらも、相変わらずニヤニヤわらっていたが、
<鬼少年>風理が夢うつつに言う「早く早く・・・」という声に一行は動き出す。

「青海の国」へ。

“その灯に、たとえ羽を焦がされようとも、一心不乱に目指すのか”
辿り着いた青海の地で一行を待っていたものとは。
……次回、第七幕。「燃え上がる羽」

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