「宮、田、くん………」

          「幕之内…?」








          ここで。




          彼と。




          逢えたのは。












          ただの偶然?




          ………それとも、



          他に別の何かがあると言うのだろうか?




          その答えは。

          いまだに風でざわめく、桜の木でさえも、分からない。








          華 雪   (3)









          「……こ、こんばんは!宮田くん。奇遇だね、こんなトコで宮田くんに逢えるなんて…」

          宮田に逢う前に、慌てて乱暴に自分の服の袖で涙を拭っていたので、泣いているのと相俟って余計に一歩の目のまわりは赤くなった。
          今現在逢った、涙の原因の人物に、泣いていた事を知られるのが恥ずかしくて、一歩は少し俯いて宮田に話し掛けた。
          宮田は、一歩の涙に気付いているのかいないのか、別段それを気にする事もなく話し掛けたので、一歩は少し安心した。

          「まぁな。…俺も、こんな所でお前に逢うとは思わなかったけどな」

          夜目でもハッキリと分かる程の、端整な顔立ちが、『フッ…』と微かに和らぐ。


          ………あ。宮田くんが…、微笑った……。


          彼の切れ長の目が瞑られて、唇の端が微かに上がっただけなのに、こんな些細な表情の変化でも彼は様になるなぁ…、と一歩は思った。
          彼の容姿は、『ボクシング』と言う殴り合いのスポーツをやるには、余りにも、繊細で綺麗過ぎる。
          その事を宮田に話せば、「顔でボクシングをする訳でもないし、見た目でボクシングが強い訳でもないのだから、そんな事は関係無い」と、
          彼の性格ならきっと言うだろう。


          ……彼は、本当に、本当にボクシングが好きなんだと一歩は思う。
          ……それは、自分がボクシングを好きだ。と、言う事と同じ様に。
          そんな、ボクシングに対しての真摯な姿勢が一歩の、彼への憧れを強くしている。





          「…お前は…、その格好じゃロード…って訳でも無さそうだな」
          「え……、う・うん。…でも、この場所は今朝のロードで見付けたんだ…。宮田くんは…ここ、走ってたんだ?」

          遠くからでは分からなかったが、宮田は黒の上下のスポーツウェアを着ていた。
          宮田のこの格好を見れば、何をしていたかはすぐに分かったので、一歩はそう言った。

          「ああ…。こっちの方は、たまにしか来ねぇんだけど…。俺も今日見付けてよ。良いロードのコースだよな、ここは。」
          「……だよね!特に今は桜が咲いてる所為もあって…、綺麗ですごく良いよね!!」

          二人でこの桜並木を共有しているような気分になり、一歩は嬉しくなって、興奮して微かに頬を赤らめながら話した。

          「…お前な…。桜なんか、そんな物珍しいもんじゃねぇだろ?――ったく。力一杯、話すなよ…」
          「………う…。そ、それはそうなんだけど…」

          宮田に逢えた嬉しさで、些か舞い上がってしまっていた一歩は、はた。と我に返った途端、急に恥ずかしくなってしまった。

          (ああ。どうしてボクは、いつもいつも宮田くんの前に出るとこうなんだろう…)

          一歩が、眉根を寄せて下唇を噛んで困ったような、シュンとしたような顔をになっていると、宮田は先程の微笑よりも、もっと柔らかな表情になって。

          「…ガキ…、みてぇ……」

          と、笑いながら小さく呟いた。


          それはちっとも、一歩を馬鹿にして言った言葉では無いと。
          小さな子供を見るように、一歩を見る宮田の細められた瞳が物語っている様で、
          …そして、それが一体何を意味しているのかが分からなくて。





          どくん、と一歩の胸が昂ぶった。

          (な……、何だろう…、この気持ち……)




          宮田と逢った後に一旦凪いでいた風がまた。

          ざわり、ざわり。
          と。

          夜に佇む桜の枝と一歩の心を揺らしていく。






          そしてもう一つ、一歩の心を揺らがせる言葉を宮田は紡いだ。

          「なぁ……。お前さ、…さっき泣いてなかったか?」
          「………え…!?」


          やはり、宮田は一歩の様子に気付いていたようだった。
          動揺を隠せない一歩は、視線を宙に泳がせた。

          「…何か、あったのか…?」

          微かに眉を寄せて彼が問う。








          酷い。
          酷いよ、宮田くん。

          普段は全然気にも掛けないくせに、…なんで、時々こんなに鋭いの?




          「う、ううん…。何でも…無いよ…。じゃ、じゃあボクそろそろ…帰るね!」

          一歩は曖昧に笑って返事をすると、宮田と向かい合っている事が何故かとても居たたまれなくなり、逃げる様に彼と別れ、もと来た道を戻ろうとした。

          「――おい!?」

          一方的で急な別れの挨拶に宮田は驚いて、身を翻した一歩の右手首を思わず掴んだ。

          「…宮田くん…。……な、に……?」

          掴まれた一歩の右手首が燃えるように熱い。
          これは彼の熱?…それとも自分?
          ドクドクと、激しく脈を打って、まるでそこに心臓があるかのようだ。

          「……手…、は…な、して…?みや……、」

          今、自分はきっと酷い顔をしている。…これではまた宮田に問い詰められてしまいそうだ、と一歩は心の中で独りごちた。
          ……それでも、振り返って一歩は宮田の瞳を見つめると。









          ごう、と一際激しく風が渦巻いて。


          ザワ ザワ ザワ ザワ ザワ ザワ ザワ ザワ ザワ ザワ ザワ


          一歩が最後の言葉を言い終える前に。


          ザワ ザワ ザワ ザワ ザワ ザワ ザワ ザワ ザワ ザワ ザワ


          揺れて舞い落ちる薄桃色の花びら。









          ―――――――宮田は、一歩を引き寄せて、抱きしめた。





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