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第七幕:「燃え上がる羽」



●状況描写14
投稿日 : 2001年3月5日<月>02時03分

「青海国」は天羅西方大陸東端に位置する都である。
稀代の方術師、雅千原典政が著したとされる「建城概要」における良都、
すなわち“北に山がそびえ、東に大河が流れ、南に大きな海があり、
西に大道が走っている”という条件にすべて合致したこの国は、
中央大陸への玄関口とも言うべき良港にも恵まれ、交易の中心地として栄える豊かな国である。

領主は名代でもある朝比奈 青海司 明継
当年とって六十八歳という高齢であったが、最近も新たな側室をむかえたという噂があり、
本人はいたって健康そのものであった。
その長子、つまり後継である朝比奈 義明は当年五十二歳。
一向に引退の気配を見せぬ父親の長い治世の間に、この男の気概や野心はすっかり色あせ、
今はただ酒色におぼれる毎日である。

蛍子の生家「瀬ノ尾」「青海」は縁戚関係にあり、
蛍子の叔母は青海領主、朝比奈 明継の三男に嫁いでいた。
青海からから見れば、瀬ノ尾は臣下でもあるため、
今回「桜」から「瀬ノ尾」への突然の侵攻が行われた当初は、
「青海」からも軍が派遣されていたのだが、現在はわずかな軍勢を残して、
全軍撤退しているようである。

これが「青海国」の大まかな現状であった。


●状況描写15
投稿日 : 2001年3月7日<水>01時48分

夕刻。一行は青海国を見下ろす丘陵地帯まで辿り着いていた。
この丘を越えれば、そこはもう青海の都である。
燃える夕陽が、煌きながら青海の海の向こうに沈んでいく光景に、
風理蛍子は歓声を上げた。
藤麿はそんなことにはおかまいなく、目の前の都が陰陽道的に
いかに優れたものであるか、ということを霧子にくどくどと述べている。
寂然の「都の大門が閉じられる前に、行こうではないか。」
という声に、一行は大はしゃぎする子供達を先頭にして丘を下って行った。
一人テンブだけが、しばらくその場に残り、その目を
彼の瞳と同じ色をした青い海のかなたに向けていたのだが、
藤麿の「どうした、下男?早く来るのだ!!」という声に我に返り、
「いつお前の下男になったんだよ!?」と言い返しながら、皆を追いかけていった。

中原の関所へ送られていたものと同じ命令は、この都の大門にも送られていたらしい。
門衛は一行の姿を確認すると、丁重に出迎え、城への案内をかって出た。
蛍子は城へ行く前になごりを惜しみたい、というようなことを言ったのだが、
「ご到着になりましたら、すぐ城のほうへおつれするように言われておりますので。」
と丁寧に、しかしきっぱりと断られてしまった。

青海の城は、いわゆる“丘城”であって、都の中心から少しはずれた場所にあった。
すでに日は暮れ、城内の各所に篝火が焚かれており、ものものしく衛士達が城内を警備している様が見て取れた。
「よくぞこの青海まで。蛍子姫
数人の美女に囲まれながら、満面に笑みを浮かべたこの老人がこの国の名代、朝比奈 明継だろう。
一行はそれぞれ思うところがあったにせよ、今のところは礼儀正しく名代の前でかしこまっている。
「そなたらが、蛍子姫を助けたとか。わしからも礼を言わねばならんな。
だが、こちらの<陰陽師>殿からその話を事前に聞いておったのでな。
安心はしておったのだ。」
<陰陽師>という声を合図に、右手の襖がすい、と開けられる。
一行の目に映ったのは、紫紺の狩衣に縫い取られた、銀色に耀く春の星座。
「…桜の国の平 春星殿じゃ。」


●状況描写15
投稿日 : 2001年3月7日<水>02時13分

平 春星の表情はごく冷静なものだったが、
その目にはぎらぎらした光と共に、優越感と哄笑の色が浮かんでいる。
そのそばには一人の美しい女が控えていた。
きつめの化粧に隠されてはいるが、その顔は驚くほど霧子
に似ている…。春星が明鶴院緋城から半ば強奪するように
譲り受けた四號霧子であった。

「“桜の国の”と聞いて驚かれたかな?」
と名代、朝比奈 明継蛍子に言った。
「今回のことは、まことに気の毒なことだったと思う。
だが生きている者には、生きている者の責任というものがあろう?」
明継はもっともらしくうなづくと、言葉を続けた。

「だが安心召されよ。実は桜殿とも話はついておってな。
瀬ノ尾の領地は瀬ノ尾の者に…つまり、唯一の生き残りである
蛍子姫に還されることになった。だが、蛍子姫もまだ幼いゆえ、
わしからこんな提案をさせてもらおうと思う。
わしの長男、義明蛍子姫との婚儀を行うのだ。さすれば
瀬ノ尾の国の復興に青海として力も貸せようし、両家の絆も深まる
であろう。義明は…ちと年かさじゃが、もちろん正妻とは
離縁させるし…」
明継の言葉は続いていたが、蛍子はぎょっとしたように
その隣に座る長男、義明を見た。
でっぷりと太り、生気の無い顔をしたその男は、彼女の四倍は年を取っているように見える。

「…さて、話はこれくらいにして、蛍子姫もお疲れであろう?」
明継はこの言葉と共に立ち上がり、退出の意思を示した。
蛍子は周りを随身に取り囲まれていたが、なんとかそこを抜け出し、
一行の前まで来ると、泣き笑いの顔でたった一言こう告げた。
「…ありがとう。」と。
その彼女も随身に連れ去られるように、城の奥へ消えていった。

一行は“見送り”と称する数十人の衛士に囲まれ、城門まで送られた。
衛士の一人が、「褒美だ、受け取れ。」
と言いながら砂金の入った袋を一行の足元に放った直後、
重々しい音と共に、城門の扉は固く閉じられた。


●風理<鬼少年>題名:光、失われ…
投稿日 : 2001年3月15日<木>03時14分

「ぼく達はこんなものが欲しくて、ここまで来たんじゃない!!」

足元に放られた砂金の入った袋を拾うと、目前の閉ざされた城門へと、力いっぱい投げつけた。
やれやれと言った風体で、やつあたりに使われ再び地に落ちた袋を拾い上げる坊主にも気づかず、
しばらくの間荒い息をついていた風理だが、しかし、それだけではこの胸を焼く衝動は収まらないようだった。
蛍子をこの手に、取り戻さなければ・・・。
つい先ほど閉ざされた城門へと向かう。
しかし両の足は、高ぶり均衡を失った精神が要求した通りには動かなかった。もどかしく遅い。
その間に、二月は前に見頃を終えたはずの藤の色をした壁が移動し、風理の行く手を遮る。

「とめるなぁ!はなせ!!」

先ほどまで蛍子の『ありがとう』という言葉に停止させられていた思考が、
放られた金袋が引き金となって、爆発していた。
全ての不条理に、吐き気を催すほど怒りを覚えた。

ココでどんなに暴れても、仕方が無いこと。大人達に言われなくても、頭では判っている。
しかし、どんな正当で的確な理由でも、心はそれに従えない。理屈じゃなかった。

「ぼくは認めない!こんな結末・・・絶対認めないッ!!」

なぜ蛍子が4倍もの年の差のある男に嫁がなくてはいけないのか?
なぜ蛍子が味方であるはずの者達に裏切られなければいけないのか?
なぜ蛍子が家族を失わなくてはいけなかったのか?
なぜ蛍子が政治の駒として利用されなければいけないのかっ!?

しゃがむことで目線の高さを合わせてくれている、黄金色の輝きから発せられた心に染み入る声も、
混乱した今の風理の耳には届かない。
がっしりと縛めてくる腕を振り払いたくて、道を遮る長身を渾身の力を込めて拳で殴りつけた。何度も、何度も。

「助けに行くんだ!!…お姉ちゃんは、泣いてる。笑ってないんだよぉ!」

何発目か判らない、がむしゃらに放った肘撃ちが、長身の青年の必殺の場所へクリーンヒットした。
彼の長身と、少年の低い背が災いしたのだ。
まったく無防備であった人体急所の1つを突かれ、流石の青年も思わず縛めを緩める。
その隙に人垣を抜けようと、1歩、2歩、3歩。城門へと駆ける風理。しかし、彼もまた、そこで動きを止めた。

地に倒れ伏し、ピクリとも動かなくなった彼の後ろには、手弱女が鉄製の傘を手にし、立っていた。
「・・・言っても分からない方には、こうするのが一番ですわ。」
そう呟いた彼女の秀麗な容貌にも、隠しきれない陰りが窺える。やりきれないのは皆同じなのだ。

先刻まで、一行の6人各々の顔を赤々と染め上げていた太陽は、
もうすっかりその姿を地平線の彼方へ隠していた。
今、数を減らした彼等の佇む辺りを支配するのは、重苦しい闇と静寂のみ…


●霧子<傀儡>題名:陽陰(光と影)
投稿日 : 2001年3月22日<木>16時16分

「ご安心なさいな。みねうち、ですわ」
一行の方へ背を向けたまま、霧子は出来る限り明るい声で言い放つ。
皆の暗い表情を拭えるように。
この重い空気が、少しでも軽くなるように、と。
「子供は頑丈ですもの!」
よいしょ、と風理を抱き起こし、小さな背に、背負う。
「藤麿様もいつまでも唸ってらっしゃらないで!ささ、立ち上がって
くださいまし!」
うずくまったまま何やらぶつぶつと、うめきとも恨み言ともつかぬ言葉を
口から漏らしている青年の、腰のあたりを小さな拳でやさしく叩く。
(響くから叩くな…という声は、弱弱しすぎて彼女の耳には届いていない。合掌。)
皆が、ようやく口を開き始め、周りの空気が流れ始めたころ。
霧子は瞳に暗い影を宿したままでいた。

………四號 霧子………

何故、あの子が、こんなところに?(明鶴院家に彼女はいた)
何故、あの子が、青海の国に?(もう何年も前のこと)
何故、あの子が、平春星の元に?(見たのはたった一度)
(私が入ることを禁じられたあの部屋に)
あの子は、緋城様に連れられて…(忘れられない)
あの子は、もう二度と会えないと…(私を見ていた彼女の瞳が)
あの子は、私の大切な…(憎しみに満ちていたのを)

(―陰になるのはどちらなの?)

「妹なんかじゃ、ありませんわ」
暗い瞳で、響く声で、霧子が突然言葉を放つ。
四號が霧子にそっくりであった事を、ふと思い出したテンブが何やら霧子に
訊ねようとし、面食らって動きを止める。

この場において、藤麿だけが、霧子の声を理解した。


●明鶴院 藤麿<陰陽師> 題名:宵闇に浮かぶ光明
投稿日 : 2001年3月26日<月>18時56分

 いささか、猫背気味なのがいただけないが・・・。
 痛々しい霧子を放っておく訳にもいかず、なんとか立ち上がる。

 無理も無い。
 自分と同じモノ、自分の代わりが存在する。
 なんと恐ろしい事だろう。「天才」を自称する、ユニークである事だけが取り柄の陰陽師には、他人以上にそれが解かる。
 まして彼女は、「代わりができたから廃棄」が決定していた「人形」だと、
そう言われていたのだ。本人は知らぬ処で・・・。
 それが許せなくて、霧子を連れ出した。
 藤麿にとって、霧子はたった一人の霧子だから・・・。

(義母上も、罪な事をなさる・・・。)
 何も、自分たちの追っ手に死號を放つことも無かろうに。
 まして、あの春星までつけて・・・。

 春星。
 藤色の脳細胞が、思考を飛躍させる。
 あの男がこの地にいるという事は、これまでの心配は、残念ながら取り越し苦労ではなくなった。瀬之尾の姫が「あれ」を持っているからには、その身に危険が及ぶ可能性は限りなくなく高い。
 何より、彼女はあんなバカ殿と結婚したがってはいない。

 ニヤリ。いつもの邪悪な笑みである。
 瀬之尾の姫を助け出し、桜真玄に踊らされる者共に一泡吹かせるのもおもしろい。そのための準備は、全く無いわけでもない。
「お前たち、今夜泊まるあてがあるか? あるはずも無い!! この僕が、宿を紹介してやる。ついて来い!!」
 一同の怪訝な顔、いや、風理は何を言い出すのだと非難がましく睨み付け、寂然法師は何を思い付いたかと楽しげに、大男を見た。

「家来に書状を届けさせておいた。間違いなく、僕らの力になってくれる。
 ・・・色々とな!!」

 そう言うと自分の荷を持ち、霧子の手を引っ張って藤麿は歩き出した。行く先は、濁炎に手紙を届けさせた冬月屋である・・・。
    


●状況描写17
投稿日 : 2001年4月4日<水>04時25分

『冬月屋』は、ここ青海における屈指の“はたご”である。
そして藤麿にとっては彼の実家・明鶴院家の
先代から付き合いのある店でもあった。
もう日も暮れたと言うのに、未だ大勢の人間が篝火の下で忙しそうに働いている
間をぬって、一行はそののれんをくぐっていった。

「随分と忙しそうだな。」
のれんをくぐった藤麿は、奥で酒樽を担いだ人足達を指図
している初老の男に声をかける。男はその声に気付くと、その場を
他の者にまかせ、一行のほうへ近寄って来た。
「これはこれは・・・明鶴院 藤麿様。ごぶさたしております。
いや、なんとも。この様でしてね。
なんでも青海の世継殿の朝比奈 義明様と、瀬ノ尾の姫君との
婚儀が急に執り行われるそうで、その準備のためにおおわらわなんですよ。」
そう笑いながら近寄ってきた男は、ふと真顔になると、すいっと藤麿に
近づき小声でこう付け加えた。

「(・・・濁炎様より書状をいただきました。
それから言伝を・・“オレはオレで動く。”とのことだそうです。
それから、御一行様に会わせたい方がいらっしゃいます。
奥の部屋を用意しましたので、お会いになってください。)」
そう言い終わると、男は笑顔に戻り「では、ごゆっくり。」
と何事もなかったように再び作業に戻っていった。

外の喧騒も、この奥まった部屋までは届かないようだった。
暗い行灯に照らされたその部屋の奥、影に潜むように一人の女が座っている。
一行が部屋へ入って行くと、女はその影から転がり出て
蛍子様を、蛍子様をお救い下さい!!」
と押し殺したような声で訴えた。
女は落ち付きを取り戻すと、自分の名前はと言い、
蛍子の乳母の子…つまり乳兄弟であり、
今は青海の城内で下働きをしてる者なのだと名乗った。
「今度の婚儀はあまりにも・・・あまりにもひどすぎます!」
そう涙ながらに言うだったが、蛍子を救うためなら
どんなことでもする、と固い決意を持っているようだった。

の話によれば、婚儀は三日後の満月の夜、
青海の海岸線沿いにある『水神神社』にて執り行われる、とのことだった。
青海城ではこのところ内外の警備がひどく厳しくなっているが、
婚儀の際は神事であるため、外はともかく社殿内の警備は
ごく少数に限られるだろう。
蛍子を救い出すのはこの婚儀の時をおいて他は無い、と
は言った。


“人たる者”も“人ならざる者”も、
自らの想いのために愛し、憎み、戦い...そして死んでいく。
己の存在を確かめるように。己が生きた証を叫ぶために。
……次回、第八幕。「月下争乱・壱」

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