恋の病 A
おぅ、ここだ、ここだ。
何だよ、久し振りに電話掛けてきたと思ったら、開口一番『相談したい事があるんですけど』って。
あ、オネエさん。ブレンドもう一つね。
お前も、コーヒーで良いよな。
しかも、電話じゃなくて、会って話したいなんて…。お前にしちゃ、珍しい事この上ないな。
まあ、オレにとってはカワイイ弟分みたいなモンだからな。お前も。
あ…?オレの方がジム歴は長いって…?
………訂正するわ。お前やっぱカワイクねえ。
―――で、何だよ?オレを呼び出す程…って事は、相当の事だと思っていいのか?
ああ、分かった分かった。誰にも言わねえよ。約束するって!
だからそんな目でオレを見るな!!
胸が…、痛くなるって?
そりゃ、お前アレじゃねーのか。度重なるキツイ減量で、どっかヤラレちゃったんじゃねーの?
……救○でも飲んだ方が良いんじゃないのか。
それか病院に…、お前、一回診てもらった方が良いんじゃねえの。いつも試合の後半ボロボロだしよ。
は…?違う??そういう方がまだマシって…。じゃあ、も少し教えろよ。…でなきゃ相談の乗りようもねえだろ…。
―――じゃあ、その胸の痛みは特定の人物の顔を見たり、話したりすると出て来るって訳か。
そいつの顔を見ていると胸が締め付けられるように苦しく痛んで、どうにも落ち着かない…と。
で、それが一体何なのか分からなくて苛立ったり、焦ったり、ムカムカしたりしてその人物にそっけなくしたりてしまう…。
今までそんな事はなかったから、その人物にどう接したらいいか分からなくなり、
それもあって気が付いたらそいつの事ばっかり考えている…。……ふーん…、…成程ね。
…ん〜とだな〜。それは多分…、っていうか確実にアレだな…。
――――好きなんだよ、お前。そいつの事が。
要するにお前、『恋』してんだよ。
『オレが…、…アイツを…、…好き……?』
うわっ!!!!!冷てえ!!水こぼすなよ!!…ったくよ〜、何だよイキナリ…。
ん…?どした、顔なんて抑えて。…って、――お前、顔っ…!?
うわー…。お前がそんな赤くなる所なんて、オレ初めて見たぜ…。
しっかしお前さぁ…、プッ…。ほんっっとボクシング一筋の『ボクシング馬鹿』だよなぁ。あ、勿論良い意味でな。
そー言うコトには本当に疎いよなあ、昔っから〜。…ヒトに言われる前に自分で気付けよ。
…それにしても、お前がそんなになる相手って一体どんな子なんだよ?
え…?それは教えられません…ってか言いたくない…?へいへい、相談しても詮索はナシね。お前らしいわ。
ん?―――まて、よ…?
さっきから、その人物の事を『そいつ…とか、アイツ』…って言ってるよな。
そう言う呼び方は、相手が女の子に対しては普通使わなくないか…?
しかもコイツは根っからのボクシング馬鹿だ。女の噂なんて、今までひとつも聞いた事が無い。
それに、教えられない…っていうか言いたくないってコトは、オレがその『アイツ』を知っているから…なんじゃないのか?
まさか……。まさか、とは思うが。
誰もが皆、声を揃えて『恋人』と称していた、コイツの想い人、だとしたら。
なぁ、お前…、もしかして…。その人物って…、…いっ…、
え、おい!…それじゃあ、ありがとうございました。って何だよ急に。
何お前、伝票持ってんの?…は?これからバイト?もう帰んのかよ!
まー別に礼は良いけどよ…。相談料、ね。んじゃ、遠慮なく奢られてやるよ。
…ん、最後に…?何だよ?
ヒイ!!!!!!!!…ハイ、ワカリマシタ…。
じゃ、じゃあな…。頑張れよ…。
は〜、まったく…。ご丁寧に釘さして行きやがった…。
しかも、冗談でも笑えねえ事言いやがって…。ま、殺されたくねーから誰にも言わねえけどよぉ…。
最後のアレは、オレが感付いた事に対しての牽制、だよな…。
それにしても恐ろしい目だったな…、あの眼光だけでも人殺せるぜ…。
疎いくせに、こういう勘は鋭いってどういう事だよオイ。
あ〜…、それにしても皮肉なもんだな…「運命」ってヤツは。
お前を追いかけ続けていた『アイツ』を、今度はお前が追いかけるのか。
オレはカップの中に残っていたコーヒーを眺め、冷めてしまったそれを一気に喉の奥に流し込んだ。
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