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第九幕:「月下争乱・弐」



●状況説明19
投稿日 : 2001年9月19日<水>02時11分

「お姉ちゃん達・・・遅いね。」
<鬼少年>風理は、隣にいる<ガンスリンガー>テンブに小声で話かけた。
寂然を見張りに、藤麿、霧子、風理、テンブの四人が宮内に入ることになったのであるが、
見張りを陰陽術で先に眠らせておくために、藤麿霧子は先行して侵入していたのである。

「だいたいさ、紫の背の高いアイツがさ、“僕がひと仕事する間、その辺に隠れていたまえ”
とか言っといてさァ、なかなか帰ってこないし。それに・・・。
・・・・・ねえ。テンブさん聞いてる?」
しかしテンブは何かに気をとられているかのように
「…あァ。」と生返事を返すばかりだった。
テンブはテンブで気がかりなことがあったのだ・・・この感覚。
感じるのに姿は見えない。焦りがつのる・・・どこから、見ている?

焦るあまり、風理が「もうっ、いいよっ。僕、見てくる!」と言って駆け出して行くのを
止めるのがほんの一瞬間に合わなかった。
「待てっ、風理っ!」
そう言って飛び出そうとした瞬間、背後に殺気が実体化するのを感じ、ほぼ
本能だけで第一撃目を避ける。

「なるほど。反射神経はいいわけだ。」
その時、振り返ったテンブの青い目には
そう言い放つ<女サムライ>の姿が捉えられていた。


●狐晃(ココウ)<女サムライ> 題名:神宮家エージェント
投稿日 : 2001年9月19日<水>23時37分

「“毛色の変わったやつ”が一人いる、って話は上から聞いてたが。おまえか?」
狐晃は自分の左手で右手首に埋め込まれている≪珠≫(オウジュ)に触れながら
(これが彼女の癖だった)そうテンブに聞いた。
彼女としても、別段返事を期待していたわけではなかったらしく、そのまま話を続ける。
「変な武器、使うんだろ?苦是衆のヤツが言ってたね。
・・にしても、苦是衆なんかに目ぇつけられるようなやつらには見えないけどね。
ま、どうでもいいか。あたしは・・」
と言って、おもむろに肩に流れてきた長い髪の毛の束をうざそうにはらいのけ、
そのまま一挙動で深い踏み込みからの珠刀の一撃をテンブの肩口に見舞った。

テンブが反射的に抜いた“サンダラー”が狐晃の珠刀を受け止める。
その時、至近距離にある狐晃の唇が動くのをテンブははっきりと見た。
「あたしはあんたを殺して苦是衆の一員になる。」
完璧な微笑みの形をとるその唇は、来た時と同じように瞬間的に
遠ざかって行った。
テンブにとってかろうじて視覚にとらえることができたのは、
彼女の体に埋め込まれた≪珠≫の輝きの残像だけだった。


●テンブ<ガンスリンガー> 題名:疾風勁草
投稿日 : 2001年9月21日<金>04時23分

 「あっぶねェ!!」
 相手の太刀をかろうじて受け、思わず唇をゆがませて叫ぶ。
次の瞬間・・・すでに相手の姿はない。テンブはどこともない虚空に向かい、呼吸を整えながら呟く。
 「俺にはやることがある。桜真幻を倒して、そしたらテラに帰らにゃならねーんだワ。妹が待ってるモンでネ。
 だから、勝手な都合で殺されるわけには・・・」
 (視覚に頼るな・・・全身で感じろ・・・)
 風。殺気に満ちたそれが一筋に迫る。
 「・・・いかないネ!」
 狙いすましたように身をかがめる。テンガロンハットが闇に舞う。
 「ハッハア!!カウンタぁー!」
 上半身だけで振り向き、狐晃の足を狙ってトリガーを引く。一条の光が闇の中を走る。     ・・・・光は前触れもなく弾けた
    
    そこに残るのは完璧で、勝ち誇り、凍えるような冥い微笑み。
 
「この至近距離で・・・落とされたのかヨ?」
声にならない声でそう呟いたとき、すでにその唇は消えていた。
 
 ・・・風は、まだ吹き荒れる。


●和彦<銃槍使い> 題名:桜の傭兵
投稿日 : 2001年9月21日<金>21時28分

(おねえちゃんが、待ってる!今こうしている間にも、心細い想いをして待ってるんだ!)
だから、急がなければならない。
そう、目的に向かって邁進するあまり、孤晃の殺気にも気付かなかった風理だが、
待機場所である本殿を通り過ぎ、次なる回廊へと向かおうとした所で、足止めを余儀なくさせられた。

風理の目線すれすれに一筋の軌跡が走る。
脇の柱に掛かっている燭台に赤い炎が灯り、激しい勢いで燃え盛る。
一時、辺りにはほのかに明るい光が満ち溢れ、暗闇に慣れた瞳を焼く。
その光に目が慣れるより先に、遥か通路の先の闇から、声が聞こえた。

「奇遇だな」

耳朶に染み込むような、独特の感情の抑えられた深い声。
そう、あれは気のせいではなかったのだ。
バシュッという音の後に、微妙な紗の流れるサァッ…という音の続く…―――銃槍の着弾音。
風理が今まで、間近で聴いたことなど無かったそれ…。

目を凝らしてじっくりと、声の発せられた方を探る。
闇の中、月明かりに照らされて煌く刃と、ぼんやりとした長身の男の姿が、見て取れた。

「和彦さん……なんで。なんで、ここにいるのッ!?」

こんな所に、まるで敵の居る様な所に居るのかという風理の問いに、
相対する和彦は無言のうちに、瞳に剣呑な光を湛えた。
その光にビクリと気圧された拍子に、風理は自らの問いの答えを思いついた。

 道祖神で蛍子お姉ちゃんたちに会う前、ぼくたちが向かっていた先は“桜”の領地。
 和彦さんはその地で仕事を探す手はずになっていた。
 仕事は傭兵。……主に雇われて働く、戦いのプロフェッショナル。

「そういうことだ。今の俺は桜の傭兵。侵入者に容赦はしない。
敵は、討ち果たすまで…」
「敵なんかじゃない!」

反射的に否定の言葉が口をつく。しかし、そんな反抗は物ともせず、和彦は容赦なく先を続けた。

「敵だ。桜を裏切った陰陽師と共謀して、瀬ノ尾の姫を奪いに来たのだろう?
その為には戦闘も辞さぬとの心構えで…」

和彦が風理の紫の瞳から視線を僅かに外し、ちらりと向けた先は文様。
頬や手足に描かれたそれは、ル=ティラエの戦士達の刻印するシャ=ラズに似せた、戦いの文様。
戦いを嫌う風理がめったに描こうとしなかったものだ。
それを纏うということは、すなわち、何者にも勝る覚悟の証と見て取れる。

「覚悟は、出来ているな?……蛍子を救いたくば、俺を殺せ」


「お前が俺を殺さないのなら、俺がお前を―――殺す!」


●風理<鬼少年> 題名:死ぬか殺すか、それよりも
投稿日 : 2001年9月25日<火>04時30分

余りの衝撃に、瞳は微かに存在していた光をも、その網膜に映しだすことを拒否した。
まるで真の闇に包まれたかのような錯覚が風理を襲う。

この動揺をどうにかしようと、ほんの…ほんの少しだけ、距離を離そうとした。
しかし1歩…2歩…と後ずさるうちに、恐ろしさは堰を切ったように襲って来て、
気がついた時にはもう全力で逃げだしていた。
先ほどは気づきもしなかった本殿と回廊の境目に足を取られ、バランスを崩し、
体制を立て直そうとたたらを踏み、本殿へとまろび入る。
その音にちらと振り向き、新手の追っ手の存在に驚いたテンブは自分を庇おうとしてくれた。
しかし、目の前の相手で手一杯だろうテンブに、これ以上負担をかけさせるわけには行かない。

「…大丈夫だよ。和彦さんは、きっと判ってくれる。
 だから、テンブさんは、そっちのおサムライさんを……」

自らが、決着をつけなければ…前には進めない。過去に負けては、いけないのだ。

  あの事件の後、食べ物を受け付けなくなった自分を
     叱咤しながら献身的に介護してくれたのは、誰だったろう……
  贖罪の為とは言え、一人でも生きていくのにやっとであろう17という若さで
     自分を養うと言ってくれたのは、誰だったろう……
  旅の先々で、人々が無遠慮に送ってくる奇異の目から
     ずっと自分を守ってくれたのは、誰だったろう……
  仕事中、足手纏な自分のせいで危険に巻き込まれても
     見捨てずに血路を開いてくれたのは、誰だったろう……

―――世界の全てだと、全身全霊を賭けて信じ頼ってきたヒトは。


思い出の中と同じ大きなエモノを携えた、今、敵として自分の命を狙っているヒトは、
弾丸の再装填を終え、こちらに向かって、歩を進めている。
万が一にも助かる事の無い、一撃で確実に仕留められる距離まで近づくつもりだろう。

男の殺気当てられ体が動かない。
その間にも、一歩一歩、距離は確実に縮まっていく。
もはや射竦められた足は言う事を聞いてくれず、視線も男の瞳に釘付けられた身に
残されたこの場を乗り切るための手段は、ただ一つ。
 『テェ=ライによる直接攻撃』 のみ…。
目前に存在する物体が危険な物へと成る前に排除すれば、
危険は回避できる。
しかし、風理はこの期に及んでも、和彦を殺すという決断は、できなかった。

「やっぱり……できないよ。」
ポタリと双眸から涙がこぼれ落ち、床を濡らす。


「…馬鹿が。」
それは風理が聞く、最後の言葉になるのだろうか。
そして、最終宣告を終えた和彦の愛用の銃槍の先端が、風理に、向けられた。


●狐晃(ココウ)<女サムライ> 題名:声無き笑い
投稿日 : 2001年9月29日<土>01時17分

「・・・帰る?」
狐晃はそれまでの一切の動きを止め、幼いとさえいえるようなその顔を
ほんの少し左に傾けながらそうつぶやいた。
「・・・どこに?」
長い睫毛を伏せて、その視線を珠刀の切先に移す。
その瞬間、その切先は狐晃の声無き笑い声とともにテンブの足を薙いでいた。

「あたしの知っている“帰る場所”とやらは、ただひとつ。
人が生まれ死んでいく、その“場所”だけだ。
今、おまえが還っていくその場所だ・・・。」

狐晃はそう言いながらテンブの切断された右足を無造作に蹴り上た。
珠刀に付いた血の雫を振り払いながら、その雫と同じ色をした≪珠≫の輝きに
包まれた女が、地をのたうちまわるテンブに向かってゆっくりと近づいていった。


●テンブ<ガンスリンガー> 題名:たいせつなひとへ・・・
投稿日 : 2001年9月29日<土>02時51分

 不意に世界が反転する。体が「壁」にぶち当たる。
それが先ほどまで、自分の両の足で踏みしめていた床であること
を理解するまで、数秒を要した。だが、なぜ倒れたのかがわからない。
 目の前に「ぼとり」と落ちてくる物体・・・それが何か理解するかしないかのうちに、激痛が押し寄せる。
 「あ゛ア゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
声を出さずにはいられない。視界の隅に狐晃のすがたがちらとうつる。
それはまさに「修羅」だった。床一面の血を指でなぞり、うれしそうに眺め、その頬に幾重にも線を書く。
 無表情に笑う死神は、確実に迫ってくる。無造作に弾丸を放っても、それはむなしく闇に消えていくのみ・・・。
         ・・・・もう俺に勝ち目はない。
 恐ろしい・・・。  さむけがする・・・。
メガカスム・・・。

――― 朦朧とする意識の中、銃槍らしき音が響く。ふいに和彦の顔がうかんだ。
 「悪い・・・。風理のこと守ってやれそうにネエわ。でもあいつ、強い奴だぜ。たぶん・・俺よりもナ。だから・・・」
―――次に浮かぶのは風理。
 「こんな事言うと怒るだろうケドな、お前見てるとテラの妹、思い出すンだよな。
 チカゲっていって・・・まあ、俺もそうだけど、半鬼なんだわ。
 ・・ああ、何で俺、角折っちまったのかなぁ。ツマンネーこと気にしなけりゃあ、お前みたいに強く生きてりゃあ、最後に「話せ」たのになぁ・・。無責任なこと言うけど、怒るなヨ。
 ・・・お前は生き延びてくれ、風理。」
―――そして妹、チカゲ。
 「ごめんな・・。兄ちゃん・・帰れそうにないわ・・。ごめん・・・チカゲ。」

 もし、神や御仏言うものが存在するならば、彼の言葉を届けてくれるだろうか?
死を覚悟した者の最後の言葉、そして想いを。
 だが、男の近くにいるのは死を運ぶ風のみ・・・。


●和彦<銃槍使い> 題名:珠の心
投稿日 : 2001年10月2日<火>08時16分

 ドッ、ドンッ!
連続して発射された2発の銃弾は、狙い定められた点へと過たず吸い込まれていく。
2点、額と胸の共に真の中央部。鬼の象徴たる角<アル>と心珠<ディ>へ―――と。
その瞬間、無意識に目を逸らしていた和彦が再び目を開いた時、
その先に映ったものは赤だった。緋、真紅、…血の色。
――――ただしそれらは血ではなく、コロコロと転がる赤い球だった。
見紛う筈も無い。自らが独り立ちすると言う風理に持たせたモノ。珠。
その数歩後ろの位置に、風理は傷一つ無く立っていた。
何一つ変わっていない。
急所を守ろうと、翳した腕の文様が、微かに赤く煌いている他は……。

「文様が…珠衝器の代りとなったか…。」
低く呟く和彦の声に重ねるように、風理が口を開く。
「……オウジュとかジュショウキとか良く判らない。
でも、普通の弾って、とっても硬い金属で出来ているんだよね?
こんなちょっとした地の護りなんかじゃ、壊せるはずない。…わざと、弾を変えた?
それは、ぼくを殺すつもりはなかったって……ことだよね? ねぇ、和彦さん!」

 確かに。和彦が今放った弾は、
珠を二連に込め、一つを砕くことでもう一つを飛ばすという原始的かつ非効率極まりない手法を使っており、
筒状の弾丸の中に珠を詰め珠の爆発力でヒイロ金製の弾丸を飛ばす通常の弾ではなかった。
しかしそれは手元に弾丸に入らぬ規格外な珠しかなかったせい。
決して、……決して!!手加減などではない……はずだった。

「小童が、知ったような口を聞くな。
奇跡は二度は無い。死にたくないのなら、少しは抵抗して見せろ。…余りに呆気無さ過ぎる。」

なお反論しようとする風理の目の前に、和彦は抜き身の小太刀を突き刺した。
かつて、己を殺させる為に風理に握らせたもの。そして結局は己が風理を殺す為に用いようとしたもの。
昔、和彦が父の形見に貰い受けた物だというその刀は、
双方の血を吸っているが故に、彼らの目には他のどの妖刀よりも禍々しく写る。

握った拳を小刻みに震わせながら、じっとその小太刀を見据える風理の前で、
ゆっくりと、銃槍から爆射槍を引き抜き、正眼の位置に構えながら、
和彦は傭兵仲間の間でよく聞いた言葉を思い出していた。

 『人を殺すのは珠ではない。使用者の「殺そう」と想う心こそが、人を殺す。』

それが真実なら、自分には風理を殺せないかもしれない。
四散した珠の欠片が、そのことを如実に示していた。
―――――珠が教える、真実の心。
しかし、
引く訳には行かない。敵を倒せる強さを、風理に身に付けさせるまでは。
己の命を狙うものは、親子兄弟であろうとも倒す。……そんな、心の強さが無くては、戦場では生き残れない。
非情であろうとも、それが、現実だから。


●風理<鬼少年> 題名:語り合おう、心開いて
投稿日 : 2001年10月5日<金>04時40分

受け損ねた刃が、避け遅れた突きが、次々に頬を肩を腕を、全身を切り刻んだ。
鮮血が空を舞う。
そう、犀は投げられた。少年は刀をその手に取ってしまったのだから。

 「なんでぼくたち、殺し合わなきゃいけないの!?
 もうぼくは、和彦さんのこと仇なんて思ってないのに!思っていたくはないのにッ!!」
胸に抱えた想いを乗せ、泣きたいのを必死に抑えて繰り出した横薙ぎも、
重装備を抱えた身とは考えられないような軽やかな跳躍の前にただ、風だけを斬る。

黙々と槍を振るう和彦の表情は、不満足げで、どこか哀しそうに見えた。
しかし、何が不満なのか哀しいのか。
今風理と敵でいることを哀しいと思ってくれているのだろうか。それとも……。
なまじ無表情ではないだけに、不安は募る。

 「答えてよ!」
すでに全身は流れ出した血でいたる所がまだらに染まっている。
肩で息をつきながら、必死の思いで搾り出した声で叫んでも、―――返事はなかった。

 (和彦さんは本当に、…ぼくを殺したいのかもしれない。
 今まで一緒にいたのは義務だからで、本当は、殺したいほど嫌いだった…?)
途端に、今まで気にならなかった無数に走る傷の痛みが突然耐えがたいものとなった。
ずきずきと、鼓動を打つたび熱を持って身をさいなむ全身の痛みに、気持ちが挫ける。

 「刀なんか、いくら交えたって……判らないよ。和彦さんの考えてること。
 ……聞こえないよ!心の声!!」

もう止めよう。そう思った。
わざわざここで和彦と戦わなくても、良いのだ。
一度ここを離れて別のルート…たとえばル=ティラエの風理ならば海上からでも、
蛍子の居るだろうはずの所まで行くことは可能なのだから。

しかし、その方法には決定的弱点があった。
和彦は銃槍使い。距離おいての戦いが本来の間合いの、飛び道具のエキスパートだ。
相手に有利な間合いにむざむざ入っていくなど、結果は推して図るべし。

そのことに気づき、絶望すると同時に、風理はしかし一つの光明を見いだすことができた。
遠距離攻撃が相手の間合いならば、近距離で刀を交わすという今の状況は、
和彦の得意とする間合いではないということを。
   『狙撃手は姿を見られた時点で、負けだ。』
昔、和彦が言った言葉を思い出す。それによれば、今の状態はもう負けている……ことになる。
事実、浜辺にいた時点で超遠距離からの不意打ちを放っていれば、
和彦は確実に風理達全員を仕留めることが出来たのである。
それをわざわざ、姿を現したのはなぜか……。

 ココロが、見えた。

目を閉じて、ひとつ頷く。深く、とても深く。
 「……ぼく逃げないよ。ぼくはずっと和彦さんを、信じているんだから。」
小太刀を正眼に構える。
真正面から、振り下ろされる刃を、受け止めた。


その時だった。
背後で鈍い音と、まさに断末魔と間違わんばかりの悲痛な叫び声が聞こえたのは。
 「テンブ…お兄ちゃんッ!!!」

そして、思わず振り向き気を反らせた風理の掌の中で、
因縁の小太刀は、根本から折れ飛んだ……


●テンブ<ガンスリンガー> 題名:friends
投稿日 : 2001年10月6日<土>02時31分

 すべてが遠ざかっていく。
故郷の思い出も。天羅での出来事も。
 みんな闇に消えていく。
テラの人々も。この旅で出会った仲間も。そして、たった一人の妹の顔まで。
「・・・ちがうなァ。俺が闇に飲まれてくのか。」
「死」―――漠然と、いつもそばにあったもの―――
それを迎えいれようとした時・・・声が聞こえた!!
「テンブ・・・お兄ちゃんッ!!!」

「チカゲ!!」
マダシネナイ・・・死にたくない!!その思いだけでトリガーを引く。
 だが、距離は先程とほぼ同じ。死神は笑ったまま、再び弾丸を落とそうと
刀を振る。その軌道は確実に標的を捕らえようとしている。
 (落とされるな!行けェ!!) ・・・無意識の集中。 地の力。
 弾丸が加速する。刀が虚しく空を斬る・・・と同時に狐晃の上半身が大きく
仰け反る。 ・・・ドスリッという音を立て、風は止んだ。

 冷静に思い返してみる。 ―――「テンブ・・・お兄ちゃんッ!!!」
「ああ・・・アレ、風理の声か?聞きまちがうとは、われながら・・。」
苦笑いするほかにない・・・。先へ進もうと、なんとか床を這う。
「しかし和彦よぉ、オマエの『お守り』、効き目バツグンじゃねーの。」
 目の前には自分の、おびただしいまでの血が広がっている。力が入らない。
「・・・アリガトな、風理。」
 
そこでテンブは意識を止めた。


●狐晃(ココウ)<女サムライ> 題名:真紅の光景
投稿日 : 2001年10月7日<日>02時36分

狐晃は全く感情の混ざらない目で、目の前の男を見た。
自らの血の海の中でのたうちまわる、片足を失った男。

だがそういった光景は彼女にとっては、もはや見慣れたものだった。
例えるならばそれは灰緑色の杉並木や、どこまでもつづく赤茶けた街道、
あるいは晴れた日の青い空、そんなものと同列だった。
彼女はその“真紅の光景”を自ら見慣れたものとしたのだ。
この世界では自分が手に入れられるものなど、何一つ無いと思っていたのに。
今はそれを手にする事が出来る。己の力と血と鋼がそれをかなえてくれる。

(この仕事が終われば、苦是衆への推薦が受けられるだろう。)
そう考えながら男に近づいていく。この仕事を“終わらせる”ために。
目の前の男は、最後の力を振り絞ったのか、緩慢な動きで武器を持ち上げ、
己に狙いを定めていた。
(妙な武器といっても、結局少し変わった珠銃と同じ。
サムライ化した今の自分ならば、やすやすと避けられる・・・)
狐晃は珠刀をひらめかせ、弾を避けようとした、

瞬間

狐晃の強化された視力は、テンブの放った銃弾の弾道が
突然折れ曲がったのを捕らえていた。
まるで、何かの意思の力が、無理やり弾道をねじまけたかのように。
「なっ・・・」
額に激しい衝撃を感じ、狐晃は体をのけぞらせた。
なぜ!?疑問を感じる間も無く狐晃の意識は薄れ、
そのまま真紅の闇に呑まれていった。


●風理<鬼少年> 題名:必ず道は開けるから
投稿日 : 2001年10月9日<火>22時41分

斬る為に設えられた両刃の穂先は、小太刀を砕いてもなお勢いを殺しきれず、
振り向いたが為に無防備に晒された少年の左肩口へ、ザックリと落ちた。

吹き出る血の勢いによろめきながら、
それでも風理は、テンブの倒れている場所へと向かおうとした。
ヨロヨロと。唇の端からも血を滴らせながら。
刃を止められなかった後悔で蒼白になりながら、二の腕を掴んだ和彦のその手をも、
振り払おうともがいて。

「はなしてッ!…テンブさんが……」

「お前は…敵に後ろを見せるのか!?」
その傷で……。
後一撃食らえば確実に死ねる、ほんの少しでも深かったならば刃は心臓に達していた傷だというのに。
問うた和彦に、風理は今度は体ごとくるりと振り向くと、激昂し、言い放った。
「敵なんかじゃないっ!!
……もしそうなら、後ろから撃てば良いよ。 ぼくは、行く。」
胸の内の想いを説明しようと、焦れたように、もどかしげに言葉を紡ぐ。
「…後悔、したくないもん。
リィ=ラが死んじゃった時みたいに…
もしかしたら、助けられたかもしれないのに、恐くて、子供なんかじゃ役には立たないって言い訳して、
―――逃げ出した時みたいに!」
そこで、ふと一息つくと、視線を外し遠くを見つめ、続けた。
「一度逃げ出すとね、前に進めなくなっちゃうんだよ。
なんで逃げ出しちゃったんだろうって、後ろばっかり振り返っちゃって…
でも、逃げ出した自分を認めたくないから、後ろにも戻れなくて、立ち止まるしかなくて…
“時”が流れなくなるんだ。
ぼく、もう、そんなのやだもん。早く時を流して、大人になって、それで…………対等になるんだから。」
最後は人に聞かせる為でなく、自分に言い聞かせるかのように小さく、呟く。

腕を握る力が、弱まった。
その隙に、腕の縛めから抜け出し、再び歩き出そうと背を向けたその時、
風理は、不意にぎゅっと後ろから抱き締められた。
聞き慣れないたどたどしい真言が聞こえ、傷ついた体が癒されていく。
  アタタカイモノが体中を巡る。
しかし今はそれよりも、小さな体をすっぽり包む大きな腕と、
「済まない」と耳元で囁かれた言葉の方が、嬉しかった。


●和彦<銃槍使い> 題名:拝啓、小さな相棒殿
投稿日 : 2001年10月9日<火>22時46分

その場を離れ、水面に映る月明かりを手がかりに一人奥の間へと歩を進めながら、
和彦は自らの心を見つめていた。

 (俺はただ、一人になる事が怖かっただけなのかもしれない。)
自分の主義と全く反する人物からの依頼をなぜ了解したのか……。
風理の決意を試す為。能力主義の傭兵であるという誇りの為。
そのような題目を並べ立て、誤魔化していた。自分自身を。
傍に居たければ、この様な回りくどい方法など取らず、始めから着いて行けば良かったのだ。
素直になれない己の性分を、疎ましく思う。
   それに現在の状況も。
あの後、テンブを助け三人でこの道を行くことも出来たのに、たった一人、回廊を歩んでいる。
自分をあそこまで信じてくれた風理のことを、自分は結局は信じていないのだろうか。
この行動とて、春星や狐晃を裏切った自分を誤魔化す為の、自己満足かもしれない。
――― しかし、これが和彦の選んだ道だった。
養い子への本当に最後の餞別は、彼自身が己の道を進むこと。
他人を信じて待つことが強さなら、自分を信じて行動することもまた強さだから……。
後悔の念を振り払い、和彦はただ、黙々と目的地を目指した。
回廊を抜け橋を越えた先の、小さな浮島の小部屋を。

最後の角を曲がると、足音に気づいたのだろうか、
御簾の奥で、純白の豪華な花嫁衣装を纏った清楚な人影が、こちらを見つめている。
速度を落とさずそちらへ近づいていく和彦に、彼女は驚いた様子で静止の言葉を掛けてきた。

「進んではダメです。……そこは!!」
「解っている。」

この橋は、それ自体が直属の“雇い主様”が仕掛けていった最期の罠。
領域内に一歩でも踏み入れれば爆破式が作動する。

「しかし、起動板を動かしては術者に気取られてしまうからな。
―――案ずるな。お前の所まで炎は回らん。」

妙に清々しい気分だった。
仲間を危険にさらしたくないという心に、素直にしたがっているからか……。
 (其ならば他に幾等でもやりようが在っただろうに。)
罠を無力化する為に、よりにもよって一番原始的な方法を取ろうとする己の愚かさを思いながら、
反面、愚かな自分に満足していた。

目を閉じ、一つ大きく深呼吸で息を整えると、笑みさえ浮かべて、足を踏み出す。
文様の画かれた橋の先端へ。

  一歩。


瞬間、橋は轟音と共に膨れ上がった球状の炎と化し、そして――――消えた。


テンブ<ガンスリンガー> 題名:Loser go home
投稿日 : 2001年10月11日<木>02時34分

――― 暗闇の中、回廊を何度もつまづきながら進んでいく。
突然、眼前に広がる赤。その中心によこたわっているのは・・・・風理だった。
風理は左肩からばっさりと斬られ、生気のない目で暗い天井を見つめていた。
 「風理!オマエ、死んでんじゃねーぞ!!蛍子、助けるんだろう!?
・・・クソ!!なんでだよ!」
 気が触れたように、風理の体を揺さぶる。何度も・・何度も呼びかけながら・・・。
そのとき風理が目を・・・・
・・・・?
 
目を・・・開いたのは・・・テンブのほうだった。
夢の中と同じ、肩口を血に染めた風理が、泣きそうな顔をしながらテンブの体を
一心に揺らしていた。
 (立場、逆かよ。情けネエなあ・・・。)
 気がつくと、右足の傷はふさがっている。おそらく風理が癒してくれたのだろう。
さすがに「くっつける」まではいかなかったようだが。
「・・・ったく。なーに泣いてルんだ?俺の・・・俺のフレンドはそんなに泣き虫
じゃねぇぞ。」
 そういって、先の戦闘で落としたテンガロンハットを風理にかぶせてやる。
「ほら、俺はコンナ足だ。おまえが・・・蛍子を助けてやれ。・・・な?」
風理は最初、渋っていたがテンブの強い眼差しに説得され、走っていった。
「だから、泣いてんじゃねえっつーの・・・。」
そうつぶやきながら、壁にもたれてタバコをふかす。

 (このまま行っても足手まといだ・・・。これ以上迷惑はかけられない。)
          
大きなため息。
「さて・・・帰るか。テラへ。」
わかっている。理由をつけて、何もせずに逃げるだけ・・・。
天羅に来た理由もきっとそうだった。

 ―――強く!強くなりたいんだ!!
あのときの思いはどこへいったのだろう?少年のときの思いは。
(・・・俺は負け犬のままだ。)
そう考えると、進むことも戻ることもできない。ただ、タバコをふかして無駄に時を
貪る・・・。
 彼の時間も、とまったまま。


●寂然<外法師> 題名:施術
投稿日 : 2001年11月6日<火>00時34分

「どこに帰られるのかは存じませんが……その足で、果たして何処へ行けるものですかな?」

 止まった時間に、声が割り込む。
 しゃん、と錫杖が鳴る。暗闇の中から、小柄な墨染めの男が姿を現す。
 入り口で見張りをしていたはずの寂然だ。

「いけませんぞ。留まるには若すぎる。諦めるには早すぎる。
 ――生きているなら、足掻くのですよ。
 今の貴方を作り上げた、過去の貴方を裏切らぬためにも」

 微笑む。

「遥かなる地よりやって来た、人ならぬ人よ。鬼ならぬ鬼よ。
 しかして、人にして鬼たるものよ。
 なによりも――帰りを待つものがある旅人よ。
 まだ、歩みを止めるには早すぎますぞ」

 説いて聞かせるように、やさしげな声で囁きながら……寂然は、懐から短刀を取り出した。
 寂然は、すべてを見ていた。外法師の外法たる由縁、陰陽の技を用いて。
 だから寂然はやってきた。
 すべての迷いを見捨てぬために。
 
 そうして寂然はテンブの胸に短刀を突き立てた。深く、だが慎重に。
 一度引き抜き、十字を刻むようにもう一度突き立てる。
 血が噴き出す。暖かい感触が顔に降り注ぐ。
 痛みに暴れようとするテンブを、矮躯からは信じられない力で押さえ込む。

 片手で取り出した金属の板を取り出す。紋様の掘り込まれた小さな板だ。
 傷口を割り広げてその奥で脈打つものに板を押し当て、名号を唱える。
 板が赤熱し、その紋様が半鬼の臓……つまり、未加工の生きた心珠へと転写される。
 テンブが絶叫する。
 寂然は唇についた返り血を舐め、もう一度名号を唱える。
 式が起動した。紗がテンブの失われた脚の形に収束し、固定。
 心珠から無限の霊力を与えられた式は、テンブが死するときまで彼の脚となる。

 歩き続け、いつかは故郷へとたどり着くための脚に。

 施術の成功ににやりと笑い、傷口の上に手を置いて寂然は三度名号を唱える。癒しの法術。十字に傷跡を残しながらも傷はふさがる。
 痛みに気絶したテンブを見下ろし寂然は立ち上がった。
 度重なる高度な術の連続により、顔には憔悴の色が濃い。
 それでも寂然は満足げに笑い、腰の酒瓶から一口飲んだ。

「拙僧やあの鬼子がくたばる前に、追いついてくだされよ?」

 意識のないテンブに声をかけ、寂然は歩き出す。急がねばならない。
 見張りの間に式で見た映像が正しければ――

 ――あのサムライも、ここに来ているのだから。


「実にくだらねェ話だが、皆殺しにさせてもらうぜ」
告死の使者、神宮より来たる。
傷ついた者達が砂浜に倒れ伏す時、漆黒の鴉のごとく、その男は其処に居た。
……次回、第十幕。「月下争乱・参」

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