いつも通る、 河川敷のロードーワークのコースをたまたま、気まぐれに変えてみた。


          それがきっかけだったのかもしれない。


          『恋』


          と、気付いたのは。






          華 雪   (1)







          季節は春。
          新しい生命の息吹に草も花も木も活動を始める季節。

          この季節は何かが始まりそうな予感がして、気持ちを浮き立たせる。


          むずむず、するような。
          うきうき、するような。
          わくわく、するような。
          どきどき、するような。


          勿論一歩も例外ではなく、春特有のそんな気持ちになっていた。
          そして、その春の浮き足立つ気持ちに誘われて。
          何かが起こりそうな気がして。
          たまたまいつものロードワークのコースから一つ、道を外れてみると言う事をしてみたのだ。



          閑静な住宅が立ち並ぶ通りを少し行くと、赤茶のレンガが敷かれた遊歩道に出た。
          ウォーキングやサイクリング、…そしてロードワークのコースにもぴったりの道だったので、一歩はそこを道なりに軽く流す事にした。

          ふと。気付くと、いつのまにか遊歩道の行き止まりの所まで、一歩は来てしまっていた。

          「わぁ……、スゴイや……」


          遊歩道は緩やかな傾斜になっていたので、行き止まりは周りから見ると少し高台になっていた。
          そしてそこは小さな庭園風になっていて、そこかしこにある花壇からは、色鮮やかな花達が所狭しと咲き誇っていた。
          沢山の種類の花が咲いていたが、一歩は花の名前に疎かったので、『こんな時、木村さんなら色々な花の名前が浮かぶのだろうなぁ…』と
          幾つもの花の香りの中、ぼんやりとそんな事を考えていた。

          良く見るとこの庭園風の場所にはベンチも幾つかあり、水飲み場もあった。
          おまけにここまで来ると住宅もまばらで、静かで穏やかな所なので休憩するにはもってこいの場所だ。

          (ここで休憩したら、そろそろ戻ろう……。)

          一歩はここで休憩する事にした。

          (それにしても、すごく良いロードワークのコースを見つけちゃったなぁ…。えへへ、たまにはコース変えてみるのも良いかもね。)

          と、一人ニコニコしながら近くのベンチに腰を降ろそうとした一歩の頭に。

          はらり、と。

          何かが 落ちてきた。

          「……?」

          見上げると、桜の花弁がはらはらと舞い落ちている。

          「…どこ、から…?」

          庭園風のこの場所には木や花は沢山あれど、桜の木はどこを見廻してもここには、無い。
          上から舞い落ちてくる花弁に誘われる様に、一歩は庭園風のこの場所を後にした。


          「確か、こっちの方から…、落ちて来ている様な気がするんだけど…」

          先程の場所から右に行くと用水路が見え、それに沿う様に細い道が続いていた。
          はやる気持ちを抑えつつ、その道に歩みを進めると。


          「すご、い………!」

          そこには永遠に続くと思われるような桜の並木道。

          用水路を挟んでもう片方の道にも桜が続いていて、まるで用水路を桜のアーチが包んでいるようだ。
          そのあまりにもの美しさに一歩は声が出せなかった。

          なんて、…綺麗…。


          まるで彼の人を想う時のように、桜の美しさに見とれていた一歩だったが、
          は。と我に返ると慌てて踵を返した。

          「いけない!今日の午前中は、団体のお客さんが来るんだった!!」

          はやく家に帰らなければ…と、一歩は慌てて全速力で桜並木を後にした。

















          午後も少し過ぎた頃に、一歩は鴨川ジムに着いた。

          「よう、一歩。今日は午後からだったんだな」
          「あ……、木村さん。こんにちは!」

          辺りを見廻すと、いつも木村とつるんでいる青木の姿が見えない。

          「…あれ?青木さんは来てないんですか?」
          「んー、今日はバイトみてーだ。何か急遽出てくれって言われたらしー」
          「そうなんですか〜…」
          「板垣も今日は、休みみたいだしな」
          「本当だ、学くんも居ないですもんね」



          一歩が周囲を見渡すと成る程、板垣の姿も今日は見えない。
          やはり、いつも見慣れた顔が居ないのは少し寂しいものである。

          と、何気ない会話を交わしていると、一歩の後ろから「ガハハ」と大きな笑い声が聞こえてきた。
          どうやら今の話を聞いていたようだ。
          理不尽大王様は。



          「青木のヤツをからかおうと思って来てみたが、居ねーし、つまらん!と思ってたが…
          まぁ、青木くんはグローブよりも中華鍋を持ってる方が様になってるからなぁー!!」
          「………鷹村さん。そりゃヒドイっすよ…」
          「あ、こんにちは〜。鷹村さん!…と言うか、ボクもそれはヒドイと…」

          一歩が振り向くと、そこには2階級制覇の王者、理不尽大王こと鷹村が立っていた。

          「ん〜!?今の言葉は、青木に対してのちょっとした愛情表現だよキミタチ?…まさか本当にそう思っている筈なかろう!!」
          『『いや、絶対そう思ってる…』』

          声には出さなかったが、木村と一歩の二人は同時に心の中でツッコミを入れた。

          「という訳でだな。今日は練習終わったら、青木のトコに飯食いに行ってやろうじゃねーか!!」
          「お。イイっすね!」
          「ボクも行きます!久し振りですし…」

          何だかんだ言っても鷹村さん、仲間想いなんだよね…。と、一歩が思った途端、

          「これで今日の最後の最後に青木をからかえるしな!!!」

          と。
          そう言ってもう一度「ガハハ」と笑う鷹村を見て。

          『『やっぱり本気でそう思ってるぞコノ人はーーーー!!』』

          と思わずにはいられない木村と一歩だった。





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