からまわる。



     今、オレは自分のアパートから離れた河川敷の道を歩いている。
     そう、アイツのロードワークのコースである、この場所。ここに来れば必ず…、アイツに会える筈。
     確信を持って拳を握り締め、殊更ゆっくりと歩みを進めた。


     夕暮れに向かう太陽の日差しが、雲の隙間から目に沁みる。
     強いオレンジの色を輝かせる太陽の光に目を細めながら、
     遠くを眺めるとこちらに向かって走ってくるトレーニングウェア姿の人物を視界の端に捕らえた。

     ほら、やっぱりな。
     オレの世界の予定調和は本日も揺るがない。






     案の定、そちらに歩いて行くオレの姿を見付けたアイツは、先程までのスピードより、若干ピッチを上げてこちらに向かってきた。
     その表情は遠目からでも分かるくらいに弾んでいて、オレの心に突き刺さる。

     ――ああ、畜生。
     そんな期待させるような顔をするんじゃねえ!





     「わぁ!宮田くん!!ぐ、偶然だねえ、こんな所で会うの…。なんか運命的だね…」

     (そんな訳あるか!…偶然でも、運命でもない。オレが――、オレの意思でここに来てるんだ!!)

     「…あ、それともこっちに何か用でもあったの?」

     (お前なぁ…、オレのアパートを考えてもこっちに用なんか殆ど無いだろ?)

     「で、でも嬉しいなあ…。宮田くんと会うの、久し振りだったから…」

     (なんでお前は、(オレが言えない)そんな事を簡単に言えるんだよ!?しかも頬を染めて!)

     「…………………」

     「宮田くん。ど、どうしたの…?その…、ゴ、ゴメン、怒った…?」

     「………別に」
     (脅えさせてどうするんだよ!)


     「……なあ。お前、今、時間あるか?」
     「え!?ボ、ボクに用だったの?」

     (だ・か・ら・わざわざココまで来たんだろーが!!)


     河川敷の草むらに二人で腰を下ろす。
     夕陽を浴びてキラキラと緩やかに流れる江戸川にオレは目を向けると、アイツも遠くを眺めながら

     「今日も良い天気だったね」

     と、暢気に口を開いた。


     そんな穏やかな天気とのんびりとした幕之内を余所に、
     オレは重大な決心をして此処に来ていた。



     今日こそは。
     今日こそは、幕之内にオレの気持ちを伝える。




     「そ、それで…。用って、何…?」


     おずおずと上目遣いでオレを見てくるアイツに、一言、ストレートに言うと決めていたオレだったが。

     「…………」

     生まれて初めて、(しかも同性に)告白しようとする事はそう簡単には行く筈も無く、
     乾いた唇を躊躇するように何度か開きかけたが、オレの口は無様にも貝の様に閉じたままだった。


     「…あの…。宮田、くん…?」

     幕之内が不思議そうな顔でオレの顔を見つめている。
     何も言う事が出来ないオレは自分が柄にも無く緊張している、と言う現実をまざまざと叩きつけられたのだった。


     「…………」
     「そ、そうだ!最近ね、ジム内でちょっとしたブームがあってね…」



     この何ともいえぬ沈黙から抜け出したかったのか、アイツは照れながらジム内の近況を話し始めた。
     オレは幕之内が嬉しそうに話す事をぼんやりと聞きながら、


     どうしてこんなにも、コイツの事が好きなんだろうと考えていた。




     いつからこんな気持ちになったのかなんて、あまりにも昔の事過ぎて分からない。
     とてもではないが、同性に向ける感情でない事も分かっている。
     この気持ちが、何かの間違いなんじゃないかと考え、悩む日もあった。
     ……でも。

     それでも、紛れも無くアイツを想う気持ちは確かに『恋』 だった。




     アイツがオレに向けてくる気持ちは分かっている。
     それは、憧れやライバルとしての純粋な気持ちなのだと。
     だから、この気持ちを気取られぬ様に必要以上の接触はしないように極力してきたつもり、だ。

     ライバルとして――そう分かっていても、自分に会う度、瞳を輝かせたり、上目遣いになったり、頬を紅潮させる姿を見るにつれ
     心のどこかで、アイツも自分と同じ気持ちであれば良い、とまで考えるようになってしまった。

     ――――本当に、自分でもどうかしていると思う。


     それほどまでにオレは彼――、幕之内 一歩 に惚れているのだ。









     「――ね、宮田くんはどう思う?」

     こちらを向いて小首を傾げた幕之内に、夕陽のオレンジ色が掛かる。
     カウンターのコツはタイミングとハート(勇気)だと言う事を思い出し、オレは間髪入れずに真っ直ぐアイツを見つめると、思いの丈をぶつけた。



     「…好きだ」





     「……えっ?」

     驚いたように目を瞬かせた後、オレから視線を逸らしたアイツはその頬を薄く染めていた。





















     「そ、そっかぁ…宮田くんもなんだあ…。木村さんとか板垣くんとかもね、結構スキだって言ってたんだよー」
     「『今、時代は【朝娘】よりも【MGZ48】だなッ!!』って言ってて…」

     「………は?」


     「ボク、そういう流行のアイドル歌手、あんまり詳しくないから…。人数も多くて、ますます混乱しちゃうし…」

     「…………」

     「でも、すごい人気なんだね…。だって、宮田くんも好きなくらいなんだもんね〜」


     そうしてオレは、48人いると言う、巷で噂の大所帯アイドルのファンという事にいつの間にかされてしまった。
     オレは来た道を戻りながら一番星の出た空を眺め、一体どうしたら幕之内の誤解が解けるかを考え、無性に泣きたい気持ちになるのだった。





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